第1回
CS放送だからできたこと
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糸井 |
小牧さんはこのあいだまでCS放送の
スカイパーフェクTVに出向してらしたんですけど、
サッカーのワールドカップ・フランス大会開催中に、
『ワールドカップだけのための500時間』
というとんでもない番組をつくっちゃったんですね。
何がとんでもないかと言うと、
38日間ずっとワールドカップの歴史やルール、
国別の分析といった情報を流したり、
サッカーマニアが集まって、ひたすら語ったり
という番組なんです。僕はその話をしたくて……。
「その」と言っても、ほとんどの人が見ていないんだけど。
見た人の実数ってどのくらいです? |
小牧 |
見るためには専用のチューナーが必要で、
それが市場で売れていた数から推察して、
物理的に見ることができた人は5万人弱くらい。
ある程度、あの番組を見てたと言える人となると、
おそらく1万もいってないんじゃないかな。 |
糸井 |
視聴率1%が100万人というテレビの世界で、
「1万はいってないでしょう」というのがねぇ(笑)。
フジテレビの人たちというのは、
いわば視聴率戦争に勝ってきた人たちで、
視聴率5%、10%なんていう番組を
当たり前のようにやってきた。
500万人、1000万人、あるいは2000万人が
見てるというね。
そういう世界にいた人が、最大でも5万人しか
見ないところにいった時、どんな番組をつくるのか。
そしてやったのがあの番組。
500時間というけど、本当は……。 |
小牧 |
641時間でした。 |
糸井 |
641時間も、試合の生中継のないサッカー番組
やるんだもんな。
地上波放送だけの時代から、BS、CS
という衛星放送の時代に入って(ページ下段の注参照)
テレビというメディアも大きく変わっていくんだろう
と思いますけど、中でもCSというのは、
スタッフは少ないし、予算も少ない。見ている人も少ない。
でも勢力の弱い側にいるからこそ、
「好きにやれる」ってところがあるでしょう。
そこで何ができるかというのに非常に興味があって、
僕も小牧さんと一緒に仕事をさせてもらったんですけどね。 |
渡邊 |
糸井さんは、どういう期待感をもって、
かかわられたんですか? |
糸井 |
送り手にとって、CSはある意味で新しい
“満州”なんです。
今の日本はどうせ荒れ野なんだから、
「開拓できる場所があるから行かないか」
というビラまいている人がいると、
ほら、やっぱり行きたくなるじゃないですか。 |
渡邊 |
そうか、満州ね。 |
糸井 |
あるいは北海道の原野というのか。
そういう場所なんで、制作チームは、
どこにテントを張ってもいいし、
いつまで起きていてもかまわない。
ご飯がなければ食べなくてもいいし、
葉っぱかじってでも生きられるみたいな、
いわば『電波少年』の猿岩石みたいな状況に
置かれているわけですよ。
そのなかで、ものを伝えるというのは
どういうことなんだろうという実験を、
『ワールドカップだけのための〜』という番組で、
小牧さんはやりまくったと思うんです。 |
小牧 |
糸井さんの事務所から生放送もやりました。 |
糸井 |
電話回線でつないだ中継基地を置いて、
そこからの中継を番組としてやったんですよね。
BSでワールドカップを観ている僕らを中継するという……。 |
小牧 |
試合そのものの画像は映らないのに、
ソファに座って観戦しているその姿だけを、
固定カメラでずっと撮ってるんです。
日本のゲームのときはすごく盛り上がりましたね。
でも、いつも十数人で見ていたのが、
日本が一次リーグで負けてしまうと、あとの試合は
だんだん人も減って、最後には糸井さん一人。
そういうのも、そのまま放送しちゃう。 |
糸井 |
その時の生放送の司会も小牧さん。
普通、司会というのはアナウンサーの人がいたり、
タレントの人がいたりして、
プロデューサーやディレクターに
リモートコントロールされる形なんですけど、
発信元であるプロデューサーが
いちばん番組の企画意図をわかってる。
そのプロデューサー自身が司会をするわけですからね。
進行も全部、その場その場で決めながらやっていく。
そういう番組、僕、はじめてでしたよ。
この形を見ちゃうと、カンペ(カンニングペーパー)を
そのまま司会者が読むようなこれまでのやり方が、
嘘くさくみえて仕方なかったな。
まあ、そういう実験がささやかに
行なわれていたんですけど、
この方向に何かがあるとするならば、
今までの「高い不動産なんだから、大事に家建てろよ」
と言われながら、アルミサッシ・デコラティブみたいな
ドアつけたりして建売住宅つくっていた人たちは、
実は何もつくってなかったってことに愕然として、
次に、うろたえるだろうと思いましたよ。 |
渡邊 |
現場的に言いますと、これまでのテレビというのは、
おっしゃるように銀座5丁目の一角しかないところに、
「土地高いんだから変なものつくるなよ」というので、
人が見ない壁紙の裏側まで一所懸命つくってる
みたいな状態なんですね。
ごく短い秒数のちょっとした修正に、
わざわざ高いお金かけて徹夜で撮り直すということを
やっているわけです。
ワイドショーのコメント一つ入れるのでも、
これでいいんだろうかと会議して、
全員の意見を入れてまた直すとかね。
それが非常に意味があったのは、
おじいちゃん、おばあちゃんから子どもまで見ているので、
いろいろな視点からの興味に応えなければいけない。
だから7、8人が会議に出たら、
その人たち全員の視点が入るくらいの許容度が
必要だったんです。
そうでないと、ファミリー向けにはできない、
視聴率とれないぞと。
そのために、視聴者にほとんど伝わらないところまで、
ものすごく細かくやってた。
でもCSのようにチャンネルが増えると、
今後は何を伝えたいかというのを、
全方向に向けてではなく、
一つの方向だけにビシッと向けていくという、
そういう形にどんどんいくんだろうなという気はしますね。 |
小牧 |
これまで、テレビにとって最大の制限は間違いなく
“面積”でした。
よく言われるお金(制作費)は、
最大の制限じゃないんです。
一つのチャンネルの年間予算はあるけど、
番組単位ではそんなに制限はなくて、
どう振り分けるかは実は自由でね。 |
糸井 |
ちなみにテレビ局の年間制作予算って
いくらくらいなんでしょう。秘密? |
小牧 |
フジテレビで1千億弱くらいかな。 |
糸井 |
1千億でフジテレビの番組全部をつくれる……。 |
小牧 |
で、お金より問題は面積で、電波には法的規制があって、
チャンネル数にも限りがある。
そのチャンネル数掛ける1日24時間というのは、
どうしようもない制限で、面積はそれで決まりです。
だから、参入できる人間は限られていたし、
希少価値が生まれて、銀座の5丁目になっていく
という構造がありました。
それがCSではじめて、面積が余ってきた。 |
糸井 |
ものすごい変化ですよ。 |
小牧 |
CSは今、200も300もチャンネルがありますけど、
まだ増やせるんです。
これまでの「この中だけでやろうよ」というのから、
「まだ外にもたくさんあるよ」という状況になってきた。 |
糸井 |
そこでは時間という枠に縛られることなく、
つくる側にやりたいことがあれば、
土地はあるぞということですね。 |
小牧 |
『ワールドカップだけのための〜』という番組も、
はじめて面積の制限がなくなったのを、
目一杯いかそうということだけが企画意図です。
だから出演者の話が盛り上がっていれば、
時間を超えても、そのままずっと続けてたっていい。 |
糸井 |
番組の予定表を見ると、「未定」という言葉で埋まってる。 |
小牧 |
コーナーの区切りにあたるところで、
「ここから6時間はこういうふうに放送します」
と、そのつど知らせる。
それを出しておきながら、僕が司会すると、
「じゃ、30分延ばそう」って。 |
糸井 |
それも爽快なんだな。
僕は前々から不思議に思ってたんですけど、
テレビに出ている人って、なぜかみんな笑うでしょう。
あの違和感って、実は、時間の問題が
背後にあったんですね。 |
小牧 |
笑いというのは、必ず次に行く記号、
間をとる記号なんです。
「〜というわけで」なんかもそう。
そういう記号によって、限られた貴重な面積をよりよく、
きちっと詰め込んで埋めていく。 |
渡邊 |
面積が広がったというのは、民主化された
ということでもありますね。
映画の時代は1ヵ月で1時間半の作品2本くらいしか
つくってなかったけど……。 |
糸井 |
テレビは毎日、だもんね。 |
渡邊 |
そういうふうに映像の世界の面積が広がったために、
昔だったら一握りのスターしか映画に出られなかったのが、
テレビになって、相当たくさんの人が
出られるようになった。
テレビ草創期に登場する大橋巨泉とか永六輔、
青島幸男とか、みんな放送作家ですよ。
それが司会として出ていた。
それって、小牧さんがスカイパーフェクTVで
司会やったのと同じようなことです。
つくり手側である青島さんが最初にテレビに出たのは、
台本が間に合わなかったからで、
「どうしよう」「よし、おまえ出ろ」みたいな話になって、
それで自分の思っていたことを言いながら、
ゲストに話を振るというのをやっていたんですね。 |
小牧 |
そうか、僕は青島だったんだ。 |
渡邊 |
20年後には都知事になる。 |
小牧 |
フジテレビのあるお台場で、今度こそ都市博やろう。(笑)
(つづく)
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【注】
地上波放送とは、地上の中継局などを経由して
電波を送る放送。
NHKや民放など、私たちが一般に
「テレビ放送」と呼んでいるものがこれ。
衛星放送とは、人工衛星を使って
電波を送受信して行なう放送のこと。
衛星放送の中で、放送を目的とした放送衛星
(Broadcasting Satellite)を使うのがBS放送。
通信を目的とした通信衛星
(Communication Satellite)を使うのがCS放送。
放送専用の衛星を使うBSは高画質なのに対し、
CSは本来、通信用であったため、電波が弱く、
画質は落ちるとされていたが、
技術の進歩で画質は向上して、
今や通常放送での差はない。
また多チャンネルで専門分化した番組を提供するのが
CSのセールスポイントとなっている。
CSの運営管理事業を行なう会社をプラットフォーム
といい、パーフェクTVとJスカイBが合併した
スカイパーフェクTVと、ディレクTVがある。
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