第4回
パンツの力 |
糸井 |
大橋さんは今、
どういうものを好んで着ているんですか? |
大橋 |
私はコム・デ・ギャルソンが多いんですね。
デザイン的にはシンプルなものもありますけど、
かなりこだわっている形が多いでしょう。
私は背もこんなに小ちゃいし、
それをどうやって着るかという戦いが
常にあるんです。
でも、もしその戦いがなかったら、
きっとつまんないと思う。
似合ってないよねえって、
そわそわしながら着てますけど、
それに挑戦し続けることで、
自分が前に向いているような気持ちになれるんです。 |
糸井 |
挑戦−−ですか。 |
大橋 |
若いときは何を着てもカッコいいんです。
でも、年を取ってくると体型も変わるし、
どんどんカッコよくなくなる。
私たちの年代って、なんでこんなふうに
おなかが出てきちゃったんだろうとか、
その都度その都度、
崖っぷちに立たされてるようなものです。
でも、そこで放棄しちゃったら、
もうその先はないのね。 |
広瀬 |
あとは、ウエストが
ゴムのスカートになるだけで……。 |
大橋 |
太っていようが痩せてようが、
みなさん個々に違ってていいんです。
ただ、それなりにカッコよく見える工夫をすることが、
おしゃれだと思うんですね。
だから私は、似合ってないなあと思いながらも、
諦めずに努力だけはし続けたい。 |
糸井 |
常に参加してないとダメですね。 |
大橋 |
そうじゃないと、気持ちがおしゃれのことに
ついていけなくなる気がする。
それが怖い。
最近買ったのは、紺地に白の水玉のスカートで、
裾にフリルがついてるんです。
普通だったら、
そんなフリルなんて恥ずかしいですけど、
私、どうしても欲しくて買ったんです。
着てみると、ちょっちょっとフリルがあるのが
何とも嬉しい。
そんなふうに自分の背中を押す意味でも、
できるだけ新しいと感じるものは買って、
似合おうが似合うまいが、
挑戦していきたいと思うんです。 |
糸井 |
自分に似合う似合わないって
どういうことなんでしょうね。 |
大橋 |
うーん、それ難しい。 |
広瀬 |
私の場合、鏡に映したときの、
「あっ、これは好きだな」
という感じかもしれないですね。 |
糸井 |
僕のようにかまわない人間でも、
行ってきまーすと家を出たのに、
着てるものがなんかイヤな感じがして、
着替えに帰ったりすることがある。 |
大橋 |
昨日似合ってたものが、
今日は似合わないということもあるし……。
わからないから、
努力していろいろ着続けているんでしょうか。 |
糸井 |
僕が自分でいちばん似合うと思っているのは
パジャマなんです。
パジャマを着てるときが、
いちばん自分らしくて、
うん、俺だなあって気がする。
それから僕、パンツだけは高級品ですよ。 |
大橋 |
見えないけれど、何か安心? |
糸井 |
もともとは高いものを
着たりする人間じゃないんですよ。
1年間ずーっと同じジーパンをはき通しますし。
でもどんどんドレスダウンしていって、
そこでパンツもセコいと、
全部が安くなって、おしまいなんですよ。
せめて自分の値段を
3千円分くらい残しておきたい。(笑) |
広瀬 |
私は、そんなに高いのははかないなぁ。
普通のでいいです。(笑) |
糸井 |
広瀬さんは外側にちゃんと重しが効いてるから、
それでいいんですよ。 |
大橋 |
私、お茶のお稽古は朝早いものですから、
着付けがどこか変だっりしても、
直す時間がないんですね。
それが気になって気になって、
お稽古でも、どうしてここを間違えるの?
ってとこでお手前を間違えちゃう。
糸井さんのようにいいパンツはいてるとか、
きょうはキチっとしてるなと思ってることが、
1日の気分を左右する。
それを考えると、着るものって、
「たかが」じゃないですね。 |
糸井 |
僕が羨ましいと思うのは、
靴下にお金をかける人。
靴下のいいのをはいてると、
気分もすごくリッチなんですよ。
ところが、それってなかなか難しくて、
靴や靴下ってダメになりやすいから、
意外とケチになる。 |
大橋 |
私は夫の靴下を買う係なんですけど、
最近は、色や柄に凝った、
いい靴下がなかなか見つからないんですよ。 |
糸井 |
景気が悪いせいか。 |
広瀬 |
結局、当たり障りのないところに、
しわ寄せがいくんですね。 |
大橋 |
広瀬さんは、毎日、
ご自分の作品を着ていらっしゃるんですか。 |
広瀬 |
出張に行くときはジャケットのこともありますが、
うーん、1年の3分の2はやはりニットですね。 |
糸井 |
作品をつくるとき、刺激を受けるものは? |
広瀬 |
糸の感触が最初ですね。
あ、この糸をこう編んでみたいな。
この糸で立体的なモチーフをつくってみようとか。 |
糸井 |
そうか、糸選びなのか。 |
広瀬 |
ええ。
出会い、というのか、
その糸が編んでほしいと言ってるようなものは、
やっぱり手がいきます。
ほかにデザインのヒントとしては、
たとえば歌舞伎を観て、
あの着物の桜をなんとか表現したいと
モチーフの一つにしてみたり。
それから私の生徒さんはみな女性ですから、
広瀬が着ているデザインがそのまま、
女性にも着られるように
ということも考えてつくります。
きょうのニットにしても、
普通の男の人はまず着ないですよ。
でもサイズを変えてつくっていただければ、
女の人には着てもらえますから。 |
糸井 |
そうか、それで“衣装"でもあるわけなんですね。 |
広瀬 |
家にいるときは、
ごく普通のアラン模様のセーターを着てますよ。 |
糸井 |
いつも肩パットが入ってるわけでもないんだ。 |
広瀬 |
ないです。(笑) |
大橋 |
これまで何着くらい、おつくりになりました? |
広瀬 |
1千着以上はつくってます。 |
糸井 |
全部、とってあるんですか。 |
広瀬 |
講習会で1回着たものは
生徒さんが覚えていますから、
あまり着られないんです。
それに年間20着以上つくってると、
置くスペースもなくなりますから、
どんどん人にあげてしまう。
撮影用にとってあるものもありますけど、
基本的には作品に対して、
そんなに執着はないんです。
1個終わると、
それは過去のものになってしまいますから。
私はほんのわずかな合間でも、
かぎ針や編み棒を持って手を動かしてますけど、
結局、編むこと自体が好きなんですね。 |
糸井 |
カッコいい! |
大橋 |
広瀬さんをひきつける編み物の素晴らしさって
何でしょう。 |
広瀬 |
糸1本からつくる魅力ですね。
布だと柄が決まってたりするけど、
編み物は糸を組み合わせたり、
編み方を変えたり、
糸の段階から自由な表現ができます。 |
糸井 |
いちばん大きな作品というと……。 |
広瀬 |
妹の結婚式のお色直しのドレスですね。
いつか結婚するんだろうと思いながら
3年くらいかけて編みためてたのを、
結婚が決まったときにパッと仕上げて。 |
糸井 |
ジーンとくる。
僕も今度、編みぐるみをやるんです。
人形をつくるやつ。 |
広瀬 |
ぜひ見せていただきたいですね。 |
糸井 |
ところで広瀬さん、毎日とっかえひっかえニット
を着ていて、部屋の整理整頓ってどうなってます? |
広瀬 |
いやあ、私の部屋は汚いですよ。
脱いだら脱ぎっぱなし。 |
糸井 |
やっぱり、そうですか! |
大橋 |
そんなふうに見えませんけど。 |
糸井 |
いやね、僕の観察によると、
おしゃれで独身の男の部屋はたいてい汚い。
着脱ぎして積み重なった洋服が
堆肥みたいになってるパターンが多いんです。 |
広瀬 |
まさにその通りです。 |
糸井 |
いちいちきれいに整理整頓してたら、
おしゃれしていられないんじゃないか。
画家で絵の具のパレットを
きれいに整理してる人って少ないでしょう? |
大橋 |
そういえば、いない。
私も絵の具を使ったあと、パレットは洗わないです。
そのほうが次のときに描きやすい。
真っ白いパレットの上で一から始めると、
かえって色数が使えなくなるような……。 |
糸井 |
でしょう?
自由度がなくなるんです。
きちっと整理しておくことと、
自由にいろいろやれるってことは反するんじゃないか。
おしゃれに関してもそうだと、僕は思いますね。 |