第3回
■人は「知」を欲する
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糸井 |
井上さんの著書を読んで思ったのは、
ベースのところでそれほどお金を使ってないんですね。 |
井上 |
考古学の発掘の場合、
6割近くが人件費になってしまいます。
私が学んだバス博士が素晴らしいのは、
全部、自前でやってしまうところですが、
そうなると潤沢な資金とはいえません。
ですから限られた予算で、どうやりくりするか。
ウル・ブルンでも、断崖絶壁の岬に
中古の柱みたいなものを組み立てて、
最後に蚊よけのネットを張ったような
実に簡易で粗末な合宿所で寝泊まりするんですよ。
水はもちろん電気もない。
自家発電のためにジェネレーターをまわしたりして。 |
糸井 |
まさにアウトドア・ライフだ。 |
井上 |
地震で海に沈んでしまった海底都市の
ポート・ロイアルの調査では、ジャマイカ政府の
バックアップがありましたけど、いずれにしろ、
あまりお金をかけないようにはしています。 |
糸井 |
井上さん自身も、海底調査だけでは生活できないでしょう。 |
井上 |
ですから、行政が主催する陸のほうの考古学的な発掘調査も
やっていましてね。本当は海だけやっていたいけど。 |
糸井 |
陸で稼いで、海にもちだす、と。 |
中谷 |
それでも井上さんをつき動かすのは、
やっぱり知的イマジネーション、知的好奇心ですよ。
僕は大学時代、図書館の本を「ア行」から最後まで
全部読んでやると無茶なことを考えて、
途中で挫折したんですけど、
アリストテレスまでいったとき、
彼はいいことを言ってると思いました。
つまり、「人間は生まれながらに知を欲する動物だ」
みたいなことを書いてる。
人間はなんで無謀な冒険をしたいのか、
ペチカ前の話になぜあんなに喜ぶかというと、
知的イマジネーションなんです。
井上さんが海に潜ったり、糸井さんが埋蔵金に
夢中になるのも、いまだ見果てぬ夢というか、
知りたいという欲求が強いからじゃないでしょうか。
そういえば、ホモサピエンスも「知識の動物」
という意味ですし。人間にとってウキウキ、
ワクワクすることは最大のテーマ。
セックスだってワクワクはするけど、
「知りたい」という欲求のほうが、もっと強くて、
興奮することなんでしょうね。 |
糸井 |
人類の進化が証明しています。
はじめアフリカで発生したおサルさんたちの一部は、
ジャングルからサバンナに行った。
ジャングルだったら四つんばいで歩いてても身を隠せるし、
獲物に近づくこともできる。だけどサバンナでは
そうもいかない。それで遠くから襲ってくる連中を
見張ったり、獲物を探すのにまず高さがほしくなった。
そういう具合に少しずつ進化して人間になったんでしょう。
それまではライオンが獲物を倒し、内臓とかいいところ
だけを食べたあとで、ハイエナが残りをついばむ。
サルはそのあとで、ようやく出ていったらしいんですよ。
だから人間はよく
「ハイエナみたいな奴だ」と言うけれど……。 |
中谷 |
ルーツはハイエナ以下だった。 |
糸井 |
つまり徹底的に弱い動物であったがゆえに、
知恵を働かさなければならなかった。「知」というのは
生きていくための唯一の武器だったんですね。 |
中谷 |
まず、サバンナに向かったおサルさんたちの一群が
偉かったですね。なぜかというと、ジャングルにいれば、
「こんなにたくさん実がなってる、ラッキー!」って、
楽しかったと思うんです。
そこへ、「他にもっとすごい世界があるかもよ」っていう
井上さんのようなサルがいて、「ウーッ、俺も行く」
って奴も出てきた。そうして現状に安住することなく、
知的好奇心と勇気を持って
ジャングルを抜け出した連中だけが人間に進化した。 |
糸井 |
さらにさかのぼれば、水中にしか生物がいなかった時代に、
陸に上がったバカがいる。 |
中谷 |
すごいですね、きょうは人類史を語る。(笑) |
糸井 |
生物史と人類史の二段フィルターを経ると、
僕らがいかに知と好奇心の動物として
生きているかがわかる。だから、月にも行こうとするし。 |
中谷 |
長い目で見ると、ジャングルを抜け出したサルの一歩が
月につながっているわけですね。その第一歩がなければ、
われわれも今、こんな座談会をやってないで、
「ウウーッ、アアーッ」なんて言いながら、
パパイヤ食ってた。 |
糸井 |
多分、冒険というのは“ご機嫌じゃない”人の
することですよ。人間は、子宮にいるときは
完全な「ご機嫌」で、生まれた途端に「不機嫌」が始まる。 |
中谷 |
−−それは知の冒険の始まりでもある。
ご機嫌のまま、冒険しないでいると、
人類はサルにもどっちゃいますね。 |
糸井 |
だから井上さんみたいな人のことを、尊敬を込めて
「バカだな」と言うのは、
生物としていいなぁと思うからです。 |
井上 |
このあいだNHKで
人類学者のラインハルトさんという人が、
南米のアンデス山脈で少女のミイラを発見したという
紹介があって、探検の魅力について語っていたんですよ。
発見すること自体、面白いんだけど、
その少女がどういうことを語りかけているか、
いわゆる謎解きの楽しさがあると言っていました。
これまでわかっていなかったことを推理し、検証しながら、
ああじゃないか、こうじゃないかと試行錯誤しながら
最後に結論を出していくスリルと興奮。
私自身もそういうものがエネルギーになっていますね。 |
糸井 |
知らないことを探る魅力……。 |
井上 |
先ほど少しお話しした
ジャマイカのポート・ロイヤルという海底都市は、
300年前の巨大地震で海に沈んでしまった町なんです。
発掘していくと、煉瓦づくりの床とか壁とかが出てきて、
要するに、水底にポンペイの遺跡みたいなものが
残っている。私たちの調査の前に発掘した人が
銀の懐中時計を見つけて、針はなくなっていたけれど、
レントゲンで調べたら11時43分を指す針の跡が
確かめられました。
それが歴史の証言というか、
まさに大地震がそこを襲った時間だったんですね。
金目のものより、そういうものの発見のほうが、
私たちには面白い。 |
中谷 |
それ、わかりますね。 |
井上 |
沈没船ひとつでも、実際にありそうだということになれば、
当然、自分の目で確かめたくなる。
つぎに、学問的に調査してみたくなる。
金貨が1枚見つかれば、それには年号が打ってあるから、
仮に1170年だとすると、その時代の状況はこうだから、
この船はこういう目的で航海していたんだろうかとか、
いろいろ関連づけて推理が広がります。 |
中谷 |
最近、僕が好きな言葉が「私・大航海時代」というやつ。
コロンブスなんか、なぜあんな無謀なことをしたのか。
それまで彼らスペイン勢はイスラム勢力に
負けていたじゃないですか。その中で、いっちょ俺も
一旗あげてやるぞと思ったとき、コンセプトとして
黄金の獲得とキリスト教の布教の二つが混じり合い、
なおかつルネッサンスの三大発明があって、
偉大なる大遠征になった。だけどそれだけじゃなく、
「何かもっといいことがあるかもしれないじゃん」
と遠い世界を夢見たかったんでしょう。
そういう知的好奇心が世界を動かしてますね。 |
井上 |
歴史を振り返ると、みんなそうですよね。 |
中谷 |
なぜ彼らが危険を冒してまで新しい地を求めるのが
好きなのかと考えたとき、
去年、スペインをずっと旅していて理由がわかりました。
太陽が日本と違う。
要するに闘牛をやってもいい太陽というか、
一瞬のうちに砂の中に血が吸収されてしまうほど
強烈な太陽で、ドライなんです。
だから闘牛自体が美しい。闘牛が始まる瞬間も、
場内は太陽の光と影が真っ二つに割れているしね。
闘牛には死がつきまとうけど、きっと彼らは常に生と死を
感じているのが好きなんですよ。
ハイリクス、ハイリターンみたいなタイプですね。
やられたほうの南米の人は、
たまったもんじゃないでしょうけど。 |
糸井 |
僕が思うのに、精神がサラリーマンじゃなかった
という問題なんですよ。毎月、お手当がある暮らしなんて、
昔はなかった。日本の武士はお手当だけど、
刀を下げていて、いつも命を張っているから
お金をもらえるという感じでしょう。
でも今のように全員が確実に食料を確保できるような
時代になると、捨てるべき命について考えるのが怖くなる。
さっきのスペインの生と死で言えば、
「死」を忘れないと生きていけなくて、
身を危険にさらしてまで冒険したくはない。
「沈没船を探そうよ」と言っても、
ほとんどの人は、「やりたいけど、
やっぱり会社辞めるわけにはいかないしさ」ってね。 |
中谷 |
でも大蔵汚職とか、今、この国がつくってきたいろんな
システムが壊れようとしていますね。
そうすると、もう一回システムをつくり直すとき、
知的冒険をする人間が
コンセプトをつくるしかないんじゃないですかね。 |
糸井 |
そこなんです。
だから、これからは井上さんの時代よ(笑)。
そして、井上さんみたいな人に冒険をしてもらうためには、
いかに周りがそういう人を支援するかという仕事が
また必要になってくるんですね。
つまり「井上頑張れ。俺は金を稼いでくる」
「よし、俺は行政に話つける」とか、
そういう組織、集団がないといけない。
そういう意味で僕が理想とするのは
『アポロ13』の世界なんです。 |
中谷 |
地球に帰れなくなりそうになった
アポロ13号の3人の宇宙飛行士のために、
3万人のスタッフがバックアップするという。 |
糸井 |
チームワークで全員がもてるだけの知恵を働かせて、
結局、最後は動物としての勘を頼りに帰ってきたよと。 |
中谷 |
あれ、民主主義じゃないですか。上下関係なんかなくて、
すべては宇宙にさまよえる彼らのためと。 |
糸井 |
いい「バカ」のまわりにつく利口たちにも、
また大きな喜びがあるのよ。 |
中谷 |
糸井さん、通信販売で買ったアポロキャップを
よくかぶってましたね。 |
糸井 |
アポロオタクなんです。 |
中谷 |
家では「アポロちゃん」と呼ばれてるらしい(笑)。
それはともかく、彼らはなんで宇宙飛行士になったのか。
きっと「私・大航海時代」の人なんでしょう。
マゼランやコロンブスと同じで、俺が宇宙を見てやるぞと。
それと、アポロ13号の素晴らしさは予定調和が
崩れたところにあるわけじゃないですか。
悲劇の中で培われた美しさ。
人生は壊れていくもんだってね。
だからワクワク、ドキドキもある。
多くの人は予定調和の人生を求めるけど、
それが崩れたときの事態を面白がる能力は
あったほうがいいですね。 |
糸井 |
今はお金という物差し以外はないと思わされてるけど、
お金に換算できない楽しさもあるわけでね。 |
中谷 |
ウキウキワクワクドキドキ、とかね。
鯨尺とか、わけのわからない尺みたいなもので見ると、
人生はきっと楽しいんじゃないですかね。
何か変だぞ、何かありそうだ、不思議だなと
思うようなことに心を開くというんでしょうか。
日常を脱した瞬間に、郷ひろみじゃないけれど(笑)、
アドレナリンも高まる。 |
糸井 |
不思議、大好き−−。 |
中谷 |
糸井さんのそのコピーが、僕の原点なんです。 |
糸井 |
結局、想像力はタダだしね。 |
中谷 |
元手はかからないけど興奮する。 |
糸井 |
そういえば、コンピューターの世界で、「ハッカー」
というのがあって、日本では悪い意味で使われているけど、
ハッカーとコンピューター犯罪者というのは違うんですね。
どこまでたどり着くだろうといういうのを
実験し続ける奴がハッカーで、
先端企業の優秀な人材はたいていが元ハッカー。
いわば未知の世界への冒険者なんだよね。 |
中谷 |
いい意味なんですよ。だから、最初にジャングルを
飛び出したサルも、アポロ13号の3人も、
それぞれにハッカーだったんですね。 |
糸井 |
「ハッカー」って、ハックルベリーの「ハック」? |
中谷 |
冒険の……。 |
糸井 |
こじつけだけどね。 |
中谷 |
ただ、世の中みんながハッカーになったら困りますが。 |
糸井 |
だから、役割はあるのかもしれない。
区役所の人まで詩人になって、
税金の督促状に「サクラサクラ、そして……払え」
なんて書かれてあったらイヤだもんね。
カエルがちょっと蕗の葉っぱを持っているような絵なんか
添えてあったら、税金とか、払えなくなるじゃないですか。 |
中谷 |
それはがっくりしますね。
われわれの仕事はオーケストラみたいなものですけど、
それぞれのパートは必要で、みんなが指揮者だったら
音楽になりませんよ、口三味線で終わっちゃう。(笑)
(つづく) |