2017年の12月、
写真家の幡野広志さんはブログ上で
ご自身が余命3年とされる末期ガンであることを
公表されました。
ツイッター経由で幡野さんの存在と
その写真やことばを知った糸井重里は、
「なにかお手伝いできることはないか」
と考え、ご迷惑にならないよう気を配りつつ、
幡野さんに声をかけました。
そして現在、おふたりを中心にして
たいせつなプロジェクトが進行しています。
幡野さんという写真家について、
ガンという病気について、
生きるということについて、
それから現在進行中のプロジェクトについて。
おふたりにあらためて語っていただきました。
また、わけあってこの対談はぼく、
ライターの
古賀史健が進行役をつとめ、
原稿をまとめています。
そのあたりの理由も含めて、
全6回の対談をおたのしみください。
- 糸井
- あのね、
これは「ほぼ日」のなかで
何度もしてきた話なんだけれど、
ぼくがじぶんの「死」をはっきりと
意識した出来事があって。
- 幡野
- はい。
- 糸井
- あるとき深夜まで居間で仕事をしていて、
それが終わって寝室に戻ったんです。
かみさんは当然、もう寝ていて。
すると、かみさんの寝ているベッドの隣に、
誰も入っていないぼくのベッドがあるわけです。
からっぽのベッドが。
当たり前ですよ、ぼくが扉のところに立って、
じぶんのベッドを見ているんですから。
- 幡野
- ええ。
- 糸井
- でも、その瞬間にふと、
「ああ、これがおれが死んだあとの景色なんだ」
って思っちゃったの。
つまり、隣のベッドには寝ているかみさんがいる。
やがて彼女は目を覚まして、身支度をはじめる。
でも、そういうあらゆる場面に「おれ」がいない。
これが、死ぬってことなんだって。
- 幡野
- ああー、なるほど。
- 糸井
- それはね、
そのときにもう、わんわん泣いたの。
大泣きしたんです、せつなくて。
でも、同時にちょっと
新鮮なおどろきというか、うれしさもあって。
ことばで「死とは、こういうことです」と
教えられるんじゃなくって、
ビジュアルとして
「おれのいない世界」を見ちゃったショックは。
あとは、大泣きしたおかげで、
そのときの気持ちをしっかり憶えられたし。
- 幡野
- ええ、わかるような気がします。
- 糸井
- そこからはぜんぶ応用編で。
ぼくにとって、犬(ブイヨン)と歩いた散歩道は
いま、ぜんぶが「犬のいない道」なんです。
でも、ぼくがそこに空白を感じているあいだ、
犬が「いない」と思っているあいだ、
犬はずっと「いる」んですよ。
だからうちの犬は、
いまでもぼくと一緒に歩いてますよ。
- 幡野
- ・・・・それでいうと、
ぼくもときどき思うことがあって。
病気になってからいろんな人に会うんですけど、
みんなすごくいい人なんですよ。
病気になってから仲良くなった人たちって、
ほんとうに善意にあふれているし、
距離感が抜群にうまいんです。
- 糸井
- そこは大事ですよねえ、うん。
- 幡野
- 距離のとりかたが、
デリカシーの塊なんです。
- 糸井
- うん、うん。
- 幡野
- それで、ぼくもうれしいから
どんどん好きになって、仲良くなるんですよね。
ただ、そうやって仲良くなればなるほど、
こわくなってくるんです。
きっとこの人たちは、
ぼくが死んだら悲しんでくれるのだろう。
もしかしたら、泣いてくれるのかもしれない。
でも、それはけっきょく
悲しみの種を蒔いているだけじゃないのか。
ぼくはこの人たちを好きになって、
仲良くなることによって、
悲しみを育てているんじゃないのか。
そういう申し訳なさと、
居心地の悪さを感じることがあって。
だからときどき・・・・。
- 糸井
- それはね、手を振ればいいのよ。
- 幡野
- ・・・・えっ。
- 糸井
- みんなが悲しんでいるところで、
だまって手を振っていればいいの。
つまり、
ぼくらはみんな
悲しむことまで含めての「関係」ですから。
- 幡野
- ・・・・ああー。
- 糸井
- うん。
幡野さんも悲しくて、友だちも悲しくて、
みんなで一緒に悲しんだね、ということじゃないですか。
ぼくなんかもう、葬式用の写真まで用意していて、
はなっから手を振っていますよ。
- 幡野
- ほんとうだ(笑)。
- 糸井
- やっぱり死を意識すると、
死んだらあれができなくなる、
これができなくなるって思うじゃないですか。
写真や手紙や本は残せたとしても、
行動はできなくなるから。
それで、ベトナムに行ったりするじゃないですか。
実際ぼくも行く予定ですよ、来年。
体調さえよかったら、一緒に行きましょうよ。
- 幡野
- はい、それはぜひ。
- 糸井
- でもね、
ぼくや幡野さんがいなくなったあとも、
みんながそこに連れて行ってくれるんですよ。
いなくなった人の行動も、
みんなが増やしてくれるんです。
- 幡野
- ・・・・と、いうのは。
- 糸井
- つまり、
みんながベトナムやらチリやらスペインやらで、
「ああ、幡野さんがいたらよかったね」
って言ってくれるんですよ。
それは幡野さんが、
そこに「いる」ということなんです。
- 幡野
- ああー、そっかぁ。
- 糸井
- これはねぇ、ほんとうにものすごいことだと思う。
憶えてくれてる人がいるって。
もう、考えると・・・・泣けてくる(笑)。
- 幡野
- (笑)
- 糸井
- 生きているとき「いい人」じゃないと、
そうはならないんです。
- 幡野
- そうですね。
ほんっと、そうですね。
- 糸井
- だから、
いろんな場面に岩田さんがいますよ、ぼくは。
これはほんとうに、いますね。
- 幡野
- ・・・・ああ。
- 糸井
- それは岩田さんが「いい人」だったからで。
だから幡野さんなんか、もう大忙しですよ(笑)。
- 幡野
- ははははは。おもしろそう。
- 糸井
- ぼんやり生きている人以上ですよ、その忙しさたるや。
うちの犬がいまでもぼくと一緒に歩いているというのは、
やっぱりブイヨンが「いいこ」だったからですし。
- 幡野
- はい。
- 糸井
- ぼくはだから、
もしもじぶんがいなくなったあと、
みんなが泣いてくれたとしたら、
「やったな」と思いますね。
だって、これからもいろんなところに
連れて行ってもらえるわけだから。
- 幡野
- 連れて行ってもらえる。
- 糸井
- うん。
幡野さんだって、
あと何回となくベトナムに行けますよ。
みんなが引っぱりまわしますよ。
- 幡野
- ははははは。
- 糸井
- そうやって考えるとさ、
人間の一生って、ほんとうにすごいですよね。
これから、なんでもできますね。
- 幡野
- はい、ぼくも思います。
ほんとうに、なんでもできますね。
- 糸井
- それをみんな、
しないように、しないようにと、
じぶんでやっちゃっているんだよね。
そうだなぁ、そのことはみんなに伝えたいなあ。
幡野さんの本も、
それが伝わるものになるといいですね。
- 幡野
- はい。ぼくもまさに、そう思っていて。
猟師だったこともあって、
これまで「死ぬこと」については
たくさん考えてきたつもりだったんです。
でも、じぶんが末期ガンになって、
同じような立場の方々の話も聞くことができて、
今度は「生きるということ」について
たくさん考えるようになりました。
「死ぬって、どういうことだろう?」から
「生きるって、どういうことだろう?」に
変わったというか。
- 糸井
- うん。
- 幡野
- だから、そうですね。
生きることについての本にしたいですね。
- 糸井
- いやー。
今日あらためてわかったけれど、
平均なんとかで、あと10年なんだからさ、ぼくも。
すごいよなあ、人間の一生ってなあ。
- 幡野
- (笑)
- 糸井
- やっぱり、先にたのしい予定を入れておくと、
そこまでの時間がずっとたのしくなりますよね。
まずは来年、ベトナムにお誘いしますから。
専属カメラマンで(笑)。
- 幡野
- はい。ぜひよろしくお願いします(笑)。
(おわります)
2018-09-06-THU
幡野広志さんのはじめての本
ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。
著:幡野広志
出版社:PHP研究所
価格:1512円(税込)
ISBN: 4569841252
ガン(多発性骨髄腫)で
余命宣告を受けた35歳の父が、
2歳の息子さんに伝えたい大切なこと。
写真家であり、元猟師でもある
幡野広志さんのはじめての本。
幡野広志 作品展
「優しい写真」
開催日時:11月2日(金)~15日(木)
場所:
ソニーイメージングギャラリー
開館時間:11時~19時
(※最終日やイベント開催時に
閉館時間が早まる場合あり)
定休日:なし
(※銀座プレイス休館日を除く)
入場:無料
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN