- ——
- 万葉集の魅力って何ですか?
- 里中
- 古典だからわからないと
思っている人が多いと思うんですよね。
でも、ありがたいことに、
万葉集が書かれたころから1300年以上
私たちは同じ日本語をずっと使ってきた。
だから、いま読んでもわかるんですよ。
ヨーロッパの国のように支配民族が変わって
言語が変わったりすることがなかったから、
基本的にずっと同じことばなんです。
多少は勉強しないとわからないけれど、
声に出して読むと意外とわかる。
- ——
- 声に出して、ですね。
- 里中
- そう。声に出して読んで、音として聞くと、
おもしろいことがわかるんです。
- ——
- それはどんな?
- 里中
- 「昔の日本」っていうと、
堅苦しい世界で、男尊女卑で、
身分の差があって、生活も大変というふうに
思い込んでる人が多いかもしれないけど、
どんな時代でも、人は喜びをみつけます。
それに、万葉集の歌が詠まれた時代、
後の武家社会に比べると、
男女の差があまりなかったんですよ。
- ——
- へぇ、そうなんですか。
- 里中
- 最初に気づいたのは、
万葉集を学校の図書室で読んだとき。
すぐには気づかなかったけれど、
しばらく読みすすむうちに、
歌の作者が男性か女性かは、
作者名を見るまでわからないことに気づいて、
あっと思ったんですよ。
しかも、恋の歌を読んで
「あら、私の気持ちといっしょ」と思うと、
だいたい男性の歌だったりする(笑)。
つまり、男女差はそれほどなかった
ということです。
- ——
- おぉ!
- 里中
- 中学のとき最初に好きになったのが、
万葉集の恋の歌なんですけど、
男性の詠む恋の歌が非常に女々しい(笑)。
恋に破れて死んだ方がましだとか、
彼女が振り向いてくれなかったら
生きてる甲斐がないとか、
そんな歌がたくさんあるんです。
そこで、自分の誤解に気づいたんです。
- ——
- 誤解‥‥
- 里中
- 私が育った時代は、
戦後民主主義とか男女同権とかいいながら、
やっぱり「男の子は男らしく」、
「女の子は女らしく」といわれました。
そんななかで、体力も腕力もない男の子が、
男というだけで泣くなといわれた。
ある意味かわいそう。
女の子はいくら泣いても許される。
男の子だって痛かったり辛かったりする。
でも、泣くと「男のくせに」といわれる。
これってひどいなと思った。
でもね、万葉集の時代って、
そうじゃなかったんですよ。
だから、「昔の日本男児は強かった」とか
「男が愛だの恋だの言わなかった」とか
世の大人がいってるのは
何だったんだろうと思ったんです。
- ——
- なるほど。
- 里中
- 実際、調べてみると、
万葉集の時代は母系社会だし、
女性に私有財産も認められていた。
世界の文学史上でも、
女性がこんなに幅をきかせているのは、
この時代、他にありませんよ。
- ——
- 意外ですねぇ。
- 里中
- 私たちは長い間、
武家社会と明治以降の軍国時代あたりが
「昔の日本」だと思う感覚があったと思うのですが、
万葉集を読むと、男が愛だの恋だの命がけで、
身分の高い男性が身分の低い女性に恋したり、
身分が下の女性がやんごとなきお方をふっちゃってる。
大人たちがいう「昔の日本男児」とか
「日本社会」とぜんぜんちがう。
それに気づいてから、
万葉の時代にものすごく興味がわきました。
- ——
- それが、中学生のとき?
- 里中
- 中学から高校にかけて考えたことです。
万葉の時代が、
武家社会とはぜんぜん違うというのは、
目からウロコが落ちるようでした。
- ——
- そこから歴史の勉強を
深めていかれたわけですね。
- 里中
- ええ。
万葉集について、もうひとつ驚いたのが、
政治犯の歌と天皇の歌が
まったく同列に扱われていること。
クーデターの首謀者の歌が堂々と載っていて、
その人に同情する歌も載っていて、
なおかつ天皇を讃える歌も載っている。
つまり、身分差ゆえに
歌の優劣がつけられることがない。
不倫の歌もたくさん残っている。
そして、それが、
やがては国も認める歌集になった。
この大らかさって、
何なんだろうと思ったんです。
(つづく)
2018-10-04-THU
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN