ダーウィンの代表作は『種の起源』。
そして生物多様性が語られるときに、
いつも使われるのが「種」の数です。
でも、「種」って何でしたっけ?
高校の生物の時間に習った記憶はあるものの、
いざ「定義してごらん」と言われると
しゅんと下を向いてしまいそうです。
そこで、総合政策大学院大学助教の
宅野将平さんに教えてもらいました。
「しゅ」って何ですか?
- 宅野将平 (たくのしょうへい) さん
- 総合研究大学院大学助教。農学博士。
- 大阪府生まれ、大阪府育ち。
- 東北大学大学院博士課程修了。
- カリフォルニア大学デービス校
- 博士研究員などを経て現職。
「仲間はずれは、どれ?」
- ——
- こんにちは。
今日は「きほん」の「き」から教えてください。
- 宅野
- はい。よろしくお願いします。
では、クイズです。
仲間はずれは、どれでしょう?
カブ、ダイコン、ハクサイ、ミズナ。
- ——
- えー?
見かけからいうと、
カブとダイコンが仲間で、
ハクサイとミズナが仲間に思えます。
仲間はずれがいるのかなあ?
- 宅野
- 正解はダイコン。
カブとハクサイ、ミズナは同じ種に属していますが、
ダイコンだけは別の種です。
- ——
- そんな!
カブとダイコンが別の種で、
カブとハクサイが同じ種なんですか?
- 宅野
- では、キャベツとブロッコリー、
カリフラワーとハボタンは?
- ——
- キャベツとブロッコリーが
同じ種だとは思えないんですけど......
- 宅野
- すべて同じ種です。
- ——
- えー!?
種って何だか、
よけいに混乱してきました。
- 宅野
- 種の定義は、
「交配して子孫を残せる個体の集合」。
植物なら交配してタネがとれて、
そのタネが生殖能力をもっている、
つまり芽が出て、育つものを同種といいます。
- ——
- カブとハクサイが交配できるって
ことですか?
- 宅野
- そうです。
タネができて、ちゃんと育ちます。
カブとハクサイとミズナは、
丈夫な子供ができて、そのタネは発芽します。
- ——
- カブとハクサイをかけあわせると
何ができるんですか?
- 宅野
- 中間のものができるんですよ。
どっちともいえないものが。
- ——
- カブみたいにギュウギュウに
実がつまったものと、
葉っぱが重なるハクサイの
「中間」って何ですか?
想像もつきません。
- 宅野
- 想像もつかないようなものができます。
- ——
- 絵を描いてください。
- 宅野
- いや、描けません(笑)。
学生時代にいっぱい交配実験して、
ヘンな野菜をたくさん見たんですけど、
カブとハクサイの中間は
どう言ったらいいんだろう......
カブの丸々したところは、
根っこじゃなくて茎なんです。
カブとハクサイをかけあわせると、
肥大しない茎の上に、カブの種類によって
ギザギザした葉っぱや丸い葉っぱが つくんですけど、
ハクサイのように結球(重なって丸くなる)
しなくなるんです。ぼわーっと広がる。
- ——
- 食べました?
おいしいですか?
- 宅野
- おいしくなかったです。
とくに茎は食べられたもんじゃなかったです。
- ——
- やっぱり食べるんですね。
- 宅野
- もったいないですから。
- ——
- どうしてそこいらの畑に
カブとハクサイの「ハーフ」がないんですか?
- 宅野
- まず、作物には人の手が入っています。
農家も種苗会社もタネをとるときは、
ものすごく神経を使って、
うっかり河原の菜の花とかと交配しないように
周囲数キロの黄色い花を刈って、
網で囲って虫が花粉をつけないように
管理しています。
とくに私が学生時代に住んでいた京都とかだと、
農家がそれぞれ独自の野菜を育てているのに
まざったら特性がなくなりますから、
とても厳しく管理していますよ。
- ——
- へぇ、そうなんですね。
近所のハクサイ畑なんて、無造作に栽培してあると
思っていたのですが、
ぜんぜんそうじゃないんですね。
確認します。種の定義は、
「交配できて、子に生殖能力があること」ですね。
- 宅野
- はい。いまはそうです。
いちばん簡単な定義ですね。
厳密にいうと、それ以外にもあるんですけど、
遺伝学をベースにした定義は
それで大丈夫です。
「ロバと馬は種が違う」
- ——
- 交配できるだけだと、
同じ種ではないわけですね。
- 宅野
- はい。たとえば、ロバと馬。
父親がロバで母親が馬なら
子供はできます。
でも、その子供には生殖能力がない。
だから、ロバと馬は別種です。
- ——
- 遺伝子レベルの「近さ」とか「遠さ」
みたいな分類ではないわけですね。
- 宅野
- 違いの原因は遺伝子ですが、
遺伝子の近い遠いだけで
種を分類するわけではありません。
あくまで生殖能力のある子が
できるかどうか。
- ——
- さきほど、「いまは」とおっしゃいましたが、
種の定義って以前はちがったんですか?
- 宅野
- はい。見た目で分類した時代もありますし、
少なくとも 50 年くらい前までは
種の定義はかなり混乱していました。
- ——
- へぇ~~~~~~~~~。
- 宅野
- たとえば、こういう例もあるんです。
ある花が咲いています。
川が流れていて、対岸に似た花が咲く。
このふたつの花を実験室で交配すると、
発芽するタネができる。
でも、実際には一方の花は4月に咲いて、
対岸の花は5月に咲く場合、
この花の交配は自然界では起こらない。
その場合、このふたつを
別種として扱うという考え方もある。
また、住んでいる環境の違いが種を決定づける
重要な要因ではないか、というのが
いま遺伝子研究の最先端の人たちが
思いはじめているところです。
実験室で交配できるけれど、
環境による選択圧が交配を妨げているとき、
別の種として枝分かれしていく、と。
- ——
- いまも議論がつづいている
ということですか。
- 宅野
- そうです。
なんでかというと、種というのは、
人間にとっての定義だからです。
カブからすれば、どう定義されるかはどうでもいい。
人間の、人間による、人間のための定義だと
私は授業でよく言います。
- ——
- 高校の「生物」で、分類を学んでいる
生徒たちに教えてやりたいですね。
(つづく)