第3回
■本音から入る
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糸井 |
学ぶ態度、思想的基盤として、
大阪人であれということはわかりました。
さて第2部、具体的な習得法として、
私はどうしたらいいんでしょう。(笑) |
リサ |
糸井さんはすごくお忙しい方だと思うんですけど、
一日に10分でもいい、
寝る前とか英語に触れる時間をつくる。 |
糸井 |
10分、何をしましょう。 |
リサ |
私が日本語を勉強するとき、
母親から何でもいいから好きなもので勉強しなさい
と言われたんです。
それでマンガで日本語を覚えました。
マンガだったら面白いし、字も覚えます。
映画でもいいし、
テレビの『セサミ・ストリート』なんかも
勉強になると思います。 |
松本 |
僕もマンガはすすめますね。
アメリカのマンガで、
ある男性と女性が初めて会うんですよ。
男性が手を握ってもいいかと聞くと、
女性は「初めての人とのデートでは手を握らせないのが
マイ・プリンシプル」と答えるんですね。
これ日本語にはないです。私の主義主張。
「イッツ・マイ・プリンシプル」と言われれば、
アメリカでは、相手は一応、
パッと引き下がることになっている。
こういう便利な言葉も覚えられますし。
だけどこの言葉は関西じゃ通用しないです。
「まあ、ええやないか」ですから。
「ええやないか、満月やないか。」とか。
満月、関係ないんだけど(笑)。
でも、本音から入っていますね。 |
糸井 |
何が何でも手を握らせろと。 |
松本 |
僕の生徒の一人がアメリカで観た映画が『雨月物語』。
「今宵は美しい月じゃのう」ってセリフが、
字幕では“I want to sleep with you,tonight”
と出て驚いている。
「美しい月」なんて微妙なところは
外国人にはわからないし、
それだけじゃ言外の本音が伝わらないから、
ダイレクトに「あんたと寝たい」。
同じ月をもってくるのでも、
関西弁のほうがこっちに近いですね。
だから関西弁の発想をもとに、
英語にしたらいいんですよ。 |
糸井 |
「美しい月やないか。一晩くらい、ええやないか」。 |
松本 |
しゃべるときは、honest feelingsといいますか、
ダイレクトにポンと言うと意外に通じますよ。 |
糸井 |
へんに考え込まない。 |
松本 |
それから日本語は曖昧な表現が多いでしょう。
「しみじみ」とか「じんわり」
というニュアンスは英語にしにくい。
八代亜紀の『舟唄』なんか「しみじみ論」そのもので、
酒はぬるめの燗がいい、肴はあぶったイカでいいとか、
すべて中庸、真ん中なんです。
英語にはならないんだけど、訳せないことはないです。
全部、否定すればいい。
「ぬるめ」は、not too hot,not too coldとか
極端を全部切ることで、
真ん中にもってくることができます。 |
糸井 |
つまり浮き彫りにする……。
なるほど。それで、次のステップですけど。 |
松本 |
やっぱり話す相手を探さないとダメですね。
海外に行かれたら、
ヒマそうに公園のベンチに座っているオバさんとか
老人を見つけて話してみると勉強になります。
ただし、リサさんみたいな美人ではダメですよ。
警戒されちゃうから。 |
糸井 |
ヒマな老人を探せ。 |
リサ |
それから、糸井さんのことを英語ができる
と思っている人がいいですね。
話せないと思うと、相手はすごく簡単な言葉で
わかりやすく、
「あ、な、た、は、ど、こ、か、ら、来、た、の」
とゆっくりしゃべるでしょう。
それだと会話を聞き取る練習にはならないですから。
普通の会話って、けっこう速いんです。 |
糸井 |
ある程度、早口のほうがいい? |
リサ |
ヒアリングとしては、
そのほうが得なんじゃないでしょうか。 |
糸井 |
ヒマで普通の速さでしゃべるバアさんをナンパする。 |
リサ |
ラクして言葉を覚えるということはできないですね。
しゃべりたいと思う気持ちがあっても、
まず単語を知らないと会話にならないです。
実際にしゃべるのも大切ですが、単語も覚えないと。 |
糸井 |
単語とバアさん。(笑) |
松本 |
そのとき正しい発音で単語を覚えることが大事です。
いくら頭で知ってても、
耳で聞くとぜんぜん違いますから。
ドル(dollar)はダラーと発音するでしょう。
5セント貨のことを日本では「ニッケル(nickel)」
と言いますが、これだと通じない。
「ネコゥ」なんです。
今、僕が開発している学習法では、
「猫」と漢字で書いちゃう。
そっちのほうが覚えやすい。 |
リサ |
「ほったいもいじくるな」と一緒ですね。
日本の言葉に置き換える。 |
糸井 |
ニッケルが猫?
信じにくいけど、いかに日本のカタカナ英語と、
本物の英語の発音が違うかということですか。 |
松本 |
日本人が「コーラ」と言ったら、水が出てくるんですよ。
ウォーラー(water)と間違えて。 |
リサ |
向こうでは、コーラは「コーク」と言いますね。 |
糸井 |
飛行機のなかでビールを頼むと、
必ずミルクもらうやつがいました。(笑) |
松本 |
なんでだろう。 |
リサ |
ビヤー、ビール、ビル……、「ギブ・ミー・ビアー」。 |
糸井 |
いや、「ビア、プリーズ」と言ってて、3回ともミルク。 |
リサ |
メルク………? |
糸井 |
話せる人には想像できないような秘境、
ジャングルがあるんですよ。 |
松本 |
みんな悩んでいる。
僕の隣の席にいた人も、
一所懸命に英語で言ってるのに通じないから、
その人、だんだんクラくなってきてね。自信失いますよ。 |
リサ |
そういうことがきっかけで、
英語を話すのがもういやになるんですね。 |
糸井 |
生きる自信を失います。
僕、アメリカに行くと無口な好青年になっちゃうんです。
ただ「イエス」ってうなずいてニコニコ笑っている……。
ハリウッド映画のなかでからかわれる日本人のタイプ。
だから日本に帰ってきたときは嬉しい。 |
松本 |
中国人、華僑の人の英語には学ぶべきものがありますよ。
文法なんて意識せずにどんどんしゃべる。
恥ずかしいなんて思わない。
シンガポールに行ったとき、
タクシーの運転手さんが華僑の人でね。
「僕のホテルはどこだ」と聞いたら、
運転しながら、「あそこですよ」。
それで僕は「近いな」と言ったんです。
そのときの彼の返事が、
「ルッキング・イズ・ニア、
ウォーキング・イズ・ファー」。
文法無視だけど、これは見事です。 |
リサ |
ちゃんと通じます。 |
松本 |
日本人だと、
「見れば近いですけど、歩いたら遠いですよ」、
うーん、仮定法、現在形、if、いやwhenか。
If you walk……、次はshallかshouldか。
いろいろ考えて、結局、やっぱり黙っていようと。
その点、華僑の人の発想はこれまた大阪人に近くて、
間違ってても言っちゃおう。 |
リサ |
自分の間違いから学びますしね。 |
松本 |
その頃、僕はNHKの英会話の講師でしたから
英語には自信があったけど、
だんだん華僑の人の英語に巻き込まれてね。
「今度シンガポールにいつ来ますか」と聞かれて、
「ノー・マネー、ノー・カム・バック」と答えた。
そしたら彼は初めて振り返って、
「ユー・スピーク・グッド・イングリッシュ」。
ほめられました。
(つづく) |