すごいお母さん、 EUの大統領に会う   香川県丸亀市に 尾崎美恵さんという女性が住んでいます。 ごくふつうの主婦として家を守り、 ごくふつうに3人のお子さんを 育てていましたが、 ある日、たった一人で四国の文化を ヨーロッパに紹介する活動をはじめます。 その行動力はすさまじく、 なんと「EUの大統領」にまで会ってしまいました。 いったい、どんな方なんでしょう。 同じく丸亀市出身の「ほぼ日」藤田が 会いに行きました。
第2回:仕事は自分で取りにいく
ーー 大学院を出られた後は
どんなことをなさっていたんですか?
尾崎 まず、フランス語の講師になりました。
最初は大学の先生に
「非常勤講師が要るんだけど、
 尾崎さん行ける?」と
言われてやりはじめたんですが
すごくおもしろかったので、
いろんな場所で教えたいと思うようになりました。
香川短期大学や
福山市立女子短期大学で教えたり、
県立高松桜井高校で教えたり、
料理学校でフランス料理のレシピを教えたり。
いろいろ、自分で営業もしたんです。
ーー 営業!?
尾崎 はい。香川短大での話を例にすると、
そのころ香川短大には
フランス語の授業がなかったので、
企画書を作って、学長に直接持って行ったんです。
ーー 学長に直接?
尾崎 そのほうが話が早いと思ったので。
パリコレやシャンソンや
スイーツをテーマにした授業を
ふんだんに取り入れた内容の企画書で、
学長に読んでいただいたら
「いやぁ、おもしろいですね」
とおっしゃってくださって。
そして、第二外国語の選択授業で
フランス語の授業を組み込んでくださったんです。
また、高松桜井高校という新しくできた県立高校は、
インターナショナルな教育を目指していると
いうことで、フランス人の友人と2人で授業をしました。
料理学校でも、フランス料理の
レシピやワインを中心に教えました。
ーー なんだか簡単そうにおっしゃいますけど、
企画書を用意するのだって大変ですよね。
尾崎 ええ、企画書なんて作ったことも
なかったんですけど、独学で‥‥。
それぞれの学校や生徒のニーズに合わせた
企画書を作成して、
就活を楽しんでいました。
ーー 就活‥‥。すごいです。
尾崎 一番記憶に残っているのが、
附属中学(香川大学教育学部附属坂出中学校)で
フランス語の授業を開いてもらったことです。
ーー 中学校でフランス語を?
尾崎 ええ、中学校でフランス語の
授業をしているところってないんです。
カトリック系の中学校だったらあるかもしれないけど、
公立の中学校でフランス語というのは
聞いたことがないですよね。
ーー はい、ないです。
なぜ、やろうと思ったんですか?
尾崎 いや、それがね、
大学院時代に、電車で岡山に通っていたころ、
乗り換えの坂出駅という駅で、
附属中学の制服を着た子たちを
よく見かけていたんですよ。
彼らはいつも本を読んでいて、
「今日の社会の授業だけど、
 あの先生の説明、どう思う?」
というようなことばかり話している。
「あんたら中学生やのに‥‥」
って、もうびっくりして。
こんな知的好奇心のかたまりのような子たちに
フランス語を教えたらどうなるんだろう‥‥
教えてみたいな、と思いました。
ーー たまたま駅で聞いた会話から、
「この子たちにフランス語を!」って
思っちゃったんですか。
尾崎 ええ。それで、営業というか
校長に直談判をしに行きました。
「ここでフランス語を教えたいのですが、
 可能でしょうか」と。
ーー また、直談判を。
尾崎 そしたら、「いいでしょう」と。
ーー なんだか、この話、
仕事のヒントが詰まっていそうです。
尾崎 ええ、私はビジネスのことはわかりませんが、
話をするなら、
全部「まずトップに」だと思ってます(笑)。
ーー ‥‥ちなみに、その校長先生は
「知り合いの知り合い」とかじゃないんですよね?
尾崎 もちろん、初対面です。
だいたい、もし知り合いがいたとしても
「ある人を仲介に」なんて、やめたほうがいいです。
「そんな無茶な、尾崎さんあかんやろ」って、
その「ある人」が計画を止めるから(笑)。
ーー 勉強になります。
中学生にフランス語を教えてみて、
いかがでしたか?
尾崎 すごくいい体験でしたよ。
そこでは、新しい試みとして、
フランス語を日本語には訳さずに、
フランス語と英語でバイリンガルのような授業をしたんです。
英語とフランス語って親戚みたいなものですから
「ボンジュール=こんにちは」ではなく、
「ボンジュール=ハロー」なんだよって。
ーー そんな授業が可能だったんですか。
尾崎 ええ、附属中学は
香川大学教育学部の教育機関として
先生方が、いつも新しいことを
取り入れている学校なんです。
授業も、ただ教科書を読ませるのではなくて
さまざまなチャレンジをすることに
重点を置いた学校だったから、
私の提案を受け入れてくださったのでしょう。
しかも、ちょうど
「ゆとり教育」がはじまったタイミングで、
新しい試みをはじめやすかったそうで、
中学3年生の、週に5時間ある英語の授業のうち、
2時間分をいただけたんです。
大切な時間を、受験に関係ない
フランス語の授業に充てるなんて、
誰が考えてもおかしいですよね。
だけど、それを、英語の先生と協力して
「英語をベースにフランス語を学ぶ」と
いう内容だったので、みなさん納得してくださって。
ーー 誰もしたことがない授業をやるというのは
準備も大変そうですね。
尾崎 ええ、1コマの授業を準備するのに
膨大な時間がかかりました。
これまで前例のない授業だから
参考書類を片っ端から取り寄せ、
英仏対応の教科書作りからはじめました。
ーー 目的があったら、
何でも作れるんですね。
尾崎 はい。で、中学生はすごいです。
ものすごく覚えるのが速いんです。
「えっ、もう単語覚えたの!」って。
あの年頃の子の脳はとにかく柔らかい。
インクの吸い取り紙のようにどんどん記憶するので
教師冥利に尽きます。
そうやって、中学校にいる間に
外国に対する関心を高めて、
英語圏だけじゃなくて
フランス語圏というものがあって、
さまざまな国の文化があるということを
伝えたかったんです。
ーー その授業を受けて
未来が変わる子もいそうですね。
尾崎 はい、数年後、大学の仏文科に入って、
自費でパリまでイベントの手伝いに
来てくれた男子学生もいました。
みなさんご存じのように
大学の教養課程の
フランス語やドイツ語の授業は
文法漬けですよね。
そういうのは嫌だなと思っていたから、
私の授業では、
フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」の歌詞を覚えたり、
フランス語で書かれたレシピでお菓子を作ったり、
フランスでかき集めた各国の
ユーロコインでゲームをしたんです。
実は私がいちばん楽しんでいたかもしれませんね。

▲香川大学教育学部附属坂出中学校にて。ユーロの勉強。
ーー いいですね。
聞いただけでも、楽しそうです。

▲文化祭にて、シャンソンとダンスを披露。
尾崎 結局、附属中学では2004年から2010年まで
6年間教えました。
「ゆとり教育」がなくなったのと同時に
カリキュラムが取れなくなったんです。
それで終わってしまったんですけど、
私にとってはすごくいい経験でした。
そこで積んだ経験を
京都大学の学会で発表する機会もあったんです。
ーー へぇ!
尾崎 発表なんてするつもりはなかったんだけど、
中学校で英語と併用しながら
外国語教育を広げる実践をしていたところが
他にないみたいで。
「中等教育における仏語の展望」
というタイトルで発表しました。
それで、私がその学会で、
「営業してフランス語の授業を開講しています」
と言ったところ
大学の先生は営業なんてしないのがふつうだから、
「あ、なんか変なのがきた」というような感じで
受け止められたんじゃないでしょうか。
ーー (笑)
尾崎 「営業して仕事がもらえるんですか?」
「フランス語講座を開設できるの?」
と聞かれたので、
「あ、全然、問題なく可能です」って(笑)。
日本の大学って、昔はフランス語かドイツ語が
必須科目だったんですけど、
今はその制度がなくなって、
フランス語の先生たちが
かなり余っている状況なんですよ。
「仕事がない」と言うので、
就活することをすすめました。
「たとえフランス語の授業がない学校でも
 フランス語の授業を作らせてくださいって
 頼みに行けばいいんです」
でも、みなさんそんなことはできないとおっしゃる。
「いやいや、できますよ、やってみてください」って。
ーー 実際に、尾崎さんは
それを実行されたんですもんね。

(つづきます)

 
2014-06-19-THU

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