第3回 漱石の手アカ
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糸井 |
古書の場合だと、
価値というのはどこで発生するんですか。 |
出久根 |
内容が勝負ですね。
うんと古いもので
外装に価値があるというモノもありますが、
そのへんになると古書というより、もう骨董の世界。
僕が骨董と違うなと思うのは、
古書だとある程度、値段の相場があるんです。
そして本の価値は、
業者よりお客のほうがよく知っています。
骨董は値段がないわけじゃないけど、
普通の人にはわからない世界でしょう。 |
仲畑 |
骨董にも公定価格に近いものは一応あるんです。
だけど利休の頃の茶碗は全部、見立てです。
だから井戸茶碗にしろ伊羅保にしろ、
もとは朝鮮からきた
李朝時代の飯か汁茶碗、雑器じゃないですか。
それを当時の茶人が使い、
いちばんの親分である千利休が
「これはええぜ」
って言ったら、
いきなり立派な箱に入れられちゃったりね。
城と交換したなんてこともあるし、切腹した人もいる。
骨董ではそういうふうに価値が上がることを
「出世した」と言うけど、
不確かという前提は歴史的にずーっとあるんだよね。 |
出久根 |
怪しいといえば怪しい。 |
糸井 |
仲畑さん一人が「いい」と言っても、
仲畑さんという人の価値がすごく高くない限り、
値段も上がらないよね。 |
仲畑 |
だから千利休の「いい」という言葉は、
何千人分くらいの「いい」って価値があったんだな。 |
出久根 |
古書は、ある一人だけが「いい」と言っても、
そこで値段はつかないです。
何百人か何十人かの買い手があって、
はじめて値段がつく。
だから値段に限度もあるし、
そういう意味ではわかりやすい。 |
仲畑 |
それ聞いて面白いと思ったのは、
古写経は骨董と古書の両方で扱うでしょ。
あれ、骨董屋でも値段はあまり上がってないの。
天平の『大般若経』の一紙が俺にも買えるんだもん。
千年以上前の肉筆だぜ。
古書店も扱うから、
骨董業界だけで上げ切れないんだね。 |
出久根 |
つまり、古書業界は一つの重しの役もしてる。 |
糸井 |
近代人がいるんだ。
古書で贋物ってあるんですか? |
出久根 |
本は内容が勝負ですから、そんなにはないです。 |
仲畑 |
でも古写経にはありますね、大聖武や中聖武に。
6年前に良寛の古写経を650万円で買ったけど、
それが、このあいだ骨董屋に持っていくと100万円よ。
業者間の値に基づくと、
この金額だと彼らは言うんだけど。 |
糸井 |
本物ではある。
だけど650万円の本物ではない。 |
仲畑 |
本物か贋作か、そこがまた難しくてさぁ。
俺が買った理由も卑しいのよ。
良寛には、ひらひら書きと細書楷書と
二つの字があるでしょ。
その古写経にはなんと、両方が入ってたの。
で、俺は考えた。
贋作者の立場にたつと、
見せ場が二つあるものに挑むのは大変じゃないか。 |
糸井 |
まさに推理ドラマだ。 |
仲畑 |
俺なら、こんな苦労の絶えないことはやらん。
バレそうなところは、少なくするだろう。
だから、これは「真」だ。
ならば650万円で買う価値はあると。 |
出久根 |
でもね、贋物づくりって、
贋物くさく見えるところを一点つくる。
それがコツだって。
完璧はかえって疑われる。 |
仲畑 |
そうなんだよねぇ。
俺が買ったやつ、
たしかに弱くてきれいすぎるんだ。 |
出久根 |
贋作者って心理に長けた人間ですよね。
人の心を逆手にとって。 |
糸井 |
推理作家ですよ。 |
仲畑 |
たしかに茶碗なんかも割れてたりキズがあると、
逆に安心するもんね。
完品だと値段は高くなる。
そのかわり売りにくいだろうね。
見る側が「これが本物なら大変だ」って、
距離感もっちゃうから。
人との関係もそうだけど、
キズがあるって、相手をラクにしてあげるよね。 |
糸井 |
ラクにしてあげる−−いいな。 |
出久根 |
キズを愛でてるんでしょうね。 |
仲畑 |
普遍的な骨董の美ってことで言うと、
わびさびだ、景色だって言うのは日本だけですね。
割れたものを金で接いで、
「ああ、いい金接ぎだ」。
シミを景色と言ったり、雨漏りがいいとか。
向こうの人なら、さっきの李朝の壷みたいに
全部そういうのを抜いちゃう。 |
出久根 |
日本人は不完全なものをよしとし、
歴史の垢を尊ぶってことですかね。
古本では“手沢本”というのがありましてね。
夏目漱石とか将軍だとか、
有名人の遺愛の書のことで、
その人が何度も触れるうちにツヤが出てきたモノ、
それを尊ぶんです。
ただ、旧蔵者が本当にその人だったかどうかは
ツヤだけじゃ判断しづらい。
漱石もわれわれも手のツヤは同じですから。
そのとき、ものをいうのが書き込み。
漱石の筆跡の書き込みがあると、
漱石の手沢本として評価されるわけです。 |
糸井 |
それ、ちょっと欲しいなぁ。
漱石がどこに何を書き込んだかというのは、
興味ありますもんね。 |
出久根 |
あと判断材料となるのが蔵書印。 |
仲畑 |
骨董だと、箱書きの極めというのもあって、
「この箱書きは間違いない」
ってナニガシが書いてる。
それも、疑い始めたらキリないけどね。 |
出久根 |
このあいだ、
「漱石の手紙がある」
という電話があったんです。
写真を見た段階で贋物とわかったけど、
面白いのは、
「出どころは?」
と聞くと、
「昔、ひいおばあちゃんが夏目家の女中に行ってた」
と言うんです。
ああ、やっぱりと思いました。
というのは、古書業界では、
女中=贋物伝説というのがありまして。 |
糸井 |
伝説になってるんだ! |
出久根 |
出どころが名家の女中というのは、
まず贋物と思って間違いない。
女中のことについては誰も知らないもの。
書かれたものの中にも名前なんて出てこないしね。
だから、よく使われるんです。 |
糸井 |
そうなんだぁ。
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