第4回 寒くたってダイジョウブ |
加地 |
医学の進歩によって風邪をひかなくなるのでは、
というお話がありましたが、
風邪のウイルスそのものがなくなることはありません。
インフルエンザにしても、大昔から人間に感染しながら、
ウイルスはずっと維持されてきている。 |
糸井 |
ある意味で、共生してるわけだ。 |
田中 |
インフルエンザのウイルスは、
もともと動物がもっていたものですよね。 |
加地 |
トリとかブタ、ウマ、アザラシとか、いろいろです。
そうした動物を宿主として維持されてきたウイルスが、
さまざまな手順を経て人間の世界に立ちあらわれ、
流行を起こす。
普通、このウイルスはこの宿主にくっつく、
というようにきちっとした関係があるんですが、
その点、ブタは寛容でしてね。
人のウイルスでもトリのウイルスでも受け付ける。 |
糸井 |
わかるなあ。ブタは寛容そうな気がする……。(笑) |
加地 |
ブタが、人間とトリ、
両方のインフルエンザウイルスを受け付けて感染し、
体内で2種類のウイルスが増殖するとどうなるか。
遺伝子のリコンビネーション
−−交雑が起こるんです。
いろんな組み合わせで「新種」ができるんですが、
人間に病気を起こす性質をもち、
免疫はトリの型を受け継ぐとなると、怖いですよ、
これが出ると。人間には免疫がないから、
大流行します。 |
糸井 |
ブタの寛容さも困りもんだ。 |
田中 |
ブタのインフルエンザって、どんな症状が出るんだろう。 |
糸井 |
やっぱり、クシュッとか。(笑) |
加地 |
ええ。ブタもくしゃみして、鼻水たらしますよ。
もともとは、インフルエンザは
トリの病気だったと言われています。
大昔の人間はごく小人数で暮らしてましたね。
インフルエンザウイルスは感染して維持されますから、
人がパラパラとしかいないと、
数十人が罹ったらもうおしまい。
トリだと、人口ならぬトリ口はものすごく多い。
だからウイルスにとっても、自分を拡大していくうえで、
トリが宿主だと都合がいいわけです。 |
糸井 |
なんだか、社会の国際化について話をしてるような。 |
加地 |
そうなんですよ。
ウイルスは電子顕微鏡でしか見えないくらい
微小なものですけど、広がり方は世界レベルで。 |
糸井 |
ミクロとマクロ、ですね。
話をうかがっているとコミュニケーション論であり、
流行論、国際社会論も入っている。
歴史の面でも面白いんじゃないですか。 |
加地 |
歴史ということでは、紀元前のアテネで
ペロポネソス戦争というのがありましたね。
流行病でたくさんの人が死に、
そのためアテネはスパルタに敗れたという説がありますが、
その流行病はインフルエンザではなかったかと……。 |
糸井 |
ナポレオンが冬将軍に敗れたのも、
インフルエンザのためだったと言われてますね。
そんなふうに歴史にも影響を与えながら、
ウイルスは生き続けるんだ。 |
加地 |
今だと交通が発達して人の動きが激しいでしょう。
ウイルスは人に乗っかって動くから、
社会が近代化して便利になればなるほど
ウイルスには都合がいい。 |
糸井 |
文明社会下のウイルス……。 |
加地 |
赤痢や腸チフスとか、文明化したり生活水準が上がると、
制圧されてくる病気も多いですけど、
呼吸器を介在する病気の場合、また別なんです。 |
田中 |
じゃあ、もしかしたらいちばん最後まで残る病気は、
風邪かもしれない。 |
加地 |
風邪をはじめ呼吸器でうつる病気。
あとはSTD−−性感染症でしょうね。 |
糸井 |
そこに何か、人間の面白さを感じます。
コミュニケーションが介在してますもんね、どっちも。 |
田中 |
北極や南極はあんなに寒いけど、
風邪はないと聞きました。
閉ざされて人の交流が少ないからなんでしょうね。 |
加地 |
北極に近いところにスピッツベルゲンという島があって、
冬は海が凍って交通が途絶するんです。
そこの住人は風邪をひかないのに、
春に氷がとけて大陸から船が着いたとたん、
風邪がわっと出た。
船の乗員によってウイルスが運ばれてきたんですね。
これ、
「風邪はウイルスで起こるのであって、
寒さが原因ではない」
という証明でもありますけど。 |
糸井 |
うーん、寒さじゃないんですね。 |
加地 |
風邪と寒さとの関係では、
イギリスの「風邪研究所」で実験をしましてね。
被験者がウイルスに感染しないよう隔離したうえで、
寒いのに、お風呂上がりの濡れたままの状態で、
さらに濡れた靴下をはかせ、
そのままずーっと廊下に立たせる。
雨が降る中を外に出す……。 |
糸井 |
効くうっ。
イメージだけで、風邪ひいちゃう。(笑) |
加地 |
ところが、いくら寒い目にあわせても(笑)、
風邪をひきませんでした。 |
糸井 |
でも、日本でインフルエンザが流行するのは、
寒い冬ですよね。 |
加地 |
インフルエンザウイルスは湿気に弱いんです。
室温20℃くらいで湿度が50パーセント以上あれば、
早く死ぬ。
ところが日本の冬は乾燥してますね。
人間の呼吸器は冬だと抵抗力が弱まってるし、
人は室内に集まりがちです。
ウイルスにとっては非常に活動しやすい条件が揃っている。
それで日本は冬に集中する。
熱帯だと1年中、散発的に
インフルエンザの患者さんが出てますよ。 |
田中 |
とくにインフルエンザが流行しやすい地域、
というのはあるんですか? |
加地 |
人から人への強烈な感染力ということから、
人口密度が大きなファクターにはなるでしょうね。 |
糸井 |
すぐ思い浮かぶのは香港だけど。 |
加地 |
ええ。
よく中国の奥地で新型が出ますね。
あそこはブタとかトリと
非常に密接な接触のある暮らしをしてまして。
そこで出た新型ウイルスが香港に持ち込まれて広がり始め、
流行が認知される、ということは多いです。 |
糸井 |
アンテナショップみたいだ。(笑) |
加地 |
ほんと、そうなんです。
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