第1回
道行く人に振り向かれても |
糸井 |
さすが広瀬さん、
すごいニットを着てらっしゃいますね。 |
大橋 |
シルクでしょう?
きれいなピンクベージュで、
レースみたいに細やかですね。
すごく手間がかかってそう…… |
広瀬 |
そういうフリをしてますけど(笑)、
そんなに手間はかかってないんです。 |
糸井 |
製作時間はどのくらいですか。 |
広瀬 |
1日8時間かけたとして
4日─32時間くらいですか。
実際には、移動中の新幹線の中などで
モチーフだけを編んでおくんです。
15分あれば1枚できますから。
あとで、それをまとめてつけて仕上げるとか、
そんなやり方をしてます。 |
糸井 |
広瀬さんは明るい春のニットだし、
大橋さんはシックな和服だし、
僕、なんだか恥ずかしいな。(笑) |
大橋 |
私は、お茶のお稽古の帰り
そのままの格好なんです。 |
広瀬 |
藍染めで、味わい深い色ですね。 |
大橋 |
この着物は“薩摩”という木綿ですけど、
お茶の席では座ったまま、
ずって移動したり、
体の向きを変えたりしますでしょう。
絹だと滑るのでよいのですが、
木綿は滑らないから、これは本当は向いていないの。
でも、お茶をこぼしても、心配じゃないですしね。 |
広瀬 |
普段もお着物が多いんですか。 |
大橋 |
月に3回あるお茶のお稽古には、
頑張って着物を着ていきます。 |
糸井 |
こうしてお二人が並んでると、
ジャンルは違うんだけど、
それぞれに板についているのが羨ましい。 |
大橋 |
そんな……。
私、着物を着たとき、
襟をぜんぜん抜かないものだから、
「こけし」って言われるんですよ。(笑) |
糸井 |
いや、着慣れてる感じです。
僕なんか、まったくおしゃれじゃないから。
「おしゃれだぞ」と主張してるものが苦手で、
新しい服を買うと洗濯して水を通したり、
古着にしたくなるんです。
そんなだから、いちばんイヤだったのが、
バブルの頃に多かったですけど、
路上にいるアンケート屋さんみたいなソフトスーツ。 |
大橋 |
ああ、あれ……。 |
糸井 |
テレビの番組でおしゃれの
採点をするのがあるけど、あれも嫌い。
何と何が合うだの、
この組み合わせは考えられないだの、
人に言われる筋合いじゃないだろうっての。
たとえばの話、アフリカのマサイ族の衣装を
採点できるかといえば、できないわけですよ。
おしゃれの基準って、
自分で「あ、こうじゃねぇな」と思いながら、
好きなものを自由に選んでいく。
そのうちに自分の着たいものが決まっていく
─というのが僕の理想なんです。
で、きょうのゲスト、お二方とも、
「このファッションは私だけ」
って感じがして、気持ちいい。
僕、広瀬さんをテレビではじめて拝見したとき、
驚きましたもん。 |
広瀬 |
アハハハ。
こういうニットを着てますから、
「何だろう、あの人」
って言われることは多いです。
最近でこそ「ニットの先生」として
顔を知ってくださってる方も増えましたけど、
はじめて講習会に立つようになった
12、13年前は、街を歩いていても、
道行く人から
「あれぇーっ」
ってよく振り返られました。
最初の頃は、恥ずかしかったですね。 |
糸井 |
えっ、恥ずかしかったんですか。 |
広瀬 |
でも、ニットの仕事をしてますから、
ニットで振り向いてもらうことは
ありがたいことなんです。
これが普通のメリヤス編みのセーターだと、
多分、見過ごされてしまう。
ニットにはこういうのもあるよ、
というのを知ってもらうためには
驚いてもらうことも大切でして。 |
大橋 |
生徒さんに教えるとき、
途中で何度か着替えをなさるそうですね。 |
広瀬 |
ええ。
講習会は私の舞台ですし、舞台に立つとき、
ニットは私の衣装なんです。
せっかく編んだものを見てもらって、
より多くの人に訴えかけたいし、
それに講習会では飽きさせない工夫も必要ですから。
お昼休みにご飯を食べたあとは、
誰でも眠くなりますね。
そのとき私の衣装が変わっていると、
生徒さんは「あれっ」と目が覚める。
午後2時か3時頃、もう一度睡魔が襲う頃に
黒板の後ろで着替えて登場すると、
また眠気が吹き飛ぶ。
そうやって最後まで目を覚ましたまま、
講習を受けて、帰っていただく。 |
糸井 |
見事だ。(笑) |
広瀬 |
今じゃ自分でも着替えが楽しみで、
きょうは3回着替えられたとか。(笑) |
糸井 |
作家の橋本治くんも編み物が得意で、
僕はセーターをプレゼントされたことがあります。
それも僕の本の表紙の絵を、
そのまま模様にしてくれてね。 |
広瀬 |
橋本さんの編み物は、
1枚の絵を描くという感覚ですよね。
表現する道具が、たまたま絵の具でも
色鉛筆でもなく、毛糸だったという考えで。
ただ、いくつも色を使うから裏がすごい(笑)。
糸をいっぱい切ったあとがそのまま見えて。
あれは私たちにはちょっとできないですね。 |
糸井 |
ニットの先生としては、ね。
そのあたりは違うけども、共通しているのは、
「私が楽しい」ってことですよね。 |
広瀬 |
ええ、自分が基準なんです。
人から見たら
「あれ何だろう」というようなものでも、
それが自分なりのおしゃれだったりしますもんね。 |
大橋 |
私もお茶の稽古では、
生徒さんはほとんどが普通の主婦の方で、
私のように木綿の着物でなく、
みなさん柔らかい縮緬の小紋とかを
お召しになってる。
でも私にはそういうのは合わないし、
着たいと思わないから、
ずっとこういうので通してきたんですけど、
最初のうちは、
「変な人」って目で見られたみたいです。
でも、そのうちに、
「あっ、あの人はあんなものだ」
と思ってくれるんですね。
|