ほぼ日の学校長だよりNo.3
「言いまつがい?」
ほぼ日では週に1回、給食の日があります。火曜日のお昼に、大ホールと呼ばれる大きめの部屋に集まって、ヘルシーな家庭料理をみんなで一緒に食べるのです。作ってくださるのは、フードスタイリストの飯島奈美さんのお母さん、幸子さんとその仲間たち。
糸井さんが「給食をやろう!」と言い出して、2011年7月に始まりました。「おいしい」という評判は、ほぼ日入社前から聞いていました。お招きいただいたこともあるのですが、うまくタイミングが合いませんでした。入社後も、火曜日の午後には決まった予定が入っていて、やっと給食デビューが果たせたのは、2ヶ月たった6月13日。待ちに待ったその日でした。
100人分用意された食事を、前後半2チームに分かれていただきます。「給食がはじまりまーす」の声に促され、前半チームに入りました。大ホールに通じるらせん階段をおもむろに上る足取りに、期待感が高まります。
初日のメニューは、とりの胸肉の天ぷら、ネギのぬた、もやしの和えもの、味噌汁、ご飯。こう書き出しているだけで、思わず生唾を飲み込みます。ながく保育園の園児のためにご飯を作っていたという飯島さんのお母さん。味付けが評判通り(いや、それ以上)なのは言うまでもありません。
献立は、当日の朝、壁に貼り出されます。お母さんの手描きの絵入りのメニューに、季節を感じさせる絵と言葉が添えられます。朝の8時から準備を始め、私たちが食べ終わり、すっかり片付けを済ませた後で、お母さんたちは遅めの昼食をとりながら翌週の献立を検討し、食材の発注をしてから帰っていきます。
ヘルシーだけれど、ボリュームもたっぷりなのが、ほぼ日食堂。アジのフライがひとりに2枚(!)出た日の感激を語ってくれた人がいます。揚げたての鶏の唐揚げのおいしさを力説する乗組員も多数です。先だっても、ブリ大根、ナスと豚肉のポン酢炒め、切り干し大根のサラダ、それに気仙沼から届いた分厚い鰹のタタキがひとりに3切れ、それに味噌汁、ご飯という豪華メニューの日がありました。
以前行われた好きな給食アンケートでは、ダントツで手作りシューマイが1位でした。塩こうじを使ったこの手作りシューマイは、いまでも語り草になっています。
配膳、片付け、皿洗いは、当番制で乗組員が行います。ふだんの仕事と違うメンバーと当番を組むのも新鮮だとか。食べる席も決まっていません。適当に、順に詰めて坐ります。日頃なかなか話せない人と雑談できるのも楽しみです。
こんな会話もありました。
6月6日、ほぼ日が19歳の誕生日を迎えた夜に、「19歳になったら。」というイベントをやりました。19歳の人たち30人を集め、私がミニ授業をやるという企画です。授業の最後に参加者に、1冊ずつ異なる文庫本をプレゼントしました。しばらくして、それを「19歳の本棚。」という記事で紹介しました。読者からも、乗組員からも、いいきっかけをもらったので順に本を読んでいる、という反応がありました。
7月4日の給食の時も、その話題になりました。
「河野さん、買いましたよ。山際淳司さんの『スローカーブを、もう一球』」
「えっ、ありがとう」
「私、ぜんぜん野球を知らないんですけど、『江川の魔の9球』ですか……」
「いや、そんなのないよ」
「え? 違いましたっけ」
「『江夏の21球』じゃない?」
「いま、私なんて言いました?」
「江川の魔の9球」
「『江』と『球』と2つ合ってるじゃないですか」
「オイオイ、ぜんぜん違う」
この会話が飛び出したせいで、この日何を食べたか、忘れました。ちなみに、「江夏の21球」というのは、スポーツ・ノンフィクション史上の「金字塔」とも言われる名作です。けれども、この会話の後の、なんとも自由で、あっけらかんとした解放感。この伸びやかさがステキです。「江川の魔の9球」って、そんな作品が実際にあれば、読みたくなってしまいます。
彼女の名言は、その後もまだまだ続きます。「初めて読んだんですけど、シェイクスピアってエグイっすねぇ」――このするどい感想にも、思わず息をのみました。
やや強引に、わが田に水を引くならば、これから始まる「ほぼ日の学校」の前途を祝福されたような気分です。思いがけない角度から、勇気と活力を吹き込まれた気がします。
「ほぼ日の学校」は古典オタクのためだけの窮屈な場所ではありません。参加者が自在に「言葉の力」を汲み取る場です。給食の時のおしゃべりも、ヒントと刺激にあふれています。
2017年10月4日
ほぼ日の学校長