第1回
欲しいものは、どこに? |
糸井 |
こんなご時世だからかもしれませんが、
みんな、前はあんなに欲しかったものが、
さほど欲しくなくなってきたなという感じですよね。
かといって何も欲しくないかというと、そんなこともない。
7、8年前にデパートの広告で、
「ほしいものが、ほしい」というコピーを
書いたことがありました。
自分に「欲しい」と言わせるものに出会いたい
という意味ですが、僕は今、コピーを書いたとき以上に、
そういう気分になってるんです。
それで、『子供より古書が大事と思いたい』
という挑発的な本を書き、
借金を重ねてまでも古書を買い集めている鹿島さんと、
人が欲しがるものを探し続けて、世界の一流品を
届けている茂登山さんに、買い物の楽しみ、
ものの魅力や付き合い方、といったことを
うかがってみたいんです。
鹿島さんは、ご自分の古書への強い欲望を“無-限-地獄”
だとおっしゃってますが……。 |
鹿島 |
僕はコレクターの端くれですけど、
コレクターというのは悲しい人種なんです。
最初はシャカリキになって集めまくり、
そのうち、このジャンルはそろそろ集め終わるな
という完結感に襲われて、寂しくなってくる。
すると、また別のジャンルにシフトしたい
という欲望が出てくるんですね。
それも集めきっちゃうと、また同じことになるんですけど。
ただ、最近は何となく、どっちを見ても
完結感が出てきたかなという感じがして。 |
糸井 |
じゃあ、今は静かにしている。 |
鹿島 |
ほとんど、ね。欲しいものの金額のケタも大きくなって、
次は破滅だとわかっているから、
なるたけ抑制しているということもありますが。 |
糸井 |
茂登山さんは、自分がコレクターとしての目を
持っていることと、それをお客様に提供している
という実感で、事業をなさってきたと思うんですが。 |
茂登山 |
僕は売る側ですけど、売るためにはものを
仕入れなきゃならないから、売りと買い、両方なんですね。 |
糸井 |
そういう立場からご覧になって、
今のお客さんの状況はどうですか? |
茂登山 |
このあいだ軽井沢店に50代のお母さんと30手前のお嬢さん
という親子連れがいらして、僕を店の人間だと知らずに
大声で話していたんです。
お嬢さんが、「これ買いたい」と言うのを、
お母さんは、「たしかに半額で安いけど、
洋服ダンスも靴箱もとっくにいっぱいじゃないの。
いいかげんに安いからという衝動買いは、
お互いにもうやめましょう」。
これは今の消費者を代表する一つの意識でしょう。 |
糸井 |
買い尽くした反動、ですか。 |
茂登山 |
今のように不況でものが売れなくなると、
われわれの業界では次の商品と入れ替えるためにも
バーゲンを繰り返します。
それで周りの方が安いと言うのに同調して、
みなさん、衝動買いというか、僕らから言うと、
また「お買い上げいただいて」ということになるわけです。
そういう中で、今、お客様は大分買い疲れていますね。 |
糸井 |
何でも買えるとみんなが思い込めたのはバブルの頃で、
知らないうちにものが増えていった。
いらなくても買う、人が持っているから買うとかね。
景気がいいんだから、いいものを選んで買えるはずなのに、
実際にはあのときに、ものの価値を下げるだけ
下げてしまったという気がします。
その反動がずっと続いているような……。
さっき鹿島さんは完結感とか寂しさということを
おっしゃった。コレクターと、一般の消費者とは
また違うと思うんですけど、
バブルの時期を経て今、期せずして同じ気分になっている。 |
茂登山 |
お客様を見てると、二通りあります。
一方は、手当たり次第に買って、
30でも40でも時計を持っているとか、
ともかく数や量でいくお客様。
もう一方は、質でいくお客様。
うんといいものを買って、それ以上のいいものが出なきゃ、
ぜったいに買わない。
だから、質を求めると買うものは
少なくなっていくんですよ。
そのかわり、本当にいいものであれば値段とは関係なく、
お買い求めになる。
ものを売る場合、どちらのお客様に絞り込んでいくかが、
今後ますます難しいところでしょうね。 |
糸井 |
鹿島さんは、古書以外の買い物についてはどうですか? |
鹿島 |
それなんですが、買い物というのは、ある程度、
知識だなと思いました。
実はこのあいだ、ふと男性用の香水を
買う気になりましてね。
古書ならともかく、そのジャンルはまるっきり無知。
それで自分を観察してわかったんだけど、
人間はそういうときほどブランドにすがる。
ブランドというのは、ある意味で安心料なんです。
日本人の行動パターンはだいたいそうですけれど、
知識がなくて、どれを選んでいいかわからない。
ブランドというのはそういうときの保険ね。
これを買っときゃあ、ハズレるってことはないだろうと。 |
茂登山 |
名店の暖簾(のれん)ですね。 |
鹿島 |
ブランド信仰はイカンと言うけど、自分で体験して
よくわかりました。 |
糸井 |
不得意ジャンルで学んだ……。 |
鹿島 |
専門分野では人に「ド素人めが」と言う僕が、
ブランドを信じちゃって(笑)。
それと、ブランドの本当の価値を知ることは、
投資の額に連動することも悟りましたね。
(つづく) |