BOOK
男子も女子も団子も花も。
「婦人公論・井戸端会議」を
読みませう。


「買い物」は文化だと思いたい
(全4回)

「これ、いらない」「あれ、いらない」
とひたすら買わない贅沢な消費の形とは?
はたまた外国の一流店でも、臆せず見て回れるコツとは?
“買い物芸術家”になるためのヒント

構成:福永妙子
撮影:外山ひとみ
(婦人公論1998年10月22日号から転載)


鹿島茂
共立女子大学文芸学部教授。
「19世紀フランスの
社会と小説」が専門。
1949年横浜生まれ。
洋古書蒐集家として知られ、
著書『子供より古書が
大事と思いたい』
(青土社)が話題に。
『デパートを発明した夫婦』
『パリ時間旅行』など著書多数

茂登山長市郎
株式会社サンモトヤマ
代表取締役会長。
1921年東京生まれ。
戦後、輸入雑貨の販売業を始め、
55年会社設立、グッチ、
エルメス、
ロエベなどをいち早く
日本に紹介する。
以来、エトロをはじめ
数々のブランドを手がける。
本店は銀座並木通り
糸井重里
コピーライター。
1948年、群馬県生まれ。
「おいしい生活」など
時代を牽引したコピーは
衆人の知るところ。
テレビや雑誌、
小説やゲームソフトなど、
その表現の場は
多岐にわたる。
当座談会の司会を担当。
婦人公論井戸端会議担当編集者
打田いづみさんは語る

買い物が嫌いな人は少ないらしい。
「3度の食事に劣らぬ快楽」と言う人もいるぐらいで、
「買い物が苦手」なんて言う私は、
アラドウシテ? カワイソウニ、という顔をされ、
後ろめたい気持ちになることしばしば……。
買い物ごときと言うなかれ。
いつもほしいものにちゃんと出会える人と
出会えない人との間には、深い河が流れているのです。

買い物するのに、お金以上に必要なものとは
なんでしょうか。買い物行脚の果てに行き着く境地とは?
“ほしいものを買い尽くした”鹿島さん、
“人のほしいものを探してくる”茂登山さん、
“ほしいものが、ほしい”糸井さん。
お三方それぞれの立場から、なるほどの買い物術を
指南します。
お買い物好きの人々には勇気と大義名分を。
そうでない人には新しい消費の形を示唆した
今回の座談会には「わが意を得たり!」の声が
多く寄せられています。
ついでに、めでたい景気回復効果もあり。
座談会終了後、にわかに購買意欲が盛り上がってきた
担当者でありました。

第1回
欲しいものは、どこに?
糸井 こんなご時世だからかもしれませんが、
みんな、前はあんなに欲しかったものが、
さほど欲しくなくなってきたなという感じですよね。
かといって何も欲しくないかというと、そんなこともない。
7、8年前にデパートの広告で、
「ほしいものが、ほしい」というコピーを
書いたことがありました。
自分に「欲しい」と言わせるものに出会いたい
という意味ですが、僕は今、コピーを書いたとき以上に、
そういう気分になってるんです。
それで、『子供より古書が大事と思いたい』
という挑発的な本を書き、
借金を重ねてまでも古書を買い集めている鹿島さんと、
人が欲しがるものを探し続けて、世界の一流品を
届けている茂登山さんに、買い物の楽しみ、
ものの魅力や付き合い方、といったことを
うかがってみたいんです。
鹿島さんは、ご自分の古書への強い欲望を“無-限-地獄”
だとおっしゃってますが……。
鹿島 僕はコレクターの端くれですけど、
コレクターというのは悲しい人種なんです。
最初はシャカリキになって集めまくり、
そのうち、このジャンルはそろそろ集め終わるな
という完結感に襲われて、寂しくなってくる。
すると、また別のジャンルにシフトしたい
という欲望が出てくるんですね。
それも集めきっちゃうと、また同じことになるんですけど。
ただ、最近は何となく、どっちを見ても
完結感が出てきたかなという感じがして。
糸井 じゃあ、今は静かにしている。
鹿島 ほとんど、ね。欲しいものの金額のケタも大きくなって、
次は破滅だとわかっているから、
なるたけ抑制しているということもありますが。
糸井 茂登山さんは、自分がコレクターとしての目を
持っていることと、それをお客様に提供している
という実感で、事業をなさってきたと思うんですが。
茂登山 僕は売る側ですけど、売るためにはものを
仕入れなきゃならないから、売りと買い、両方なんですね。
糸井 そういう立場からご覧になって、
今のお客さんの状況はどうですか?
茂登山 このあいだ軽井沢店に50代のお母さんと30手前のお嬢さん
という親子連れがいらして、僕を店の人間だと知らずに
大声で話していたんです。
お嬢さんが、「これ買いたい」と言うのを、
お母さんは、「たしかに半額で安いけど、
洋服ダンスも靴箱もとっくにいっぱいじゃないの。
いいかげんに安いからという衝動買いは、
お互いにもうやめましょう」。
これは今の消費者を代表する一つの意識でしょう。
糸井 買い尽くした反動、ですか。
茂登山 今のように不況でものが売れなくなると、
われわれの業界では次の商品と入れ替えるためにも
バーゲンを繰り返します。
それで周りの方が安いと言うのに同調して、
みなさん、衝動買いというか、僕らから言うと、
また「お買い上げいただいて」ということになるわけです。
そういう中で、今、お客様は大分買い疲れていますね。
糸井 何でも買えるとみんなが思い込めたのはバブルの頃で、
知らないうちにものが増えていった。
いらなくても買う、人が持っているから買うとかね。
景気がいいんだから、いいものを選んで買えるはずなのに、
実際にはあのときに、ものの価値を下げるだけ
下げてしまったという気がします。
その反動がずっと続いているような……。
さっき鹿島さんは完結感とか寂しさということを
おっしゃった。コレクターと、一般の消費者とは
また違うと思うんですけど、
バブルの時期を経て今、期せずして同じ気分になっている。
茂登山 お客様を見てると、二通りあります。
一方は、手当たり次第に買って、
30でも40でも時計を持っているとか、
ともかく数や量でいくお客様。
もう一方は、質でいくお客様。
うんといいものを買って、それ以上のいいものが出なきゃ、
ぜったいに買わない。
だから、質を求めると買うものは
少なくなっていくんですよ。
そのかわり、本当にいいものであれば値段とは関係なく、
お買い求めになる。
ものを売る場合、どちらのお客様に絞り込んでいくかが、
今後ますます難しいところでしょうね。
糸井 鹿島さんは、古書以外の買い物についてはどうですか?
鹿島 それなんですが、買い物というのは、ある程度、
知識だなと思いました。
実はこのあいだ、ふと男性用の香水を
買う気になりましてね。
古書ならともかく、そのジャンルはまるっきり無知。
それで自分を観察してわかったんだけど、
人間はそういうときほどブランドにすがる。
ブランドというのは、ある意味で安心料なんです。
日本人の行動パターンはだいたいそうですけれど、
知識がなくて、どれを選んでいいかわからない。
ブランドというのはそういうときの保険ね。
これを買っときゃあ、ハズレるってことはないだろうと。
茂登山 名店の暖簾(のれん)ですね。
鹿島 ブランド信仰はイカンと言うけど、自分で体験して
よくわかりました。
糸井 不得意ジャンルで学んだ……。
鹿島 専門分野では人に「ド素人めが」と言う僕が、
ブランドを信じちゃって(笑)。
それと、ブランドの本当の価値を知ることは、
投資の額に連動することも悟りましたね。

(つづく)

第2回 贅沢は文化だ

第3回 大好きなハンカチを求めて

第4回 売り手の極意

1999-05-05-WED

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