好きなものを集めたらPARCOができた。 好きなものを集めたらPARCOができた。
2019年11月22日、約3年の工事期間を経て
渋谷PARCOがリニューアルオープンします。
その4Fと8Fにほぼ日が入ることになりました。
実はPARCOと糸井重里って
古くから、とても深いつながりがあるんです。
もしかするとPARCOがなかったら
ほぼ日は生まれなかったかも?



リニューアルオープン前の渋谷PARCOに、
糸井重里がお邪魔してきました。
ご一緒してくださったのは
スチャダラパーのBoseさんと、夢眠ねむさんです。
前半は、渋谷PARCOの見学レポートを。
後半はPARCOのことを
たっぷり語り合う座談会です。



「PARCOとほぼ日って似てるなあ」なんて、
そんな気になるかもしれない、
全7回をお楽しみください。
第4回 おもしろかったらなんでも持ってきて。
写真
糸井
これね。
この広告好きなんだよ。
川崎徹さんとの初めての仕事。
※川崎徹‥‥
パルコ、キンチョール、フジカラーなどのCMを
多数制作したCMディレクター。
写真
ねむ
「僕の君は世界一。」
写真もかわいい。
Bose
80年代。
ポスターを見ていた時代でしたよね。
インターネットとかサイネージではなく、
大きなポスターが
駅とか街中にたくさん貼ってあって。
糸井
そう。
で、こっちは「スタン・ハンセンに出て欲しい」
って俺が言ったら、通っちゃった広告。
※スタン・ハンセン‥‥
アメリカ、テキサス州出身のプロレスラー。
得意技はウエスタン・ラリアット。
写真
Bose
めっちゃいいっすね。
かっこいいなあ、ハンセン。
糸井
ハンセンいいでしょう。
ねむ
「狩人か。旅人か。」
コピーもかっこいい。
藤井
こちらが、ジェームス・ブラウン。
アートディレクターが井上嗣也さん、
カメラマンは三浦憲治さんですね。
※ジェームス・ブラウン‥‥
アメリカの偉大なファンク・シンガー。
「ゲロッパ!」でお馴染みの
楽曲、「Get Up(I Feel Like Being)
A Sex Machine」」が有名。
※井上嗣也‥‥
パルコ、朝日新聞社、
コム・デ・ギャルソンなどの広告や、
YMOのジャケットデザイン、
宮沢りえ写真集『Santa Fe』の
アートディレクションを担当した
デザイナー/アートディレクター。
※三浦憲治‥‥
パルコの広告の撮影を長年担当したカメラマン。
YMOを40年間撮り続けた写真集も発表した。
写真
糸井
この撮影は、おもしろかったんだよ。
リムジンからさっそうと降りてきた
ジェームス・ブラウンが、
スタジオにすーっと入ってきて、
セットの真ん中にドン!と立って‥‥
動かないの。
Bose
動かない。
糸井
下を向いて目をつむって。
ねむ
なんかすごい‥‥。
糸井
ずっと動かない。
これ、どうなるんだろう? と思って。
もうわかんないからさ、音楽を流したの。
Bose
曲は? ジェームス・ブラウンの?
糸井
だからあれだよ、ゲロッパ!
Bose
ゲロッパ!
糸井
セックスマシーン! ですよ。
大きな音であの曲がかかってるなかで
こうやってただ立ってる。
写真
Bose
すごいな。
糸井
そしたら、しばらくしたら、
ピクッピクッって、動き出すの。
Bose
それは‥‥自分をたかめていた?
糸井
そうなんだろうね。
ピクッピクッっていう動きが
どんどん激しくなって
踊りになっていくんだよ。
藤井
「撮影できるのは1曲流している間だけ」
という約束だったそうです。
糸井
そうそう、だから現場は焦る。
藤井
顔色の悪かったジェームス・ブラウンを、
どうにか踊らせて、
彼がノッてきた瞬間を撮影したと聞いています。
もう伝説ですね。
糸井
伝説だよねぇ。
あ、そのポスターはジェリー・ガルシアだ。
※ジェリー・ガルシア‥‥
アメリカのロックバンド、
グレイトフル・デッドのリードギタリスト。
写真
Bose
これはどこで撮ったんですか?
糸井
アメリカにあるジェリー・ガルシアの家に行って、
なんにも決まってないけど
とりあえず写真を撮ったんだよ。
Bose
なんにもっていうのは、ほんとになんにも?
糸井
そう、コピーどころか
広告のコンセプトもない。
ねむ
えー。
Bose
今だったらメチャクチャですよね。
写真
糸井
うん、今ならメチャクチャ。
「この人の写真が撮れることになったので
とりあえず行きましょう」
で、撮れたら、
「じゃあ広告でも作りましょうか?」
という順番。
ねむ
はあー、おもしろいなぁ。
そんなこと、今では想像できないですね。
糸井
あの頃は、人が写っているだけの写真に、
メッセージを生むのが
コピーライターの役目だったからね。
PARCOからは、
「なにか思いついたら持ってきてください」
なんて言われてたこともあったよ。
Bose
へえー、なんでもいいんですか?
糸井
なんでもいい。
PARCOとしては、
「PARCOっていいじゃん!」って
お客さんに思ってもらえて、
テナントの売り上げに貢献できることだったら、
うれしいんだよ。
ねむ
いいですね。
「おもしろかったらなんでも持ってきて」。
写真
糸井
そうそう。
広告でいいイメージを作って、
「ここに行けば、なにかおもしろいことがある」と
お客さんに思わせるのが
PARCOはすごく上手だったんだと思う。
Bose
なるほどねぇ。
まさしくそんな感じでした、
この時期のPARCOの広告は。
糸井
ああ、この広告は、
コピーライターが仲畑貴志さん。
これには、
「やられた!」と思ったねぇ。
ハドソン川を内田裕也がスーツで泳ぐという。
※仲畑貴志‥‥
PARCO、サントリー・トリスをはじめ、
数多くの有名なコピーを作り出した
コピーライター。
東京コピーライターズクラブ(TCC)現会長。
写真
Bose
はい、これはインパクトありました。
ねむ
ニューヨークが見える川で。
Bose
最高ですね。
糸井
裕也さんの一生の仕事のなかで
いちばんよかったんじゃないかと思うぐらいだよ。
ねむ
撮影はぜったいに過酷ですよね。
藤井
ワニがいたという噂があります。
ねむ
え、ワニ?
藤井
ワニがいる川ではないので噂ですが。
糸井
それは武勇伝として、
本人が言ってたのかもね(笑)。
ねむ
(笑)でも、
こうやって、ひとつの広告から
こんなに逸話がいっぱい出てくるのは、
今聞いているだけでもわくわくします。
糸井
それで、時が流れて‥‥
ああ、アッキィ(秋山具義さん)だ。
写真
藤井
はい、秋山具義さん。
※秋山具義‥‥
ほぼ日ではおなじみのアートディレクター。
クリエィブプロダクション、
「Dairy Fresh」代表。
ほぼ日刊イトイ新聞のおさるのマークは
具義さんのデザイン。
糸井
このころ、PARCOは
「ファッションビル」って感じになったね。
ねむ
ファッションっぽい、たしかに。
糸井
これ、何年ぐらいですか?
藤井
1990年代後半です。
糸井
このころからぼくは、
PARCOと仕事してないんじゃないかな。
藤井
そうかもしれないです。
糸井
PARCOがぼくの、
最後の広告の仕事かもしれない。
Bose
そうなんですか。
糸井
たぶん、そうだったと思うよ。
藤井
90年代から2000年代は
PARCOの内外でいろんな変化があって
難しい時代だったと思います。
もちろんいまも大変なんですけど。
糸井
いまもきっと大変ですよね。
「PARCO」っていうイメージが
70、80年代とはずいぶん変わったから。
ここ10数年は、「PARCOに行く」じゃなくて、
「PARCOに入っている服屋に行く」
みたいな感じになった。
ねむ
わたし、PARCOに行くときは、
目当てのひとつのお店に行く、って感じでした。
糸井
そういうことだよね。
でも、
今日、新しい渋谷PARCOの建物に触れて、
「PARCOに行く」っていうあの頃の感覚が
自分の中に戻ってきそうな気がしたんですよ。
写真
藤井
そうでしたか。
それは、うれしいです。
(次回はサブカルなお話を。つづきます)
2019-11-14-THU
渋谷PARCOにできる2つのスペース、
「ほぼ日曜日」と「ほぼ日カルチャん」について、
くわしくはこちらをご覧ください。