第3回
子供に財産は残すな |
糸井 |
僕のきょうの出費は、
お昼にハンバーガー一つ食べただけだから、
200円くらい。
その昔、会社から渡される経費を、
使うときに出そうと思って
適当に押し入れにしまっといたら、
あるとき200、300万円くらいになってたこともありました。
そういうふうに、僕はお金をぜんぜん使わないんです。
だけど、何かをするときに、お金がないと動き出さない。
エンジンがかからないってところがあるじゃないですか。
その意味では、ただ無駄に押し入れの中にしまっておくんじゃなく、
ちゃんと回転させるように使うことも必要じゃないかと、
この頃、思うんです。 |
邱 |
お金は、世の中をうまく回していくための
潤滑油みたいなものですよ。
潤滑油がないと、摩擦がしょっちゅう起こったりする。
そして潤滑油として上手に使うためにも、
お金に対する自分なりの考え方をもつことが
必要になるんですね。 |
糸井 |
僕は、お金を使うのにもプロとアマがあると思うんですよ。
お金持ちであれ貧乏人であれ、
お金を使うセンスや才能が見事にない人っていますよ。
誰もがみな、中村さんの真似はできない。 |
中村 |
私がセンスがいいかどうかというのは、
また別の問題で。(笑) |
糸井 |
中村さんの金の使い方って、極端な言い方をすれば、
ジェットコースター乗りっぱなしで
心臓ドキドキさせながら
生きてるみたいなもんじゃないですか。
これねぇ……プロなんですよ。(笑) |
中村 |
そうなんですか? |
糸井 |
そうなんです。 |
中村 |
ほめられてるんでしょうか(笑)。
私、お金は天下の回りものだから、
どんどん使い続けていれば、いつか回り回って
自分に返ってくる、みたいな言葉を
このあいだまで真に受けてたんです。 |
糸井 |
このあいだまで、ですか。 |
中村 |
42歳にもなって月末の預金通帳の残高が98円だなんて、
やっぱりいかんなと思い始めたんです。
だけど、ここはひとつ買い物をガマンして
財テクに走ろうかと考えた瞬間、頭のこのへんで、
「守りに入っちゃいかん」という声が聞こえる。 |
糸井 |
わかります、わかります。
それに98円じゃ財テクもできないし。(笑) |
中村 |
お金を使い続けているからこそ仕事も入ってくるんで、
守りに入ったら、
ダメになっちゃうんじゃないかという恐怖があるんですよ。
泳いでいなきゃ死んでしまう回遊魚のように。 |
糸井 |
マグロのように。 |
中村 |
マグロです。
こういうのは間違っていますかねぇ。 |
邱 |
いえいえ、お金を使うことは、間違ってないです。 |
糸井 |
使えるお金があるのに、使わない人もいますもんね。
子どもに譲ると遺言を書いて、
自分はやりたいことも楽しみもガマンして、
死んだあとに息子がパーッとすぐに使っちゃった
─みたいな話を聞くと、哀しいじゃないですか。 |
邱 |
私に言わせると、先入観の強い人が多すぎますね。
財産は代々、子どもに残すものだと思い込んでる。
厚生省で、財産は子どもに残しますかというアンケートをとったら、
60何パーセントがそうすると。
なんで残す必要があるんでしょうかね。
年をとったらまだ大きな仕事が残っていて、
それは生きてるうちに自分のお金をきれいに使うことです。 |
糸井 |
将来に対する漠然とした不安があるから使わない、
という人もいます。 |
邱 |
だから人は年をとるとケチになる。
でも、死ぬまでお金を手元に置いておいて、
子どもに渡るときに税金をたっぷり取られるんじゃあ、
税務署のために金庫番やってるだけですよ。 |
糸井 |
うん、その通りだ。 |
邱 |
お金を使うことって、一般の人にはどこか抵抗があって、
決心も実行力も必要みたいです。
でもだんだん年をとって先が見えてくると、
食事だって食べる量も少なくなるし、
1個50円のトマトより、
300円でもおいしいほうがいいですよ。
僕はずっと以前から、
自分は77歳で死ぬという予定を立てていたんです。 |
糸井 |
暫定的に終わりを設定してるわけですね。 |
邱 |
フランスのボルドーに行ったときも、
それに合わせた本数のワインを
200万円くらい買ったりしてね。
でも77歳といったら来年でしょう。
どうも死にそうにないのよね(笑)。
それで、そのあとのお酒がないと困るというんで、
最近またワインを買いだめしたんです。
そういう具合に、何歳で死ぬと決めたからには、
終着駅まであとどのくらいか、わかってるわけね。 |
糸井 |
それはそれで活気が出る。
時間軸を考えに入れるのは大事なことですね。 |
邱 |
そのあいだに、やりたいことをやらなきゃ
間に合わないと思うんです。
だからお金も、使えるうちに使うほうがいいですよ。
それに、あるところまで到達したら、
使うのがイヤになりますから。 |
中村 |
イヤになりますかね?
私もそれに期待してるんですけど。 |
邱 |
僕にもほしいモノは何でも買った時代はあったけど、
いつか卒業してしまうものです。
今なんかヨーロッパに2週間旅行に行っても、
自分のものを買うために1ドルも使わない。
欲しいものなんか何もない。
シャツだってユニクロの1900円の着たりしてる。 |
糸井 |
ある程度までいったら、
かえって自由になれるのかも。
中村さんも突然、別のものに
興味がシフトしちゃうんじゃないですか。 |
中村 |
そういえば最近は、
仕事で強制的に買い物をさせられているような……。
無邪気に、ああエルメス、ああシャネルって言いながら
買ってた時期が懐かしい気がします。
今なんかシャネルの受注会とかショーに呼ばれても、
行かなきゃ買い物しなくてもすむなあ、と思うんです。
でも、この「行かない」というのが敵前逃亡みたいで、
敵に背中を向けたくない。
「中村も落ちたもんだ。受注会にも来やしねえ」
と思われるのがイヤで。(笑) |
糸井 |
意地になるわけですね。 |
中村 |
それで行っちゃうんです。
で、ショーを見て、
今年は買わなくていいやと思うんですけど、
店員さんが揉み手で
「お気に召したものはございましたか」
と待っていると、
買わなくちゃ悪いんじゃないかという気になる。
結局、散財して、翌月に引き落とされるカード代金のために
出版社に前借りをして、
でもまぁ、エッセイのネタにさせてもらうかと、
まるで吉本の芸人のようで(笑)。
無駄遣いする私に対し、周囲の期待もありますでしょう。
それに応えるといいますか。
そんな自分が、媚びてるようでイヤなんですけどね。 |
糸井 |
媚びてますか? |
中村 |
ええ。ブランド品なんて、
自分に中身がないから欲しがる金メッキみたいなもんよ、
なんてことはわかってまして。
だからといってやめると、
そんな自分がやっぱり媚びてるような……。
その昔は、お金がない卑屈さゆえに
媚びているのかと思ってた。
でも、ある程度のお金が入るようになって、
お金を使い始めますね。
そしたら、お金の使い方も人に媚びてるんですよ。
その点、うちの夫は香港人なんですけど、
お国柄なのか、それとも家系なのか、
お金に関する感覚は私とは違いますね。
私なんか仕事の場で
最初にギャランティの交渉をするのはイヤ、
みたいなところがありますけど、
彼はそういうことを恥ずかしいと思わない。
お金のことを過小評価もしないし、
過大評価もしないんす。 |
糸井 |
そういうのは羨ましいですね。 |
中村 |
私もそこは学ぶべきだと思いますけど、
ぜんぜん学習してない。
ともかく、媚びることから脱却することが、
とりあえずの私の目標ですね。 |
糸井 |
お金から自由になるために必要な金額、
というのもありそうな気がします。
このラインから、というような。 |
邱 |
これ以上稼いでも同じだというラインとして、
月に100万円、使えるお金があればいいと
私は本に書いてます。 |
糸井 |
100万円ですか。
はっきり数字が出てくるところがセンスですね。 |
邱 |
そしたら読者のアンケートはがきで、
「100万円なんてとんでもない」
という感想が来ましたけどね。
私はみなさんに100万円稼げと言ってるわけじゃない。
ただ、「使えるお金で月に100万円ある」人は、
それ以上のお金を持っている人と、
生活内容はほとんど変わらないということです。
そういう人たちは家もすでにあるし、
あとは乗ってる車がロールス・ロイスか
国産の小さな車か、くらいだけの違いだけでね。 |
糸井 |
たしかにそうですね。
毎日、高級レストランに行ってるはずもないし。 |
邱 |
上を見たらキリがないというけれど、
実際は100万円越えたら、そう違わない。
もちろん、誰もがそこまでいけるわけじゃない。
じゃあ今度は、人に義理を欠いたりせず、
恥ずかしくない生活をするための
いちばん少ないラインはいくらかといえば、
30万円ですね。 |
糸井 |
またまた、具体的な数字が出てきますね。 |
邱 |
たとえば定年で仕事は引退した。
一方で、子どもは巣立ち、家のローンも終わって、
うちの中のモノはひと通り揃っているという場合、
年寄り夫婦だけで暮らすとしたら、
月30万あったらなんとかやっていけます。 |