月刊「スピリッツ」(小学館)で連載中の
漫画『へんなものみっけ!』は、
博物館に働く人たちが主人公です。
ひんやりとして静かな、時間が止まったような
空間を思い浮かべる博物館という場所ですが、
その裏側には、わくわくすることを探して
生き生きと働く喜びが満ちています。
ダーウィンもきっと「おもしろいもの」探しが
発見の原点にあったのかもしれません。
ご自身も博物館で働いた経験の持ち主である
作者の早良朋(さわらとも)さんに
お話を伺いました。
- 早良朋さん
- 漫画家。福岡県出身。
- 2016 年に「月刊!スピリッツ」(小学館)にて、
- 国立科学博物館で働いていた経験をもとに
- 博物館の裏側を描いた『へんなものみっけ!』で
- デビュー。現在は、1〜3巻が発売中。
「100年後へのギフト」
- ——
- 早良さんは、博物館で働かれたご経験もありますが、
もともと野生の生きものや
自然には興味があったんですか?
- 早良
- 通っていた保育園は、
中に林がある保育園だったんです。
それで、遊びの時間とかは自由にその林の中で
遊んでるような子どもだったんですよ。
たぶんそこで、いろんな虫だとかちっちゃいヘビとか
見つけて遊んでたんですよね、みんなで。
ミミズとかとってきて(笑)。
それがたぶん動物に興味を持ったきっかけです。
それとウチの父親が昆虫採集を趣味でやっていたので、
一緒について行ったり、
周りの大人が山に連れて行ってくれたりしました。
- ——
- あとがきに、「中高時代に抑えていた本性が、
大学時代に爆発‥‥」とありましたが。
- 早良
- ちっちゃいときは
ホントに動物が大好きだったんですけど、
中学校に上がる時点で引っ越しをしました。
- ——
- 自然のないところへ引っ越したんですか?
- 早良
- ないわけじゃなかったんですけど、
なんか微妙な思春期で‥‥(笑)。
周りの人も全然知らない人になってしまって、
どうやって自分の性格をつくったらいいのかが
よく分からなくなりました。
で、「何が好き」とかも
あんまり出さなかったんですね。
高校も、その状態が続いて。
でも、大学を受験するときに、
将来どういう方向に行きたいかって
考えるじゃないですか。
そのときに、やっぱり動物に関わりたいなと思って、
動物の研究室がある大学に行こうと決めました。
- ——
- 子どもの頃の原体験みたいなのが、
ずっと生きてるんですね。
- 早良
- はい。
- ——
- 大学は、北海道ですよね?
- 早良
- そうです。
そこに動物の研究室がありまして。
「動物を研究する」っていう言葉に
惹かれたんですよね(笑)。
- ——
- 無人島に行ったりしたとも。
- 早良
- それはですね、1週間ぐらい無人島に泊まり込んで
アザラシをひたすら数えるっていう
サークルがありまして。
アザラシを数えるか、お酒を飲むか、
寝るかぐらいしかやることがないんです(笑)。
研究自体は、ネズミについてでした。
合間に、研究室の他の先輩がしている
タンチョウの調査とかも手伝ったりしました。
- ——
- それで、マンガを描き始めたのは大学を卒業してから?
- 早良
- 卒業して、実際就職する段になったとき、
まだ何をやりたいかがちょっと分からなくなりまして。
で、ちっちゃいときに、好きで
よく読んでいたマンガ家になろうって、フッと思って。
どうかしてると思うんですけど(笑)。
- ——
- すごいですね。ふとそう思うというのがすごい。
- 早良
- いやもう、だから時間がかかってますよね、
デビューまでに。
- ——
- あ、そうなんですね。
- 早良
- はい。
マンガ家になりたいっていうのがあって
東京に出てきたときに、
先輩が博物館で働いてたので、
そのツテで働かせてもらったんです。
マンガを描くために博物館でバイトをした。
- ——
- じゃあ、マンガがまずあって、
ということだったんですね。
- 早良
- はい。動物の研究室にいたので剥製が作れるとか、
そういう理由もあって始めたんですが、
やってみるとおもしろくて、
長く続けたバイトは、博物館だけです。
- ——
- 剥製は大学のときから作っていた?
- 早良
- ちょっとは作ってたんですけど、
ちゃんとした剥製を作るのは、
博物館に入ってからもう1回教えてもらいました。
- ——
- 剥製づくりって、普通に考えると
ちょっと怖いなと思うんですけど、
抵抗感は全然なかったですか?
- 早良
- 大学の授業でやらされたときは、
ちょっとウッて思ったんですよ。
研究室のみんなで
野外実習を兼ねた合宿をするんですが、
その時はじめてネズミを剥製にして。
そのときはちょっと‥‥。
- ——
- でも、通らなきゃいけない道なんですよね。
- 早良
- はい。
- ——
- 剥製づくりのおもしろさというのは、
どんなところがあるんですか?
- 早良
- たとえば鳥が交通事故に遭ってると、
血まみれだったりするんですよ。
そういうものをキレイに洗って、乾かすと、
ちゃんと羽がフワッと元に戻って、色もキレイになる。
そのままの死体だと、
ただの死体でしかなかったものが、
より生きてるときに近いかたちで再生される、
それが残っていく、と聞かされたときに、
「ああ、やりがいがあるな」と思って。
オーストンさんっていう有名な採集家がいるんですが、
100年前のオーストンの標本を見せてもらった時に
「ああ、すごいな」と。
- ——
- 『へんなものみっけ!』でも、
「100年後へのギフトの箱」
というのがキーワードとして出てきますね。
- 早良
- そうです。
- ——
- 実感なんですね。
- 早良
- エラそうですけど(笑)。
- ——
- いやいや、そんなことない。
漫画の中では、無駄を省くことが使命だった
主人公のひとり薄井くんが、
何かを残そうとする人たちと出会って変わっていく――
そこがすごく大切なポイントだなと思いました。
これは、剥製づくりのときの実感なんですか?
「無駄を省く」ということよりも、
「何かを残す」ことに意義があると。
- 早良
- 博物館というのは、
むしろ、何も捨てないぐらいの勢いで残していきます。
何年か後にそれを研究したいという人が
いつどこで出てくるか分からないし、
昔の人が残してくれたことで
すごく研究に役立つこともあるので。
無駄はない、みたいな感じです。
- ——
- どんなちいさなカケラでも
全て残すことに意味があるんですね。
作中で小さな子供が
「あなたができなかったことは私がやります」
と言うシーンもあります。
世代を超えて続くというのも
研究することの意味かと思いました。
- 早良
- はい。
- ——
- これまで研究者の人たちに、
たくさん接してこられたと思うんですが、
「研究者っておもしろいな」と
思うのはどんなところですか?
- 早良
- みんな、だいたい普通なんです。
何か普通じゃないとしたら、
自分が好きなものの話をすると、
こっちも楽しいと思えるぐらいの勢いで話してくる。
本気で好きなものを追っかけてると、
話をされたほうもその
「楽しい」に引き込まれるようなものを
だいたいみんな持ってる気がします。
突き詰めてる人と、
ただ好きっていう人の違いかな。
- ——
- 登場人物たちがすごくイキイキと働いてて、
幸せな生き方を考えさせられます。
- 早良
- ありがとうございます(笑)。
- ——
- 主人公自身も親に
「そんなこといつまでやってるの?」って言われたり、
ポスドクの女の子も、お金にならないような研究でも
節約生活をしながら続けている。
- 早良
- ちょっとした発見でも
それを喜びとして、
いっぱい集めていく人生が幸せなんじゃないかと。
- ——
- 薄井くん自身も、
生き方を探してる途中のような主人公ですよね。
- 早良
- はい。
- ——
- 描かれる人たちは
日常そんなに接する人たちじゃないのに、
読む側にもちゃんと反映できる。
- 早良
- そうですね、普通ですよ(笑)。
好きなものに対しては、
ちょっと特殊に見えるかもしれないですけど。
- ——
- 研究者の人たちって、
考える時間のタームが
すごく長いのかなということを思いました。
100年後を見ているし、
過去の標本とか見ながら物事を考えているし、
今だけを生きてるわけじゃない人たちなのかなと。
- 早良
- 博物館という場所自体が、
そもそも大学の研究室とかと違って
今までいっぱい採集してきた蓄積を
どう世の中に還元していくか
みたいな研究がメインなんですよね。
だから、その長いスパンで物事を見て、
標本をいっぱい残していくことが
大事な役割のひとつになるんです。
標本庫の中から新種が見つかったりとか、
標本庫にある標本と、今生きてるものを比べて、
こんな変化があるから環境がいいとか悪いとか、
逆にこんな環境だからこんな変化が起きるのかとか
そういう研究もできるのが博物館ですよね。
- ——
- 標本にされながらも、研究は手つかずのまま
みたいなものもあるわけですよね、きっと。
- 早良
- はい。いっぱいあります(笑)。
- ——
- 日々、どんどん標本が作られて、
どんどん死体も入ってくるわけですよね。
- 早良
- 置き場所が一番の課題ですよね。
日本の博物館予算は、
ちょっとずつ減らされている現状があるので、
なかなか標本庫を拡大するとかもできないですし。
- ——
- 最初に、博物館のことを「無用の長物だよ」
という台詞も出てきます。
- 早良
- そういう人も、きっといると思うんです、
何をやってるか知らないので。
- ——
- 博物館の裏側なんて、
ほとんどの人は知らないですよね。
- 早良
- 大学で野生動物の研究室に私がいたときも、
同じ生物の研究をしている人が
「なんでそんなにいっぱい作るの?」
と言っていました。
私もその当時は
「博物館にそんなに溜め込んでどうするんだろう?」と
真剣に理由を考えたことはなかったので、
マンガを描くことになって、
「あ、そういうことか」と見えてきた感じです。
- ——
- 例えば、カモシカが、
今日1頭死んで、明日もう1頭死んだとして、
ふたつにそんなに違いはあるんだろうか
と思ってしまいます。
きっと1頭1頭を調べて、
剥製として残すことに意味があるんですよね。
- 早良
- 数がいっぱいあればあるほど、
比べたときの妥当性が増すじゃないですか。
例えば2個体死んでても、
1個体がこうで、こっちはこうだからって
何も言えないと思うんですが、
100個体あれば、何か「これは意味がある」と
違いを比べて見つけることができます。
研究の妥当性が上がる。
あとオスとメスの違いとかもあります。
若い個体とか年とった個体とか、
その時代に生きている動物が1個体あっただけでは、
全体は何も把握できないので、
なるべくいっぱいあったほうが、
その時代の動物がどうだったかとか分かるんです。
- ——
- なるほど。
未来に今の時代のことを
できるだけ正しく伝えるんですね。
(つづく)
早良朋さんは、現在国立科学博物館で開催中の「大哺乳類展2」
とコラボして、ナビゲートキャラを描き下ろされています。
会場ではぬいぐるみなど多数グッズ化されているので、この機会にぜひ足を運んでみて下さい!