第3回 ひいてしまったら・・・ |
糸井 |
田中さんは風邪をひいたとき、どうして治してますか? |
田中 |
ほっておくという……。(笑) |
糸井 |
自然治癒力? |
田中 |
原則として、寝てるだけです。 |
加地 |
田中さんのおっしゃる通りなんです。
風邪薬は症状を抑えてはくれますけど、
ウイルスに働くわけではありません。
体の中のウイルスと闘っておる防衛力というか、
治癒力を充分に働かすためには、
体を暖かくして寝ておるのが基本です。 |
田中 |
民間療法みたいなものもたくさんありますね。
卵酒やショウガ湯を飲む、ネギを首に巻くとか。 |
糸井 |
梅干しの黒焼きもいいって。 |
田中 |
話にはいろいろ聞きますよね。
僕自身はやったことはないですが。 |
糸井 |
僕、だいたいやってます。(笑) |
加地 |
根拠はあるんですよ。
卵酒とかショウガ湯を飲むと体が温まる。
それからネギやショウガは、
呼吸器系を刺激して痰を出しやすくしますしね。
そのネギを首に巻くというのは、
首を温めれば、体全体もあったまりますから。 |
糸井 |
じゃ、ニラを巻いてもいい。(笑) |
加地 |
民間療法での効果には、サイコロジーもあるでしょう。
これでよくなるという必勝の信念とか、
おばあちゃんから伝わる特効薬だと思えば効くわけです。 |
糸井 |
精神的なホメオスタシスを回復してあげる、
ということですかね。 |
田中 |
そう言えば、戦前にはやった健康法なんか見てると、
精神力を養うことで病気にならないとか、
治るとかいうものが多かったみたいです。
身体を鍛練しているようでいて、
実は根性を鍛えているという場合も少なくないし。
きっと、効果はあったんですよね。
がんばったのに、風邪くらい防げないと悲しいですから。
逆に、さきほど言われた「政治的風邪」を
無意識のうちに実際にひいてしまうこともあるでしょうし、
心の影響は大きいんでしょうね。 |
加地 |
気持ちのもちようと言いますが、
風邪をひくと仕事にならん、と気を張らしておる。
それも効果はあるんです。 |
糸井 |
休みの日になったとたん、
病気になったりしますもんね。 |
加地 |
私がアメリカ留学中に聞いた話では、
向こうの社長さんは土、日にしか、風邪をひかんのです。
こうした精神的なものとの因果関係も
解明されてきています。 |
糸井 |
わかってきましたか。 |
加地 |
人の体にはNK細胞(ナチュラルキラーセル)といって、
侵入してきたウイルスを
やっつけようと頑張る細胞があるんですが、
その細胞の働きが、気持ちのもちようで変わってくる。
がんの患者さんで、落語を聞くと
NK細胞が増えたという報告があります。
風邪も同じ。
精神的な状態が免疫や体の防御反応に作用して、
細胞レベルの働きで、風邪に罹らないとか、
早く治すというのがわかってきたんです。
そういう研究を「神経免疫学」というんですけどね。 |
糸井 |
そういうの、好きだなぁ……。
僕の場合、一つだけ、風邪を治す特効法があるんです。
人には勧めにくいけど。 |
田中 |
ぜひ、知りたいですね。 |
糸井 |
名づけて「徹夜健康法」。
自分なりの理屈ですけど、
人間は風邪をひいたりして体がきついときは、
補助タンクのスイッチが入るんじゃないかと。
そこで、無理やり徹夜しちゃう。
そうすると、風邪が治っちゃうことが多いんですよ。 |
加地 |
肝臓とか腎臓とか、人間の体の臓器には、
それぞれ予備力はあります。 |
糸井 |
やっぱり、そうですか。 |
加地 |
ただそれは若いときだけで、
年をとると予備力はなくなり、無理をするとダウンする。
糸井さんが徹夜して風邪がよくなるのは、
まだお若い証拠ですよ。 |
糸井 |
いや、実は最近、それが効かなくなって……(笑)。
でも、スポーツ選手なんか、
軽い風邪だと運動したほうがかえっていいと
聞いたことがあるんですが。 |
加地 |
一般的には、運動で
さらに体に負担をかけるのはよくないです。
だけど、風邪の予防にはいいかもしれませんね。
風邪は寒さが原因だと誤解されがちですが、
それは間違いで、寒さは
ウイルスによる感染のきっかけをつくるにすぎない。
でも、きっかけではありますから、
乾布摩擦とか薄着でスポーツするとか、
皮膚を鍛練して寒冷刺激に慣れさせると、
風邪をひくきっかけをつくりにくくはします。
寒さに対するトレーニングですね。 |
糸井 |
人間はここのところ、急に過保護になってますよね。
3食きちんと食料を得られるようになったのも、
ごく最近のことでしょう。
でも人体そのものは急激に変化するはずはないから、
粗食とか、原始の生活にもどしたり、というのも
必要じゃないかと思うんです。 |
加地 |
人間は何百万年も前からのリズムに慣れてますから、
糸井さんのおっしゃるように、
生活環境が急に変化しても、体は変われない。
今、昼夜逆転の生活が多くなってますけど、
体のリズムは狂います。
寒さのトレーニングにしても、
日本には春夏秋冬があって、
寒いときは寒いなりに体がきちっとできてる。
それを今のように小さいときから
冷房、暖房完備で暮らしているのはよくないですね。 |
糸井 |
僕の徹夜健康法は極端にしても、
ボディに負荷を与えて鍛え直す、
というふうに考え方を変えていかないと、
人類は脳ばかり発達して、
肉体はますます衰弱していくような気がするんです。 |
田中 |
紅茶キノコ以来、ぶらさがり健康器、野菜スープ、
コインやテープを体に貼る、
パンツをはかない、あるいは赤いパンツをはく、
おしっこを飲むとか、いろんな健康法が数え切れないくらい
次々に登場してきたわけですけど、
それぞれの効果はどうあれ、
人間の身体の本来の生命力とは関係ない、
単なるフェティシズムのようなものが多いですね。
健康になりたい、ってよく言うんだけど、
健康という観念にふりまわされているだけで、
強迫的な健康願望が、
むしろ害になっていることもあるように思います。
ただ、民間療法と呼ばれる世界にも、
すごい人がいて、たとえば整体法を創始した野口晴哉に
『風邪の効用』という有名な本がありますけど、
これはタイトル通り、風邪の大切さを説いているんです。
なんの役に立つのかというと、
日常生活のなかで身体に偏って蓄積された疲労などを
調整するんだと言う。
そのために身体が風邪を求めているとも言えるわけです。
だから「治る」と言わずに「経過する」と言う。
この考えは、病気を悪としか見ない常識とは
対立するものですが、
僕はこのような疾病観がとても好きなんです。
そこで、ふと思ったのですが、
人間はずーっと風邪をひいてきたわけで、
もし、医学の進歩や薬の開発で風邪をひかなくなると、
ひかないことのマイナスみたいなものも、
ひょっとして出てくるんじゃないでしょうか。 |
加地 |
たしかに風邪をひくことは悪いことばかりでもない。
体への黄信号の役割をしますし。
風邪はウイルスが原因ですが、
副次的な要素として抵抗力が落ちてるということでもある。
だから、「疲れすぎてますよ」
「無理をするともっとひどい病気になりますよ」
「ゆっくり休みなさい」
というサインにはなりますからね。 |
糸井 |
その「ゆっくり休む」というのは、
どのくらいの期間ですか? |
加地 |
普通の風邪は1週間くらい、
インフルエンザだと2、3週間は必要です。
病気そのものは1週間ほどで治りますけど、
呼吸器の組織はウイルスによって
細胞が破壊されてますから。
つまり、戦った跡がまだ残ってる……。 |
田中 |
ああ、荒れた戦場の後処理をしなくちゃいけない。 |
加地 |
細胞が修復され、呼吸器の機能が元通りになるには、
やはり2、3週間はかかります。
症状がとれたというので無理をすると、
そこで肺炎になるんです。 |
糸井 |
ほかの病気を併発するんだ。
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