第4回
新しい幸福感を探して |
糸井 |
CSのチャンネルが膨大に増えていくと、
地上波の放送はどうなっていくんでしょう。 |
小牧 |
アメリカの場合、有料放送その他が増えて、
メジャーネットワーク4局の総視聴時間は、
それまでの6割までスーッと落ちたんですけど、
その後は微妙に落ちたり上がったりしています。
逆に言えば、いまだに6割はあるということです。
日本の場合、僕は直感としてアメリカの6割ほどは
落ちないと思います。
その理由の一つとして、「消極視聴」というのが
キーワードになるんじゃないかな。
「月曜日の夜9時にはフジのこのドラマを見るぞ」
という非常に積極的な視聴もありますが、
家に帰ったらとりあえずテレビをつける
という視聴もありますね。
そのとき4チャンネルが流行っていれば、
なんとなく4に寄る。
NHKが好きな人は1チャンネルに寄るかもしれない。 |
渡邊 |
局のブランドイメージというのもありますし。 |
小牧 |
そういうのは、実は「消極視聴」なんだけど、
総視聴時間というのは、積極視聴であろうと、
消極視聴であろうと関係ない。
そして、この番組を見たいがために、
わざわざ寄り道せずに帰るみたいな比率は、
ある程度以上は上がらないものでしてね。
消極視聴のほうが長い以上、
地上波の総視聴率が極端に下がるということは
ないだろうから、今までと同じように
無料放送で広告があり、GRP−−視聴率の集積、
という考え方もそのままでいくと思います。
テレビ局間の視聴率競争も同じようにあるでしょう。 |
渡邊 |
ただ、その担い手の姿勢としては、
そうとう変化を迫られるでしょう? |
小牧 |
そりゃ、違ってきますね。CSだとか、
他がある状態で番組をつくるんですから。 |
渡邊 |
やっぱり規制緩和ということですよ。
山一證券がつぶれたときに、僕もいろんな番組を
つくったんですけど、証券・金融のビッグバンが
起こる前に、4大証券の幹部たちが部下に何て演説したか
というと、規制緩和がきたって関係ない。
俺たちは4大証券だ。100年の伝統があって
顧客を抱えているんだ。国際化の時代なんだから、
市場原理でいいじゃないか。
下々に規制緩和を許しましょう。 |
糸井 |
我が身にも危機が迫ることを考えてなかった。 |
渡邊 |
気がついてみたら山一はない。
日興は傘下に入ってる。野村は興銀との提携を
探っているという状態でしょ。
テレビがそこまで動くかどうかわかりませんよ。
でも、規制緩和ということでは一緒で、
これまで護送船団で守られてきたのを、
「守らないぞ」となったことに関しては同じです。
だから、一人勝ちするところが出てくるかもしれないし、
外資が入るかもしれないし、証券と同じようなことが
起こる可能性はあるわけです。
テレビを見る一人ひとりは変わらない。
だけど、担い手側には、ものすごく新しいことに
なるんだろうという気はします。 |
小牧 |
少なくとも、局の一つや二つは入れ替わっているでしょう。 |
渡邊 |
今までは番組プロデューサーの時代だったかもしれない。
一つの番組でも、当たれば景気いいぞみたいなね。
だけどこれからは、テレビ局の経営者の時代
かもしれません。どことくっつくのか、どこを取り込むか、
外からどう守るか。 |
小牧 |
日本経済がきわめて特殊な形で栄えたように、
テレビも日本的な特殊な進化をとげたでしょう。
国営だけで発達したヨーロッパ型でもない。
民営だけで発達したアメリカ型でもない。
また、ペイ・チャンネルだ、多チャンネルだ、衛星だ、
デジタルだなんだと言っても、
イギリスがもともと地上波がだめな中で
圧倒的に衛星になってしまったとか、
アメリカが地上波的な部分を残しつつ、
ケーブルで発達して、衛星も加わったけど、
まだそんなに伸びていないとか、
そういう他国の前例のようになるとは
まったく思えないんですね。
ぜったい、独自の生き方をするような気がするなぁ。
だから、いろんなところで、
「テレビの世界は今後、どうなるの」
なんて聞かれるけど、正直、「わからん」と。 |
糸井 |
でも、こういうことは言えますね。
多チャンネルで、視聴者がますます選ぶ時代の中で、
つくり手側がやる気をもち、独自性を大事にしながら
番組づくりを進めていけば、新しい可能性はあると。
そのためには、やっぱり好きで番組をつくっている人間を
野放しにできるシステムが必要ですね。
たとえば、無名の人でも、リスクを承知で
「あの人はなかなかいいから、出てもらおう」
ってことができる環境というか。
小牧さんが一時代を築いたフジテレビの深夜番組でも、
好き放題にやっていたんでしょう。 |
小牧 |
売れる前のタレントをよく起用しましたよ。
メジャーになってもう一回出演交渉すると、
ギャラがものすごく上がってたりする。 |
糸井 |
でも、デビューは自分がつくった番組だった。
それは貧乏で一所懸命なつくり手の特権ですよ。
商売としては報われないですけど。 |
小牧 |
個人の密かな誇りだけですね。 |
糸井 |
でもその密かな誇りが大事でね。
たとえば、ものすごい中身のストックを持っていても、
今は商品にならないからテレビに呼ばれない人って、
たくさんいますね。
そういう人に場を与えて話をさせると、
伝わる人にはすごく響くんです。
そのネットワークに、また好きな人がひっかかる
という感じで、金でもないし、直接のメリットも
ないんだけど、密かな誇りを持っている同士が、
そこなら行くという集まり方ができると、
生きるに充分値する楽しみがまた生まれるんですね。 |
渡邊 |
今、うかがってて思いました。
啓蒙と共感にも通じるんですが、
テレビの伝え方に「8割わかってる法則」
というのがありましてね。
みんなテレビ見ながら優越感も感じたいんです。
だから出演者を選ぶときも、美人からはずすこと、
多いんです。美人を入れると視聴率落ちるから。 |
糸井 |
顔が整ってるのはハンデなんだ。 |
渡邊 |
そのくらい見ている人の優越感って大事で、
番組の内容も視聴者が8割知ってるぐらいでちょうどいい。
で、2割くらい「あ、知らないことがあった」というのが、
見ていて気持ちいいレベル設定なんです。
だけど、チャンネルが広がると、そんな優越感をくすぐる
回りくどいサービスをする必要はないですね。
だって、たくさんある中から
チャンネルをわざわざ合わせた人は、
間違いなくそのジャンルのマニアなんだから。
そういうマニア向けに新情報・新趣向を満載すればいい、
ということになる。 |
糸井 |
別の言い方をすれば、これまで10冊買っていた本が
2冊になったけど、全部しっかり読みますよ
ということですね。要らないものは要らない。
そのかわり、必要な本なら値段が3000円になっても
かまわない。これからは、そういう幸福感を
問い直すときじゃないでしょうか。
(おわり) |
【注】
地上波放送とは、地上の中継局などを経由して
電波を送る放送。
NHKや民放など、私たちが一般に
「テレビ放送」と呼んでいるものがこれ。
衛星放送とは、人工衛星を使って
電波を送受信して行なう放送のこと。
衛星放送の中で、放送を目的とした放送衛星
(Broadcasting Satellite)を使うのがBS放送。
通信を目的とした通信衛星
(Communication Satellite)を使うのがCS放送。
放送専用の衛星を使うBSは高画質なのに対し、
CSは本来、通信用であったため、電波が弱く、
画質は落ちるとされていたが、
技術の進歩で画質は向上して、
今や通常放送での差はない。
また多チャンネルで専門分化した番組を提供するのが
CSのセールスポイントとなっている。
CSの運営管理事業を行なう会社をプラットフォーム
といい、パーフェクTVとJスカイBが合併した
スカイパーフェクTVと、ディレクTVがある。 |
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