第1回
忘れられた感覚 |
糸井 |
前田さんは利き水の専門家ですが、
都の水道局の職員でいらしたんですね。 |
前田 |
水道水の水質検査の仕事をしておりました。
そこで臭気や味についてもチェックしていたわけです。 |
糸井 |
利き水といっても、
一般にはあまりなじみがないですよね。 |
前田 |
欧米では「テースター」といって、
水の味をにおいでかぎわける職業と聞いております。
飲むというより、においで水を判断するんです。 |
糸井 |
嗅覚ですか。
においでこれはどこの水だ、というのがわかるんですか? |
前田 |
ある程度わかります。
水道は安定給水のために縦横に管が走っていて、
一系統の水ばかりでなく、
今はブレンドされている地域もあります。
ですから、たとえばこれは朝霞浄水場の水だ、
金町浄水場の水だ、今日は朝霞の水の割合が多いな、
というふうに……。 |
糸井 |
はぁ、神ワザですね。
僕は娘が小学5年の頃、
ある遊びをやらせていたんです。
袋にいっぱい入れたクルミから、
1個だけ選んで鉛筆で印をつける。
それを手触りで覚えて袋に戻すでしょ。
そして印をつけた自分のクルミを、
手で探って見つけ出すわけです。
面白かったなぁ。
これは触感のゲームでしたけど、
僕たちは今、視覚を媒介とした情報を
どう読み取るかということばかりにいってて、
それ以外の嗅覚や聴覚、味覚だとか、
さまざまな感覚をそうとう失ってるんじゃないか
っていう気がしてるんです。 |
最相 |
視覚から得る情報のインパクトが
あまりにも強烈なものですから、それ以外のものに対し、
意識がマヒしてきちゃってるんですね。 |
糸井 |
そんなことを思っていたときに、
最相さんの『絶対音感』という本を読んだら、
そこには優れた音感の持ち主たちが登場する。
音に関して、矢野顕子と話していて
感動したことがあったんですけど、
彼女は、「聞きたくない」という音がはっきりある人で、
骨をポキポキ鳴らす音、あれ聞くとゾッとして、
耳を塞ぎたくなるくらいイヤなんだって。
そして、「クラフトワーク」という、
テクノというか電子的な音をつくる人たちがいるんですが、
その音がいちばん気持ちがいいそうなんです。
それ聞いて、単純に羨ましくてね。
僕なんか音に対して、そんなに敏感に生きてませんから。 |
最相 |
私がこの本を書くきっかけになったのも、
実は矢野顕子さんなんです。
音楽好きの友人たちとお酒を飲んでいたとき、
1人が「絶対音感」について話し出しまして。
はじめて耳にする言葉だったので、
「それ、なあに?」と聞いたら、矢野顕子さんのように、
突然、どこから沸き出てくるのか、
即興ミュージックのようなものを
ぱっと弾いてしまう人がいる。
その理由として、絶対音感があるからだ
というようなことを説明するわけです。
絶対音感というのは流れている音を「ドレミ」だとか、
音名で読み取れる能力があることだと、
あとで知るんですけど、
「絶対」という響きと、「音感」という
曖昧模糊としたイメージが合体した言葉に
幻想が膨らんでしまったといいますか。 |
糸井 |
ある種、あこがれみたいな? |
最相 |
いや逆です。
本当に「絶対」なんだろうかと疑問を感じたんです。
どこか言葉で説明できないような
能力をもつ人たちのことを、
なぜそうなんだろうと、理由を探したかったんですね。
もしかしたら、もっと違う側面での人間の能力が
隠されているんじゃないか、
そう思って取材を始めたんです。 |
糸井 |
絶対音感のある人は、空調の音でも、
救急車のピーポーというサイレンだとか
車のクラクションといった雑音を聞いても、
全部、「ドレミ」の音名が
浮かび上がってくるわけでしょう。
「ああ、これはレミソだ」って具合にね。
駅のアナウンスのメロディーも、
すぐに譜面にスラスラ書けるそうですね。
本の中では、そういう羨ましいほどの感覚を
持っている人たちの恍惚と不安について、
いろいろな角度から触れられてますが。 |
最相 |
絶対音感は、幼児期の訓練によって
獲得される可能性のある記憶なんですね。
もちろん、この能力を持っていると便利ではあります。
音楽の専門教育を受けている場合、曲を聴きながら、
それを楽譜に写さなきゃいけなかったり、
何の基準音ももらわずに、
いきなり歌ったりということを要求されますから。
ただ、たとえば演奏家の絶対音感のあるなしは、
実際に人が聴いて、いい音楽だなあ、心を動かされるなあ、
ということとは直接、関係ないんです。
私がお目にかかった音楽家のみなさんは、
むしろマジック的に言われていることとは別の部分で、
音楽や楽器に対して非常に真剣に向き合い、
意識を集中しながら音楽の創造に
取り組んでいる人たちでした。
そのために、毎日、厳しい訓練を重ねているんですね。 |
糸井 |
つまり絶対音感をもっていることが
素晴らしいのではなく、
そこからさらに鍛え上げて生まれるものが素晴らしい。 |
最相 |
前田さんも、利き水を長くやってらっしゃって、
いちばん最初に、「この水はこうだ」
とご自分で判断されたときと今とでは、
おそらく感度のレベルは違うんじゃないか
と思うんですけど。 |
前田 |
やはり勉強と訓練です。
私が昭和41年に玉川浄水場に転勤になったときの上司が、
おいしい水について研究されていた小島貞男先生でしてね。
当時は臭気を測定できる機械がなくて、
人間の鼻だけが頼りでした。
そこで私もはじめて官能テストをやらされたんですよ。
そしたら、20人くらいの職員の中で、
私がいちばん的中率がよかった。
まあ、そこで小島先生に発掘されたわけですね。 |
糸井 |
スパイの能力がある人が、
スパイにスカウトされるたいな(笑)。
官能テストというのは、どうやるんですか? |
前田 |
水に微量の砂糖や塩、炭酸ガスを入れたりしてつくられた
水のにおいを嗅ぎ、種別に判定するのです。
ついでに申しますと、においの試験をするときは
会話をしてはダメなんです。
たとえばここにコーヒーがありますけど、
「これはAという種類のコーヒーだな」なんて
言葉でやっていますと、俺はBと思ってたけど、待てよ、
違うのかな、ってなるでしょう。 |
最相 |
言葉の意味に惑わされる。 |
前田 |
無言で、紙に何々と書く。 |
最相 |
余分な情報を遮断するんですね。 |
前田 |
はい。利き水の勉強というのは、
いろいろな水をとにかく毎日毎日嗅ぐことから始めて
臭気種類(味)を記憶することです。
同じ系統の水でも、1年を通じてみれば同じではなく、
日によって、あるにおいの種類は変わらない、
あるにおいの種類は濃くなったり薄くなったりする、
ということがわかってきます。
そのうちだんだんにおいの組み合わせがわかるようになり、
その組み合わせの中に、このにおいはいつもある、
このにおいはときどきあるとか、
自分なりの識別ができてくる。
そういうことの積み重ねです。
(つづく) |