第2回
お金は使って完成品になる |
糸井 |
邱さんは先ほど、金に執着するなとおっしゃってましたが。 |
邱 |
ええ。
お金をたくさん持つより、
お金を上手にコントロールするほうが
大事だということなんです。
今はお金って紙幣になったから四角いけど、
昔から(指で丸い形をつくって)マルというように、
お金はもともと丸いもんなんです。 |
糸井 |
さっそく哲学的だなぁ……。 |
邱 |
そうすると地球みたいなもので、
自分が立っているところからは、裏側が見えない。
つまり、お金を儲けている人は、
儲けるところしか見ていない。
お金を使う人は、使うところしか見ていない。
本当は全部クルリと回らなきゃいけないのに、
両方できる人は少なくて、
たいてい片側だけやって死んじゃう。 |
糸井 |
人生、意外に短いですから。 |
邱 |
そう、反対側まで回りきれない。
儲ける人は、儲けただけで終わるし、
使う人は使う一方で終わっちゃう。 |
中村 |
私です。(笑) |
邱 |
そういうふうに、
お金は一つのものであるにもかかわらず、
それの扱い方は分業になってるの。 |
中村 |
そうだったのか……。 |
糸井 |
そうだったのね。 |
邱 |
でも、儲けただけ、使うだけ、というのでは
半製品で、儲けて使ってはじめて
お金は完成品になるんです。
ところが現実には、親父が稼いで息子が使う、
旦那が稼いでカミさんが使うとか、
そういうの多いでしょ。
私は、一人で完成品にする努力をすべきだろうと
思うんです。 |
糸井 |
それ、いいなあ。 |
邱 |
私自身、ここ何十年、
すべてそういう形でやってきました。
金儲けも、まあ少しは……。失敗も多いけどね。 |
中村 |
失敗もなさるんですか? |
邱 |
だって私は、失敗した話を毎回読み切りで
『週刊朝日』に30回も連載したんですもん。 |
中村 |
少なくとも、30回は失敗があったということですね。 |
邱 |
そのほかに書かなかった分もありますから(笑)。
ふつう、金儲けする人は、
次にもたいてい同じことをやるんですよ。
スーパーマーケットのあとに
コンビニエンスストアやるとかね。
勝手知ったることをやるわけだから、失敗しないです。
でも僕はね、
やっぱり芸術家の端くれみたいなところがあるから、
事業も同じことをやるのはイヤなのね。
そうすると、一回一回が初めてやることだ。
それで、一回一回しくじる。
そして中村さんがエルメスのハンドバッグ買うのに
喜びを感ずるように、
僕は、新しいことをやって失敗することに、
喜びを感じてるわけ。 |
中村 |
仙人のような方ですねぇ。(笑) |
邱 |
で、お金を完成品にするためには
使わなきゃいけないんだけど、
僕は銀座のバーに行く趣味もない。
友だちを見てると、1ヵ月に何百万も払ってる人が
けっこういるんですよ。
でも、同じ酒で、氷も同じで、
他より3倍も5倍も高い値段をとるような店に
僕はお金を払いたくない。
これが「吉兆」なんかに行って食事代が10万円でも、
料理の技術料があるから、そういう金は払うけど。 |
糸井 |
納得のいかないものには、払わない。 |
邱 |
ただ、そんなことしてるとお金が貯まっちゃうでしょ(笑)。
貯めないためにどうするかというので、
46、47歳のときに車をロールス・ロイスに替えたんです。 |
中村 |
ロールス・ロイスって、いくらくらいするんでしょう。 |
邱 |
今、7台目に乗っていますけど、
いちばん高いときで3500万円でした。
でも私は月賦で買ったことはないんです。
自分でそれだけの金を一度に払えないなら、
そんな車に乗るもんじゃないと思っているから。
でもね、ロールス・ロイスというのも
手のかかる車で……。 |
糸井 |
ちょっと壊れても、簡単には直せないですよね。 |
邱 |
しかも修理代が150万円なんてね。
今日も、運転席の鍵穴のあたりから
ボタンのようなものが抜け落ちましてね。
そしたら、こんな小さいボタンが1万8000円だって。
それから普通の運転手じゃダメでしょう。
ロールス・ロイスをちゃんと扱える、
特別に月給の高い運転手を雇わなきゃいけない。 |
糸井 |
そこまでがパーツというか、
車とセットになってるわけですね。 |
邱 |
いろいろやっかいだから、
日本の車に替えたいと言ったら、
家じゅうに反対された。
今、車を替えたら、
金繰りが悪くなったと思われるからって(笑)。
一生、この車に乗ってるよりほかなくて、
だから、善し悪しなんですよ。 |
糸井 |
お金を使うのも、楽しいばかりとは限らないんですね。 |
中村 |
邱さんはクレジットカードなんか、
お使いにならないでしょうね。 |
邱 |
カードですか。
(ポケットから財布を取り出し、広げながら)
私は香港のカードを持ってますが……。 |
糸井 |
おっ、今、「邱永漢の財布」を見たぞ!(笑)
でも見た限りでは、黒革のごく普通の財布ですね。
分厚くもないし。 |
邱 |
入ってる現金は10万円くらいですよ。
カードは、外国旅行をするときに使いますね。
カードがないと、ホテルさえ泊めてくれないですから。 |
中村 |
限度額いっぱいに使うことは? |
邱 |
そんなことしたら大変なことになります。 |
糸井 |
中村さんは、限度額いっぱい? |
中村 |
私はカードの限度額というのを、
「予算」と勘違いしちゃうんです(笑)。
限度額が300万円ですよと言われたら、
300万円ほど買い物の予算がありますよというふうに……。 |
糸井 |
聞こえるんですね。
脳が、そう変換しちゃうわけだ。 |
中村 |
そうなんですよ。(笑) |
糸井 |
どういう買い物の仕方をするんですか? |
中村 |
ピークは5、6年前だったんですけど、
散歩とか食事とか何かしら理由をつけて外に出るわけです。
外に出たら、必ず行きつけのブティックに行く。
ブランドものを個人輸入しているような店ですね。
最初の頃は、これもいいわ、あれもいいわと、
欲しくて買っていたのが、
そのうちに、その店に行くと
何か買わないでは気がすまないようになるんです。
朝起きてコーヒーを飲まなきゃ気がすまないのと同じで、
習慣化してしまう。 |
糸井 |
欲しいものがないときは? |
中村 |
なくても、無理やり買うんですよ。
これまでだったら、絶対に手を出さないような服を、
たまにはこんなのもいいかな、
なんて言い訳しながら買ったり。 |
糸井 |
貸しビデオ屋に借りたビデオを返しに行ったときと
似てますね。
そのまま帰るのが惜しくなって、
なぜか店内をひと回りして、
ついまた、つまんないビデオなんか借りちゃう。 |
中村 |
逃れられない輪廻みたいな(笑)。
でも私の場合、やっぱり病気ですね。
買い物依存症という。
─これを精神医学的に説明すると、
自分の居場所がない、自分に満足できない、
そういう寂しい女が空虚感を埋めるために
買い物という代償行為に走る、というものらしいんです。
でも私、2年前に結婚しましてね。
ひじょうに居心地のいい相手なんです。
買い物依存症のセオリー通りだったら、
私は結婚して自分の居場所を見つけたわけですから、
ささやかな幸せにどっぷり浸り込んで、
買い物による浪費もしなくなるはずなんですが、
これが違うんです。 |
糸井 |
治りませんか。 |
中村 |
それでも買い続けている自分がいる。
私の中では、買い物と寂しさを埋めるという心理は
別問題だったみたいです。 |