第1回
モノに変えて味わう快感 |
糸井 |
僕は年に一度、税金の申告のときに
税理士さんから5分ほど話を聞くくらいで、
これまでお金については考えてこなかったんです。
避けてきたのは、もしかしたら僕は
お金が好きすぎたんじゃないか(笑)。
近づくと際限がなくなる恐怖があって、
触れなかったのかもしれない。
それと、お金の話はするものじゃないという教育が
体に染み込んでたせいもあるでしょうね。
でもお金って毎日使ってるものだし、必要なものだし、
扱い方にはその人の生き方も反映しますよね。
そこでお金儲けの神様と言われる邱さんと、
借金してでもモノを買いまくる無駄遣い女王の
中村さんという、なんだかすごいキャスティングで
お金との付き合い方みたいなことを
話してみたいと思いまして。 |
邱 |
今、お金儲けの神様と言われましたけど、
しあわせを望むなら、
ゆめゆめ金に執着するな──というのが私の持論でね。
実は、お金があってもなくても同じなんですよ。 |
糸井 |
それ、僕なんかが言うと違って聞こえるんだろうなぁ。
そのあたりの意味はおいおいお聞きするとして、
邱さんは実業家であると同時に作家でもあります。
作家でずーっとお金について語っている人って、
他にいないですよね。 |
邱 |
みんなセックスの話ばかりだからね(笑)。
でも私はセックスについての修行も足りないし、
格別ユニークな考え方もないし、
そこで競争したんじゃ渡辺淳一さんにはかなわない(笑)。
でも、経済のことなら専門ですからね。
そういえば、僕がはじめてお金のことを書いたのは
『婦人公論』なんです。 |
糸井 |
そうなんですか。 |
邱 |
昭和34、35年頃、『金銭読本』といって、
1年間連載したあと単行本にしたら、
それまで僕が書いた小説なんて
初版だけで終わっていたのに、
その本はすぐ再版になってね。
びっくりしましたよ。
それ以来、40何年、自分では
今でも文章のデパートをやってるつもりだけど、
なぜか、お金についてのものだけが売れる。(笑) |
糸井 |
中村さんは、浪費家エッセイストという
肩書もあるくらいですが、
ふだん、お金については考えることは……。 |
中村 |
しょっちゅうですよ。
月末にクレジットカードの請求書が送られてきたり、
出版社に前借りの電話をするときは、
頭の中がお金のことでいっぱいになります。 |
糸井 |
ガスや水道といった公共料金も払わないのに、
ブランド品につぎ込んで、
月に450万円くらい請求がきたときもあったとか。 |
中村 |
ええ、そういうときはお金のことを考えるんですけど、
ただ、財テクとか貯めることには
まったく興味がないんです。
私にとってのお金って、
もちろん使っても使っても
預金通帳に残高がたっぷり残っているくらいのお金が
あるといいなと夢想はするんですけど、
それ自体は数字にすぎないような感覚なんです。
預金通帳の金額が増えても、
それはやっぱり数字であって。
さすがにそれが札束となって目の前に積まれると、
ひれ伏したくなるとは思いますが。(笑) |
糸井 |
現ナマは強いんですね。 |
中村 |
でも原稿料にしろ印税にしろ銀行振込でしょう。
たとえば500万円振り込まれて、
通帳に一瞬、500万という数字が記録されても、
次の日にはアメックスの支払いで
490万円が引き落とされてるわけです(笑)。
あっという間に預金通帳の数字は10万円とかね。
500万円の実感なんてなくて、
「ただ私の上を通り過ぎていった数字」
というイメージしかない。
でも、エルメスのバッグであるとか、
ダイヤの指輪であるとか、モノにかわってはじめて、
「ああ、これは私が稼いだお金で買ったのね」と、
努力の結晶として、喜びを感じられるんです。 |
糸井 |
じゃあ、振込ではなく、現物支給じゃダメですか?
原稿料として、エルメスのバッグが支給されるの。 |
中村 |
それはいかんです! |
糸井 |
いかんですか(笑)。 |
中村 |
この私が店に行って、
「これ、いただくわ」と何10万の買い物をする。
そこが重要で、店員さんとか、
その場にいたお客さんとか
──まぁ彼女たちは別に
私のことなんか見てないんですけど──
すべて私にとって観客なわけです。 |
糸井 |
ショーなんですね。 |
中村 |
そうなんですよ。
「高額な買い物をして、
カードを切っている太っ腹なこの私を見てぇ!」状態。
その陶酔感がまず強烈にあってですね、
次にそのモノを手にする快感がある。
だから出版社に、
「エルメスのバッグで原稿料を払わせてもらいます」
と言われても、自分で「買う」という行為がないと
ダメなんです。 |
糸井 |
お金に対し、気前がいいのかケチなのか、
自己判断ではどうですか。 |
中村 |
私は見えっ張りでして、
“気前のいいふりをしたがるケチ”だと思います(笑)。
本当に気前のいい人は、使ったお金に対し
クヨクヨしないでしょ。
いやぁ、楽しかったからいいじゃないかと。
ところが私は、
「もうっ、中村さんって気前がいいんだから」
みたいに思われたい一心で、
オネーチャンがそばに座るような
六本木のクラブに人を連れて行って、
「ここは私が」なんて言っちゃうわけです。
編集者の方なんかが
「いや、こっちで払いますよ」と言っても、
「カードを出すのはこの私!」
みたいなことをしてですね、そのくせ家に帰ってから、
なんで払ってもらわなかったのか、
あんな店、ぜんぜん面白くなかったのに20万円だなんて、
それだけあったらアレ買えたのにとクヨクヨ……。 |
糸井 |
いや、かつての僕と同じだなぁ。
小さい頃から、そうだったんですか? |
中村 |
私、中・高校と横浜にある
ミッション系の私立女子校に行ってたんです。
同級生には小金持ちの娘が多くて、
ブランドもののバッグや財布を
学校に持ってくるんですよ。
私もこのように見えっ張りで負けず嫌いですから、
欲しくて欲しくてしょうがない。
でも、うちはサラリーマン家庭なんで、
そのバッグの値段を聞いた時点で
親は倒れそうになってしまって。
「そんなもん、高校生が持つもんじゃない」と、
至極まっとうな意見によって買ってもらえませんでした。
お小遣いも友だちにくらべて少なかったんですね。
友だちは高校生の分際で、
高そうなレストランなんかに平気で入るわけです。
私は「やめとく」とも言えず、
「ホホホ」なんて言いながら一緒に入って、
メニュー見てガーン。
結局、友だちにお金を貸してもらってね。
「私が奢るわ」って言いたい気持ちは、その頃から……。 |
糸井 |
内にたまっていた。 |
中村 |
トラウマになったんでしょうね。
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