「種」の定義がわかったところで、
ダーウィンの進化論について、
「きほん」の「き」を教えてもらいました。
- 宅野将平 (たくのしょうへい) さん
- 総合研究大学院大学助教。農学博士。
- 大阪府生まれ、大阪府育ち。
- 東北大学大学院博士課程修了。
- カリフォルニア大学デービス校
- 博士研究員などを経て現職。
「自然選択の考え方」
- ——
- 進化、というか、生き物の変化について
お聞きしたいのですが、
生き物はどのように変化してきたと
ダーウィンは考えたのでしょうか。
- 宅野
- 簡単にいうと、
同じ種に属する個体に多様性があり、
それらの間で競争がおこり、
勝った個体がより子孫を残します。
その結果、生き物が方向性を持って変化します。
このプロセスを適応といいます。
ダーウィンがいった自然選択の考え方を
現代の進化理論に、いちばん正確にいれた定義です。
- ——
- ふむふむ。
- 宅野
- キリンの首の長さの例がいちばん簡単です。
キリンの集団の中に首の長いのと短いのがいました。
首の長い方が高いところにあるエサを
いっぱい食えるので、
生き残って子供をいっぱい残せる。
適応度が高い。子供の数が多い。
さらにその子供も首が長い。
これを繰り返して、キリンの首が長くなった。
キリンは首を長くしようと思ったわけではない。
競争が起きるので、副産物として
首が長いものが生き残り、
その結果として首が長くなったのであろう
というのが自然選択の考え方です。
- ——
- 大昔に、ものすごく首の短いキリンがいた
痕跡はあるのですか?
- 宅野
- いやいや極端に短いのがいたわけではなくて、
あくまでバリエーションの話です。
人間に背の高い人と低い人がいるみたいに。
- ——
- ああ、なるほど。
進化の仕組みについて、
「より子孫を残せるもの」ということで
説明のつかない変化はひとつもないんですか?
- 宅野
- いまのところ見たことないです。
議論はあるんですよ。
「なぜ無駄なものがあるのか?」と。
うーん、無駄なものの例、何だろう?
たとえば、人間の手の水かき。
- ——
- スポーツ庁長官みたいな?
- 宅野
- いやいや、あれは適応ではないです。
適応は世代を超えて起きるので、
一代では起きません。
うーん、何の例がいいですかね。
キリンの例で話したように、
適応による体の変化は、
生き延びるための競争があるときに起きるわけです。
たとえば、人の耳の大きさを考えてみましょう。
耳の大きさは、子供のつくりやすさに
関係していない。していない、としましょう。
すると、耳の大きさはランダムに変化するだけです。
だから、大きい方に動くか、小さい方に動くか、
それとも平均は変わらないか、
予測がつかないんです。ランダムだから。
- ——
- では、某人気作家が
「大きな耳に髪をかけた女の子のセクシーさ」
について小説を書いて、それが大流行したら、
何世代か後に耳が大きい方向に変化していく
可能性があるということですか?
- 宅野
- 可能性はあるんですけど、
それが起きるのは20万年か30万年先です。
つまり、その小説家が書いたことが
1万世代くらい受け入れられつづけたら、
人間が20年か30年で子供を産むと考えると、
20万年から30万年先に
大部分の人間が大きい耳を持つようになる
可能性があるということですね。
- ——
- はぁ!
逆にいうと、いま生きている私たちは
20万年とか30万年前から続く刺激の
産物ということですか?
- 宅野
- その痕跡が残っている、
ということです。
- ——
- へぇ、おもしろいですね。
そういう風に考えたことがありませんでした。
「ダーウィンの功績」
- ——
- ところで、宅野さんは
どうして遺伝学を専門に選んだのですか?
- 宅野
- 私は生物全般はどう変化してきたのか、
その一般法則を知りたいと思っているんです。
そのためには、遺伝学をベースに考えると、
植物でも魚でも、あらゆる種に適用できる。
そう考えて、遺伝学を選びました。
なので、農学博士なんですけど、
やっていることは基本的に
研究室にこもって遺伝子の塩基配列ATGCを
みているだけです。
- ——
- でも、遺伝子の配列なんて、
そんなに変わるものじゃないんでしょ?
- 宅野
- それが実は変わるんですよ。
生殖細胞、つまり精子や卵子では、
塩基配列1億個に1個くらいの割合で、
遺伝子の突然変異が起きるんです。
まあ、起きたところで
大勢に影響はないんですけど、
ごくまれに、その中に
「めっちゃいい」のが生まれてくる。
それが進化に大きく影響してくるんですよ。
たとえば、1万年前に人間が農耕をはじめたときに、
野生の植物のなかに「めっちゃいい」のが生まれて、
人の無意識の選択によって、
これが「作物」になっていった。
粒が落ちにくくて収穫しやすい稲とか、
実の数が少なくて、粒が大きく育つトウモロコシとか。
そういうことですね。
- ——
- 進化の一般法則って、わかってきたんですか?
- 宅野
- 進化の原動力は大きく分けて3つあって、
変異(突然変異)、選択(自然選択)、偶然の効果。
これらを進化モデルに組み込んで研究する分野を
集団遺伝学といいます。
ダーウィンの自然選択だけでなく、
偶然の効果による、
個体ごとの子供の数の変動を上手に組み入れて
理論は構築されています。
- ——
- ダーウィンの発見を基盤に
世界各地でいまも研究が進んでいるわけですね。
- 宅野
- そうです。
ダーウィンの最大の功績は、
「選択」という概念を導入してくれたこと。
「生物は進化する」
という概念を導入してくれたことだと思います。
その意味で、本当にすごい人だと思います。
- ——
- ありがとうございました。
勉強になりました。
(おわり)