怪・その70
「そのとき、私は」
これは我が家の不思議体験です。
当時大学生だった私は、
卒業制作に追われていました。
母が熱を出して寝込んでいるというのに、
その日も学校に泊まり込みで
作品づくりをすることになってしまいました。
母の様子を気にかけながらの
徹夜作業でした。
一夜明け、私は大急ぎで帰宅の途につきました。
片道二時間の道のりです。
始発電車は空いていました。
座ると、徹夜の疲れで睡魔に襲われました。
私は降車駅まで
ぐっすり眠り込んでしまいました。
「ただいま!」
帰宅した私が居間のドアを開けると、
母と妹が不安げな顔でこちらを振り返りました。
「‥‥本当にK(私)、だよね?」
二人の話では、
一時間ほど前にも
「私」が帰宅してきた、というのです。
熱が下がった母と妹は、その時も居間にいました。
ガチャっ。
玄関の鍵を開ける音が聞こえたそうです。
「ただいま‥‥」
声の主は、トントンと二階に上がっていきました。
「お姉ちゃん、帰ってきたね。」
しかし、いくら待っても、
「私」は居間に降りてきません。
妹が様子を見に行きましたが、
家の中のどこにも姿はなく、
もしや事故にでも?
と心配していたのだそうです。
二人一緒に聞いたのだから、
聞き間違いじゃない。
母も妹も真剣でした。
その時刻の私は?
電車の中で眠っていました。
母の様子を案じて、
私は二度も帰宅してしまったのでしょうか?
その時、どんな夢を見ていたか、
記憶は全くありません。
(ぽえみ)