同じ時代に生きているのがうれしくなるような人に
出会うことがあります。
そんな人たちの世界のおおもとは、
いったいどんなものでできているのでしょうか。
子子ども時代から現在に至る足取りをうかがう
連載シリーズ第2弾にご登場くださるのは
グラフィックデザイナーの祖父江慎さんです。
祖父江さんは、どのような子ども時代をすごして、
すごいデザイン作品をうみつづける大人に
なったのでしょうか。
インタビューはほぼ日の菅野がつとめます。
「知る」と「なる」は違う。
- ──
- 「普通にしなさい」とか「常識的に」とか、
とても難しいです。
- 祖父江
- 普通って、すごい調査要るよね。
- ──
- そういう調査って、
みなさんはどこでするんでしょうか。
- 祖父江
- やっぱり「普通」を、ピーンとくるには、
たくさん体験をしないといけないんじゃないかな?
いろんな時間といろんな場所が必要です。
- ──
- ピーンとくるには、ですか。
- 祖父江
- うん。
なっかなか、ピンとはこないよ。
- ──
- 大人になるというのはつまり、
いろんなことにピンとくる、という
ことなのでしょうか。
- 祖父江
- 「ぴんとこな」っていう
お寿司屋さんがあるけどね。
- ──
- お寿司屋さん‥‥。
- 祖父江
- うん。
- ──
- ‥‥‥‥。
- 祖父江
- ‥‥‥‥‥‥。
- ──
- 祖父江さん、大人になると、
ピンとくるようになれるもんですか?
- 祖父江
- なれないね。
- ──
- なれないんですか。
- 祖父江
- よく考えたら無理だよね。
- ──
- そうですよね。
- 祖父江
- なるのと知るのは、別なんです。
「この人、普通の人よりはちょっと背が低いや」
とか、そういうことはわかっても、
自分が背を低くしようとしたら、
なかなかなれないじゃん?
- ──
- ああ、ああ、なるほど、
なれないです。
- 祖父江
- 「わかる」「知る」と
「なる」の違いは大きいですよ。
性格をこうしようとか、
立場を変えてみようとか思っても、
そんなに簡単にはできない。
- ──
- そうですね。
だからなかなか体験ができないし、
ピンともこない。
- 祖父江
- ぼくはね、犬になりたかったことあるよ。
- ──
- え?
- 祖父江
- えーー?!
- ──
- (驚いてるのはこっちです)
えー!!
- 祖父江
- なりたかったから、
犬の練習をしました。
- ──
- 「将来の夢は犬」ってことだったんですか?
- 祖父江
- いや、そういう感じでもないんですよ。
ずっと人間でいるのって、退屈でしょ?
だから、学校からの帰り道は、
いつも犬な感じにしてた。
- ──
- 犬な感じ‥‥。
- 祖父江
- それでけっこう、犬となかよくなったんですよ。
- ──
- 登下校の道に犬がいたんですか?
- 祖父江
- 誰かから「犬の吠え声が上手」って
言われたことをきっかけに、
登下校中に、
犬とのコミュニケーション力が高くなったのです。
- ──
- 祖父江さん、犬としゃべったんですか?
- 祖父江
- いまと違って、当時は野良犬がけっこういたんですよ。
ぼくが「ワン!」って吠えると、
どっかにいる犬が、必ずといっていいほど
吠え返してくれたものです。
- ──
- 犬が応答する‥‥?
- 祖父江
- しつけられている犬は
吠えないかもしれないけれども、
野生の犬はちゃんと応えてくれました。
野生の犬はコミュニケーション力が高いんです。
「ワン!」って言うと、
必ず「ワン!」と返してくる。
こっちの「ワン」の音によって、
相手の出方は、変わってきます。
子ども的な吠え声の場合は、かまってくれる。
でも、年を取った吠え声にすると、
返事は戻ってきません。
- ──
- 子ども的な犬の吠え声ってどんなですか?
- 祖父江
- ちょっと高めの、
「ワンワンワン!」
- ──
- おお、すごい! すごい!
(似てます、ほんものみたい)
- 祖父江
- この声だと犬は必ず返してきます。
こっちの吠え方を微妙に変えた、
シュプレヒコール的な吠え方で
応えてくれるんです。
それをずっとずっとくり返すと、
だいたいの場合、向こうから、
本人がやってきます。
- ──
- 本人‥‥?
- 祖父江
- うん。「ヘッヘッヘッヘッ」って、
すごくうれしそうな顔して、犬が来る。
だけど、だいたいの犬は
ぼくが吠えていたのに気づかない。
手前でいっしゅん立ちどまって、
スーッと向こうに行っちゃう。
でも「あれ?」って顔して、
くるくるまわったりして。
ふふふ、おかしいよね。
- ──
- 犬だと思ったら人しかいなくて、大混乱ですね。
- 祖父江
- めんどうなのは、
野生でもなくしつけもできてない犬です。
彼らはいつも野生に戻りたいから、
いちど吠えだすとやめない。
ぼくの吠え声に応答すると、
そのあとエンエン吠えつづけてしまいます。
まぁ、ぼくのほうへ行こうとしても
つながれてて行けないからだね。
- ──
- そうか‥‥。
- 祖父江
- そうするとおうちの人が出てきて
「コラ!」って怒るんです。
それがかわいそうなんで、そういうときには、
年を取った犬の吠え声をしました。
「ワン!」(かすれた声)
そうすると相手の犬は静かになって、
もう吠えなくていいというのがわかる。
- ──
- こっちが格上だぞ、ということを示すんですか?
- 祖父江
- うん。それか、
「これは遊べない感じだな」ってわかるんだろうね。
そうすると、静かになって
おうちの人に怒られずにすむんです。
- ──
- そういうことを‥‥ずっとされてたんですね。
- 祖父江
- そう。
- ──
- 犬になりきってすごした子ども時代に
祖父江さんが出会えてうれしかった人、
感謝している人は、いらっしゃいますか?
- 祖父江
- うん。
カエルですね。
- ──
- カエル!
(明日につづきます)
2019-03-16-SAT
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN