怪・その15
「穴から出るために」
友人のお父さんは、戦後、
炭鉱でしばらく働いていたそうです。
作業が終わり、ふと見ると、
奥にまだ人がひとり、立っていて。
その人は次の日も、また次の日も、
たたずんでいて。
どうやら、見えたのは、
お父さんだけだということに
そのうち気づきました。
何日かして、
もう何年もそこで働いている先輩に
打ち明けました。
先輩はその容貌を聞くと、
「ああ、そうか」と。
その日の作業の終わり、
先輩は男の方向に向かって
「○○さん、こんなところにいたのか、
じゃ、帰ろうな」と言って
お父さんに
「おぶっていってやれ」と。
そのときお父さんは、
確かに背中に
「ずしり」という重さを感じたそうです。
帰り道、先輩はずっと
話かけていたそうです。
今梯子をのぼっていること、
右に曲がる、少し下におりる、など、
事細かく道順をその都度口に出して、
そして、
おまえはあのとき、死んでしまったこと。
お葬式もあげ、
残された家族はちゃんと元気でいること。
「ほら、出口だよ、
ちゃんと成仏するんだよ」
そのとき、確かに、
背中が急に軽くなったそうです。
なんでもお父さんが働き出す少し前、
その炭鉱で事故があり、
先輩いわく、
「本人も死んだことがわからないような死に方」
をした人だそうです。
穴でそういう死に方をした人は、
本当は遺体を運び出すとき、
きちんと道順をとなえながら、
説明をしてあげないと
魂は穴から出られないということです。
(K)