怪・その10
「靴は、入り口」
私は、靴磨きをしているのですが、
あるお客様の靴を磨いた時の話です。
そのお客様というのは、婚約中のお二人で
紳士靴とハイヒールを一足ずつ、磨きに出されたのです。
私は、何の気なしに
「お二人とも靴がお好きなんですか?」と聞きました。
すると、旦那さんが
「この靴は彼女のではなくて
私の亡くなった母のなんですよ。
それを彼女が履きたいと言いましてね。
サイズも合うし、なにより母も喜ぶと思って」
と話してくれました。
終始お二人ともニコニコとされていて、
私は(いい話だなぁ)と一人感激していました。
遠方にお住まいのお二人でしたので、
靴を預けて後日取りに来るということで
その日はお帰りになりました。
次の日、お預かりしたハイヒールを磨いていると
奇妙なことがおこりました。
仕上げをしようと、
ハイヒールの中に左手を入れた瞬間、
ぞっ
と毛穴が開くような寒気が
左手から頬まで「上がって」きたのです。
急いで手を引っ込めましたが、
寒気はまったく引きませんでした。
恐る恐るもう一度手を入れてみましたが、
今度はなんともありませんでした。
それから数回試したのですが、
寒気はありませんでした。
お得意先の神主さんにお話したところ
「靴は外界との入り口だから、
亡くなった持ち主が履いて『いる』こともあるんだ」
と教えてくれました。
後日、引き取りに来られた旦那さんに
そのことをお話しすると、
「彼女には内密にお願いします。
彼女、怖がりだから。」
その後、気になってお電話したところ
何事もないそうなので安心しました。
ただ、しばらくたって気づいたのですが、
時々、私の左手だけ、とても冷たいことが、
あります。
(等々)