第3回
演出の妙
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糸井 |
先日、お客さんにサインしてもらった壺を
ガチャーンと壊して、
その上に幕をかけると、
サインした壺が戻ってくるという
マジックを見たんですが、
そのときにふと思ったんですよね。
今のお客さんは、
「そこで幕をかけるな」
と言いそうな気がして、
マジックはこれから大変になるなって。
今、何でも情報公開というか、
舞台裏を全部見せる時代になっちゃったでしょ。
どんどん素っ裸にされていくと、
マジックは
これからどうやって生き延びるんだろう……。 |
松田 |
その心配はご無用ですね。
演出というのは組み合わせです。
だから、ネタが尽きてしまう
というような心配はない。
観客を驚かせるというテクニックは
無限ですから。
それに、奇術のトリックは推理小説と違って、
手段を問わないんです。
相手を騙してしまえば
目的達成というところがあります。 |
糸井 |
確かにテクニックは変わってきましたよね。
昔は個人技が基本で、
ネタは演者しか知らない。
ところが世の中が変化するにつれて
共犯者ありになってきた。 |
パルト |
特にアメリカやヨーロッパは
サクラを平気で使う傾向がありますね。 |
糸井 |
風土で違うんですか。 |
パルト |
日本では、サクラや双子を使うと
「トリックじゃなくてインチキだ」
ってなっちゃうんですね。
でも欧米では、ショーアップさえしていれば、
素人のつまらない芸よりも
サクラのプロによる大爆笑のほうが
おもしろいっていう。 |
ボナ |
サクラもプロなんですよ。 |
パルト |
お客さんが知らない間に財布を取ったり、
ネクタイを取ったりする
ピックポケット(スリ)・ショー
ってあるでしょ。
あれも最近は、
取られる側もプロのサクラの場合が多いですよ。 |
糸井 |
あ、そうなんですか。 |
ボナ |
そのショーで、
舞台に上げたお客さんに
「職業は?」
って聞いて、
「弁護士です」
って答えたら、
やめて帰したっていうギャグがあるんだけど、
それもサクラなんです。(笑) |
糸井 |
怪しいものを見たという証言の場合、
一緒に見たのが
医者だったとか博士だったとか、
その人の職業で
信憑性を高める仕掛けもありますよね。 |
パルト |
超能力者なんか、そうですね。
大学教授を出したり、あれはうまい。
科学者が
「研究してないから
現段階ではノーとは言えない」
と言うと、
その時点で「イエス」になっちゃう。 |
松田 |
超能力者はレパートリーが少ないから、
うまい。
ただし一回の演技に、
すごく時間がかかりますよね。 |
パルト |
みんなが警戒心を解いて、
「まだ?」
みたいなときにスプーンを曲げる。 |
ボナ |
パルトはね、
某有名超能力者にひっかかったんですよ。 |
パルト |
マジシャンだと言うと見せてくれないので、
テレビのディレクターと偽って会ったんですが、
それはそれは見事でした。
簡単な図形を書かせて、
それを心で読み取るというものでしたけど、
その前振りが素晴らしいんですよ。
「紙に書いたものを当ててみましょうか。
メモ、ある?」
って言うから紙を探すでしょ。
と、
「じゃあ、これでいいや」
って紙をくれる。
次は
「筆記用具ある?」
と言うから、
「筆記用具、筆記用具」
って探していると、また
「じゃあ、これでいいや」
って鉛筆をくれるんです。
でね、その時、
小さい紙に長い鉛筆をくれたんですよ。
すると……。 |
糸井 |
鉛筆の動きがよくわかる。 |
パルト |
それで、書いている本人以外は
全員、手で眼を覆ってくれと言うんです。
でも、その超能力者は
手で眼を覆ったあとに、
指の間から覗いている。 |
糸井 |
髪がちょっと長くて、
前髪の隙間から覗くとかね。(笑) |
パルト |
最初、僕が被験者の時には
そのトリックがわからなかったんですが、
次に女性に被験者になってもらった時、
「みなさん、手で眼を覆ってください」
と言いながら
彼が指の隙間から覗いているのを、
僕も同じようにして見たんです。
そしたら目と目が合った(笑)。
だいたい 超能力者の場合は、
おおむね当たればいんですね。
ちょっと三角が四角になっても、
「惜しい」になりますから。 |
松田 |
当たらなかったことで
かえって信憑性が高まることもあるのが、
いわゆる超能力者の強みです。 |
糸井 |
その点、マジックには
「惜しい」はないですもんね。 |
ボナ |
超能力者じゃないけど、
以前、僕らはある人から、
サイババのビブーティという
白い粉をもらいましたよ。 |
パルト |
あの、空中から取り出してる粉ですね。
でね、その場で
「どうぞなめてください」
って言うから、
僕はちょっと躊躇しつつもなめたんですよ。
酸っぱかったけど、
「ありがとうございます」
って。
ボナは、
「いただきます」
って人指し指にビブーティをつけながら、
中指をなめてるの。
僕はそれを見て
自分の才覚のなさがほんとに悲しかった。 |
松田 |
それはちゃんとしたトリックですよ。
実用的ですね。(笑) |
糸井 |
いろいろなトリックが仕掛けられる中で、
僕が一番興味があるのは
「ミスディレクション」、
日本語に訳すと
「誤導」と言われる概念なんです。 |
松田 |
マジックでは本当に大事なところ、
秘密の場面では
どうしても観客の目や推理力を
別の方向へそらす必要があるんです。
ミスディレクションというのは、
本当に起こることとは別方向へ
観客の推理力を誘うテクニックのことで、
特に近代奇術理論は、
この心理的策略を活用しているのが特徴です。 |
ボナ |
たとえばカードを並べて、
「これ、すり替えられないように、
上にカップを置いときますね」
と言うでしょ。
でも、それは本当は
相手にそのカードを
見られたくないからですね。 |
糸井 |
それと似たようなことは、
一般の人の会話にも、
たくさん入ってますよね。 |
パルト |
僕らの最近のミスディレクションは
「これ、占いなんだけど」
と言うことです。
「マジックをやります」
と言うと警戒して、
「俺にカードくらせろ」
「調べさせろ」
となるけど、
占いだと言うと、
人はカードを調べたりしないんです。 |
松田 |
それは非常にナチュラルな
アプローチですね。 |
糸井 |
いわば説得のテクニックですよね。
僕が高校生の時に送られてきた
エロ写真の宣伝チラシに、
「竹筒に入ったヘビは幸せでしょうか」
って書いてあったんです。
似たような文章をいっぱい並べた後に、
不自由である。
で、
「あなたも不自由である。
このエロ写真を買いましょう」
となるんですが、
そのテクニックに、
子ども心に感心しましたね。
あれも一種のミスディレクションだなあ。 |
パルト |
オランダの宝石工場のテクニックは
すごかったです。
最初、お皿の上にダイヤモンドを置いて、
「これが50万円です」
って言うんです。
と、客には
「ダイヤって高いな」
と認識ができますよね。
それからいろんなダイヤを出すんですが、
よく見てたら、
お皿がどんどん小さくなっていくんですよ。
極論すれば、
でかいお皿にぽつねんから、
最後は小さなお皿にはみだしそうに
大きなダイヤを乗せる。
で、
「でかい。これなら300万くらいか」
って思わせて、
「これはたったの100万円です」
と言う。
すると
「たったの100万か!」
になるんです。 |
ボナ |
それとはトリックがちょっと違うけど、
ラスベガスの移動遊園地の縄ばしごも
おもしろかったよね。 |
パルト |
あれは僕、死ぬほどやりました。
亀の甲型の縄ばしごを登っていって、
上にある鐘を叩いて下りてくると
でっかい人形がもらえる、
というゲーム。
そこの親父は上手に登るのに、
僕がやると、
どうしても最後に鐘を叩こうとしたとたんに、
コロンとひっくり返るんですよ。 |
ボナ |
何回やっても鐘を叩けない。 |
パルト |
なんでかと言うとね、
お手本を示す親父は、
自分で乗って自分で登るんです。
でも、観光客がはしごに乗る時は、
親父が支えて手伝ってくれるんですよ。
実はこの手伝いが曲者で、
登っている時も
ずっと親父が支えているんだけど、
こっちは自分でバランスを取ってるつもりでしょ。
で、いざ鐘に手が届きそうになった時、
親父が手を離すの。(笑) |
ボナ |
だから親切じゃないんです。 |
パルト |
でも登っていく人は後ろを振り返らない。
もう必死ですからね。
このボナのずるいところは、
冷静にそれを見ていて、
「なるほどね」
と自分ではやらない。(笑) |
ボナ |
1回1ドルで、10回くらいやってたよね。 |
糸井 |
その気持ち、わかるなあ。
僕も博多の夜店のうなぎ釣りで
2万円も使ったことがありますよ。
うなぎをひっかけて釣り上げるだけなんだけど、
暴れてすぐ糸が切れるのよ。
また、横にサクラがいて、
釣ったうなぎを焼いて食ってるんだ。 |
パルト |
ああ、悲しい。(笑)
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