ーー | 大学院を出られた後は どんなことをなさっていたんですか? |
尾崎 | まず、フランス語の講師になりました。 最初は大学の先生に 「非常勤講師が要るんだけど、 尾崎さん行ける?」と 言われてやりはじめたんですが すごくおもしろかったので、 いろんな場所で教えたいと思うようになりました。 香川短期大学や 福山市立女子短期大学で教えたり、 県立高松桜井高校で教えたり、 料理学校でフランス料理のレシピを教えたり。 いろいろ、自分で営業もしたんです。 |
ーー | 営業!? |
尾崎 | はい。香川短大での話を例にすると、 そのころ香川短大には フランス語の授業がなかったので、 企画書を作って、学長に直接持って行ったんです。 |
ーー | 学長に直接? |
尾崎 | そのほうが話が早いと思ったので。 パリコレやシャンソンや スイーツをテーマにした授業を ふんだんに取り入れた内容の企画書で、 学長に読んでいただいたら 「いやぁ、おもしろいですね」 とおっしゃってくださって。 そして、第二外国語の選択授業で フランス語の授業を組み込んでくださったんです。 また、高松桜井高校という新しくできた県立高校は、 インターナショナルな教育を目指していると いうことで、フランス人の友人と2人で授業をしました。 料理学校でも、フランス料理の レシピやワインを中心に教えました。 |
ーー | なんだか簡単そうにおっしゃいますけど、 企画書を用意するのだって大変ですよね。 |
尾崎 | ええ、企画書なんて作ったことも なかったんですけど、独学で‥‥。 それぞれの学校や生徒のニーズに合わせた 企画書を作成して、 就活を楽しんでいました。 |
ーー | 就活‥‥。すごいです。 |
尾崎 | 一番記憶に残っているのが、 附属中学(香川大学教育学部附属坂出中学校)で フランス語の授業を開いてもらったことです。 |
ーー | 中学校でフランス語を? |
尾崎 | ええ、中学校でフランス語の 授業をしているところってないんです。 カトリック系の中学校だったらあるかもしれないけど、 公立の中学校でフランス語というのは 聞いたことがないですよね。 |
ーー | はい、ないです。 なぜ、やろうと思ったんですか? |
尾崎 | いや、それがね、 大学院時代に、電車で岡山に通っていたころ、 乗り換えの坂出駅という駅で、 附属中学の制服を着た子たちを よく見かけていたんですよ。 彼らはいつも本を読んでいて、 「今日の社会の授業だけど、 あの先生の説明、どう思う?」 というようなことばかり話している。 「あんたら中学生やのに‥‥」 って、もうびっくりして。 こんな知的好奇心のかたまりのような子たちに フランス語を教えたらどうなるんだろう‥‥ 教えてみたいな、と思いました。 |
ーー | たまたま駅で聞いた会話から、 「この子たちにフランス語を!」って 思っちゃったんですか。 |
尾崎 | ええ。それで、営業というか 校長に直談判をしに行きました。 「ここでフランス語を教えたいのですが、 可能でしょうか」と。 |
ーー | また、直談判を。 |
尾崎 | そしたら、「いいでしょう」と。 |
ーー | なんだか、この話、 仕事のヒントが詰まっていそうです。 |
尾崎 | ええ、私はビジネスのことはわかりませんが、 話をするなら、 全部「まずトップに」だと思ってます(笑)。 |
ーー | ‥‥ちなみに、その校長先生は 「知り合いの知り合い」とかじゃないんですよね? |
尾崎 | もちろん、初対面です。 だいたい、もし知り合いがいたとしても 「ある人を仲介に」なんて、やめたほうがいいです。 「そんな無茶な、尾崎さんあかんやろ」って、 その「ある人」が計画を止めるから(笑)。 |
ーー | 勉強になります。 中学生にフランス語を教えてみて、 いかがでしたか? |
尾崎 | すごくいい体験でしたよ。 そこでは、新しい試みとして、 フランス語を日本語には訳さずに、 フランス語と英語でバイリンガルのような授業をしたんです。 英語とフランス語って親戚みたいなものですから 「ボンジュール=こんにちは」ではなく、 「ボンジュール=ハロー」なんだよって。 |
ーー | そんな授業が可能だったんですか。 |
尾崎 | ええ、附属中学は 香川大学教育学部の教育機関として 先生方が、いつも新しいことを 取り入れている学校なんです。 授業も、ただ教科書を読ませるのではなくて さまざまなチャレンジをすることに 重点を置いた学校だったから、 私の提案を受け入れてくださったのでしょう。 しかも、ちょうど 「ゆとり教育」がはじまったタイミングで、 新しい試みをはじめやすかったそうで、 中学3年生の、週に5時間ある英語の授業のうち、 2時間分をいただけたんです。 大切な時間を、受験に関係ない フランス語の授業に充てるなんて、 誰が考えてもおかしいですよね。 だけど、それを、英語の先生と協力して 「英語をベースにフランス語を学ぶ」と いう内容だったので、みなさん納得してくださって。 |
ーー | 誰もしたことがない授業をやるというのは 準備も大変そうですね。 |
尾崎 | ええ、1コマの授業を準備するのに 膨大な時間がかかりました。 これまで前例のない授業だから 参考書類を片っ端から取り寄せ、 英仏対応の教科書作りからはじめました。 |
ーー | 目的があったら、 何でも作れるんですね。 |
尾崎 | はい。で、中学生はすごいです。 ものすごく覚えるのが速いんです。 「えっ、もう単語覚えたの!」って。 あの年頃の子の脳はとにかく柔らかい。 インクの吸い取り紙のようにどんどん記憶するので 教師冥利に尽きます。 そうやって、中学校にいる間に 外国に対する関心を高めて、 英語圏だけじゃなくて フランス語圏というものがあって、 さまざまな国の文化があるということを 伝えたかったんです。 |
ーー | その授業を受けて 未来が変わる子もいそうですね。 |
尾崎 | はい、数年後、大学の仏文科に入って、 自費でパリまでイベントの手伝いに 来てくれた男子学生もいました。 みなさんご存じのように 大学の教養課程の フランス語やドイツ語の授業は 文法漬けですよね。 そういうのは嫌だなと思っていたから、 私の授業では、 フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」の歌詞を覚えたり、 フランス語で書かれたレシピでお菓子を作ったり、 フランスでかき集めた各国の ユーロコインでゲームをしたんです。 実は私がいちばん楽しんでいたかもしれませんね。 |
▲香川大学教育学部附属坂出中学校にて。ユーロの勉強。 |
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ーー | いいですね。 聞いただけでも、楽しそうです。 |
▲文化祭にて、シャンソンとダンスを披露。 |
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尾崎 | 結局、附属中学では2004年から2010年まで 6年間教えました。 「ゆとり教育」がなくなったのと同時に カリキュラムが取れなくなったんです。 それで終わってしまったんですけど、 私にとってはすごくいい経験でした。 そこで積んだ経験を 京都大学の学会で発表する機会もあったんです。 |
ーー | へぇ! |
尾崎 | 発表なんてするつもりはなかったんだけど、 中学校で英語と併用しながら 外国語教育を広げる実践をしていたところが 他にないみたいで。 「中等教育における仏語の展望」 というタイトルで発表しました。 それで、私がその学会で、 「営業してフランス語の授業を開講しています」 と言ったところ 大学の先生は営業なんてしないのがふつうだから、 「あ、なんか変なのがきた」というような感じで 受け止められたんじゃないでしょうか。 |
ーー | (笑) |
尾崎 | 「営業して仕事がもらえるんですか?」 「フランス語講座を開設できるの?」 と聞かれたので、 「あ、全然、問題なく可能です」って(笑)。 日本の大学って、昔はフランス語かドイツ語が 必須科目だったんですけど、 今はその制度がなくなって、 フランス語の先生たちが かなり余っている状況なんですよ。 「仕事がない」と言うので、 就活することをすすめました。 「たとえフランス語の授業がない学校でも フランス語の授業を作らせてくださいって 頼みに行けばいいんです」 でも、みなさんそんなことはできないとおっしゃる。 「いやいや、できますよ、やってみてください」って。 |
ーー | 実際に、尾崎さんは それを実行されたんですもんね。 (つづきます) |