BOOK
男子も女子も団子も花も。
「婦人公論・井戸端会議」を
読みませう。

“埋蔵好奇心”を発掘せよ!
(シリーズ全4回)

目の前に“ケバ”があれば
引っ張りたくなるのが人間というもの。
難破船の秘宝、徳川埋蔵金、そして空中都市……
ワクワクドキドキを誘うミステリーは、世に尽きない

ゲスト: 井上たかひこ
中谷直哉

司会:糸井重里

構成:福永妙子
撮影:八木実枝子

(婦人公論1998年6月22日号から転載)

井上たかひこ
1943年茨城県生まれ。
米国テキサス州立
テキサスA&M大学大学院修了。
同大の水中考古学研究所にて
ジョージ・バス博士に師事し、
水中考古学の学位を得る。
現在、筑波大学
歴史人類学研究科研究生。
ポート・
ロイアル海底都市、
元冦船など、
世界の水中遺跡の
発掘調査に参加

中谷直哉
1955年北海道生まれ。
79年より
テレビマンユニオンに参加。
「アメリカ横断
ウルトラクイズ」の
演出などを手がけた後、
総合演出として
『世界ふしぎ発見!』
(TBS系・土曜夜9時〜)
をスタートさせる。
13年目に入った
同番組のクイズを求めて、
世界を飛び回る
糸井重里
コピーライター。
1948年、群馬県生まれ。
「おいしい生活」など
時代を牽引したコピーは
衆人の知るところ。
テレビや雑誌、小説や
ゲームソフトなど、
その表現の場は
多岐にわたる。
当座談会の司会を担当。

第1回
■海底に眠るドラマ
糸井 僕をはじめ一般の人間にとって、
毎日の暮らしは平凡で退屈じゃないですか。
ところが、世の中には普通の人ができない冒険をしたり、
わからないことを必死になって
探ろうとしている人間がいて、そういう人たちが語る
体験や知識が、僕らを楽しませてくれている。
代償行為というのか、
何かしら代わりにやってくれる人がいるおかげで、
平凡な僕たちの人生がワクワクしたものになるんですね。
お二人はまさにそういう方々で、
井上さんは水中考古学という分野で
海底のミステリーを教えてくれるし、
中谷さんはテレビを通じて、世界中に眠る“不思議”
を掘り起こしてくれている。
言ってみれば、僕たち凡々の人間の支えなんです。
井上 いや、ただ自分の好きなことをやっているだけで……。
糸井 井上さんの著書『水中考古学への招待
〜海底からのメッセージ〜』(成山堂)を読むと、
「このあたりに船が沈んでいるはずだ」
「壼の破片を見つけたぞ」とか、
井上さん自身がすごく楽しんじゃってますね。
これまで海で探検した遺跡で、
いちばん古いものというと……?
井上 私がはじめて水中調査に参加した
トルコ沖のウル・ブルンに沈む難破船は、
今から3500年前のものです。
これは水中考古学で世界的に著名なジョージ・バス博士と、
テキサスA&M大学の水中考古学研究所の人たちが
中心になって、10年くらい前から調査していたんですが、
青銅器時代のものですね。
糸井 3500年前……すごいな。
井上 その頃、日本では縄文の丸木舟程度だったと思うんですが、
地中海ではすでに貿易船が行き来していたわけです。
中谷 そういう時代のものを目にしたときなんか、
興奮しませんか。
井上 前日の夜なんか眠れないですね、あれこれ想像しちゃって。
で、実際に潜ってみると、今のように鉄の錨じゃなくて、
石に穴があいてるみたいな錨だとか、青銅のインゴット
(鋳塊)がずらり並んでいるのが見えてきて……。
中谷 嬉しくて、きっと水中で笑ってるんでしょう。
糸井 足が地に着かない……、もう着いてないっつーの。(笑)
井上 インゴットは運びやすいように4つ耳がついていて、
これが古代エジプトの王墓の壁画やレリーフにある
人夫が担いでいるものによく似ている。
ほかにも青銅の立身像、ヌードの女神をあしらった
ペンダントや指輪、腕輪などの貴金属類、短剣、斧、
瓶や壼、印章など、それこそ研究者にとっては
山のような宝物が引き揚げられて、
そういった贅沢な積み荷から推測すると、
古代エジプト王朝の王、ツタンカーメンのところに
向かって航海していたと思われるんです。
中谷 このあたりに難破船があるらしいと最初に見つけたのは?
井上 ウル・ブルンの場合は、
海綿を採って生計をたてているダイバーです。
そういうふうに地元の人の情報とか、
文献が残っているようなら、
そうした資料を手がかりにしたり、
おぼろげにこのあたりの海域に沈んでいるようだ
と判断できる場合は、
今はエレクトロニクスが発達しているので、
ソナーで探査したりして、
難破船や遺跡をつきとめるわけです。
糸井 「水中考古学」というのは、
一般にはあまり馴染みがないですね。
井上 簡単に言ってしまえば、遺跡を調査するのが考古学で、
その調査の対象を水底に求めるのが水中考古学なんですが、
水の中は閉ざされた世界だけに、
長い間、人間の接近を許しませんでした。
考古学がそれまでの研究領域を
水中にまで広げるようになったのは、
第一次大戦で航空機が発達して、
空からの偵察で海中の遺跡を発見したり、
第二次大戦中にアクアラングが開発されて、
人間が水中で自由に動きまわる技術を
もつようになってからなんですよ。
糸井 そこが陸の上とは違う。
井上 水の障害をクリアしなくちゃいけない
という問題がつきまといますから。
糸井 井上さんは、どうしてそういう研究にひかれたんですか。
井上 難破船を探検してみたいという思いは、
子どもの頃なら誰でもありますよね。
財宝ザクザクという……。
スティーブンソンの『宝島』の世界みたいに。
実際には金銀財宝がザクザク
というわけにはいきませんけど、もっと価値あるもの
−−過去の遺跡や遺物を見つけることで、
海底に埋もれた昔の文明を
今によみがえらせることができる。

それと、海は世界につながっているでしょう。
マゼランにしてもバスコ・ダ・ガマにしても、
海図のない時代に危険を冒しながら
海の向こうの世界を目指した。
私はコロンブスがアメリカに到達したあと
パナマで放棄した「ガリエガ号」
の探査について本にも書きましたけれど、
世界の海底にはそうした人類の営みを物語る遺跡が
たくさん眠っています。
それらを自分で確かめてみたいという冒険心もあったし、
こういうことをやるのは飽きがこないんじゃないか
と思ったんですね。
糸井 飽きがくるか、こないか−−。そういう発想がいいですね。
いや、実は僕もそうなんですけど(笑)。
僕が井上さんを知るきっかけは、
赤城山で徳川家の埋蔵金を探していたときでね。
中谷 ああ、例の……。
糸井 このあたりに埋まってるかもしれないというのを、
土の上から超音波を当てて調べますね。
そのマシーンの技術者がオオタさんという人で、
話をしていたら、「本当の専門は海の中です」
って言うんですよ。
山で泥掘ってる現場で「専門は海です」
っていうのがおかしいし、
「クラゲの研究してます」と聞かされて、
またまたおかしい。
なんでクラゲかというと、
船だとか発電所のタービンが水と一緒に
クラゲを吸い込むことによる事故が多いらしいんです。
それを防ぐためにクラゲの研究をしている。
そのオオタさんが、
「知り合いが沈没船を探検している」と言って、
井上さんの名前が出てきた。
そこではじめて、水中考古学をやっている人
というのを知るわけです。
中谷 それ一つとっても、
赤城山で過ごしたあの時間は無駄ではなく、
糸井さんにとっては豊饒の時であった。(笑)

(つづく)

第2回 “発見”に魅せられた人々

第3回 人は「知」を欲する

第4回 さらなる謎を追って

1998-12-29-TUE

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