第1回
■海底に眠るドラマ
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糸井 |
僕をはじめ一般の人間にとって、
毎日の暮らしは平凡で退屈じゃないですか。
ところが、世の中には普通の人ができない冒険をしたり、
わからないことを必死になって
探ろうとしている人間がいて、そういう人たちが語る
体験や知識が、僕らを楽しませてくれている。
代償行為というのか、
何かしら代わりにやってくれる人がいるおかげで、
平凡な僕たちの人生がワクワクしたものになるんですね。
お二人はまさにそういう方々で、
井上さんは水中考古学という分野で
海底のミステリーを教えてくれるし、
中谷さんはテレビを通じて、世界中に眠る“不思議”
を掘り起こしてくれている。
言ってみれば、僕たち凡々の人間の支えなんです。 |
井上 |
いや、ただ自分の好きなことをやっているだけで……。 |
糸井 |
井上さんの著書『水中考古学への招待
〜海底からのメッセージ〜』(成山堂)を読むと、
「このあたりに船が沈んでいるはずだ」
「壼の破片を見つけたぞ」とか、
井上さん自身がすごく楽しんじゃってますね。
これまで海で探検した遺跡で、
いちばん古いものというと……? |
井上 |
私がはじめて水中調査に参加した
トルコ沖のウル・ブルンに沈む難破船は、
今から3500年前のものです。
これは水中考古学で世界的に著名なジョージ・バス博士と、
テキサスA&M大学の水中考古学研究所の人たちが
中心になって、10年くらい前から調査していたんですが、
青銅器時代のものですね。 |
糸井 |
3500年前……すごいな。 |
井上 |
その頃、日本では縄文の丸木舟程度だったと思うんですが、
地中海ではすでに貿易船が行き来していたわけです。 |
中谷 |
そういう時代のものを目にしたときなんか、
興奮しませんか。 |
井上 |
前日の夜なんか眠れないですね、あれこれ想像しちゃって。
で、実際に潜ってみると、今のように鉄の錨じゃなくて、
石に穴があいてるみたいな錨だとか、青銅のインゴット
(鋳塊)がずらり並んでいるのが見えてきて……。 |
中谷 |
嬉しくて、きっと水中で笑ってるんでしょう。 |
糸井 |
足が地に着かない……、もう着いてないっつーの。(笑) |
井上 |
インゴットは運びやすいように4つ耳がついていて、
これが古代エジプトの王墓の壁画やレリーフにある
人夫が担いでいるものによく似ている。
ほかにも青銅の立身像、ヌードの女神をあしらった
ペンダントや指輪、腕輪などの貴金属類、短剣、斧、
瓶や壼、印章など、それこそ研究者にとっては
山のような宝物が引き揚げられて、
そういった贅沢な積み荷から推測すると、
古代エジプト王朝の王、ツタンカーメンのところに
向かって航海していたと思われるんです。 |
中谷 |
このあたりに難破船があるらしいと最初に見つけたのは? |
井上 |
ウル・ブルンの場合は、
海綿を採って生計をたてているダイバーです。
そういうふうに地元の人の情報とか、
文献が残っているようなら、
そうした資料を手がかりにしたり、
おぼろげにこのあたりの海域に沈んでいるようだ
と判断できる場合は、
今はエレクトロニクスが発達しているので、
ソナーで探査したりして、
難破船や遺跡をつきとめるわけです。 |
糸井 |
「水中考古学」というのは、
一般にはあまり馴染みがないですね。 |
井上 |
簡単に言ってしまえば、遺跡を調査するのが考古学で、
その調査の対象を水底に求めるのが水中考古学なんですが、
水の中は閉ざされた世界だけに、
長い間、人間の接近を許しませんでした。
考古学がそれまでの研究領域を
水中にまで広げるようになったのは、
第一次大戦で航空機が発達して、
空からの偵察で海中の遺跡を発見したり、
第二次大戦中にアクアラングが開発されて、
人間が水中で自由に動きまわる技術を
もつようになってからなんですよ。 |
糸井 |
そこが陸の上とは違う。 |
井上 |
水の障害をクリアしなくちゃいけない
という問題がつきまといますから。 |
糸井 |
井上さんは、どうしてそういう研究にひかれたんですか。 |
井上 |
難破船を探検してみたいという思いは、
子どもの頃なら誰でもありますよね。
財宝ザクザクという……。
スティーブンソンの『宝島』の世界みたいに。
実際には金銀財宝がザクザク
というわけにはいきませんけど、もっと価値あるもの
−−過去の遺跡や遺物を見つけることで、
海底に埋もれた昔の文明を
今によみがえらせることができる。
それと、海は世界につながっているでしょう。
マゼランにしてもバスコ・ダ・ガマにしても、
海図のない時代に危険を冒しながら
海の向こうの世界を目指した。
私はコロンブスがアメリカに到達したあと
パナマで放棄した「ガリエガ号」
の探査について本にも書きましたけれど、
世界の海底にはそうした人類の営みを物語る遺跡が
たくさん眠っています。
それらを自分で確かめてみたいという冒険心もあったし、
こういうことをやるのは飽きがこないんじゃないか
と思ったんですね。 |
糸井 |
飽きがくるか、こないか−−。そういう発想がいいですね。
いや、実は僕もそうなんですけど(笑)。
僕が井上さんを知るきっかけは、
赤城山で徳川家の埋蔵金を探していたときでね。 |
中谷 |
ああ、例の……。 |
糸井 |
このあたりに埋まってるかもしれないというのを、
土の上から超音波を当てて調べますね。
そのマシーンの技術者がオオタさんという人で、
話をしていたら、「本当の専門は海の中です」
って言うんですよ。
山で泥掘ってる現場で「専門は海です」
っていうのがおかしいし、
「クラゲの研究してます」と聞かされて、
またまたおかしい。
なんでクラゲかというと、
船だとか発電所のタービンが水と一緒に
クラゲを吸い込むことによる事故が多いらしいんです。
それを防ぐためにクラゲの研究をしている。
そのオオタさんが、
「知り合いが沈没船を探検している」と言って、
井上さんの名前が出てきた。
そこではじめて、水中考古学をやっている人
というのを知るわけです。 |
中谷 |
それ一つとっても、
赤城山で過ごしたあの時間は無駄ではなく、
糸井さんにとっては豊饒の時であった。(笑)
(つづく) |