33の悩み、33の答え。

読者から寄せられた
数百の悩みや疑問から「33」を選びました。
そして、それらの悩みや疑問に、
33人の「はたらく人」が答えてくれました。
6月9日(火)から
毎日ひとりずつ、答えをアップしていきます。

Q009

なやみ

誰にも感謝されない仕事を続けられますか。

(43歳・会社員)

部署の異動で、バックヤードと言いますか、人目につかない部門へ配置換えとなりました。仕事内容はとにかく地味で、職場も本社から離れています。これまでは営業部で、お客さんや同僚からの「感謝」にやりがいを感じていましたが、今の業務内容では、それもありません。人は、誰からも感謝されない仕事を、続けられるものでしょうか。

こたえ

その仕事に
自分が存在する理由を感じているなら、
続けられると思います。

こたえた人堤大介さん(アニメーション映画監督)

──
この方の質問を読んで、
すぐに『ダム・キーパー』の「ピッグ」
(主人公のブタくん)のことを
思い出しました。

彼は、迫りくる「暗闇」から
街の人たちを守り続けていたわけですよね。
毎日、たったひとりで、
大きな風車をまわすことで。
はい。
──
それなのに、誰にも感謝されない……どころか、
学校で酷いいじめを受けていました。

ブタくんは、どうして、
あの「仕事」を続けられたんだと思いますか。
やっぱりぼくも、「はたらく」って、
最終的には「お金」じゃないと思っているんです。
──
それは、目ざすところのものが。
はい。お金というのは、その人の仕事に対する、
ひとつの「評価」ですよね。
多ければ多いほどうれしいし、
自分や自分の仕事の価値を感じることもできます。

逆に、お金がなかったら、
仕事そのものが立ち行かなくなりますよね。
だから
「とっても大事なもの」にはちがいないんですけど、
でも「最大の目的か」と言ったら、
ぼくは、ちがうと思う。
──
そうですか。
はい。そして、
この方のおっしゃる「感謝」というものも、
同じなんじゃないかと思います。

つまり、お金と同様に
人からたくさん感謝されたほうが、
当然うれしい。
でも、その向こう側にあるもののほうが、
たぶん、大事。
──
向こう側にあるもの。
それは、自分の「存在理由」です。
その仕事に「自分が存在する理由がある」と
感じているかどうか。

あの物語の「ピッグ」は、
ずっと、誰からも感謝されませんでした。
でも、毎日毎日、街を闇から守るために、
大きな風車をまわし続けました。
──
はい。
ピッグは、あの「仕事」のなかに
「自分自身の存在理由」があると、
わかっていたんだと思います。

そういう意味では、ピッグのほうも、
あの「誰からも感謝されない仕事」を、
必要としていたんだと思う。
──
ああ……だから、続けられた。
そう思います。
──
亡きお父さんから譲り受けた、
あの、報われない仕事を。
もちろん、街の人からの「感謝」があれば、
ピッグも、もっと救われていたと思います。

でも、それがなくても彼は、
あの仕事を続けることができた。
──
そこに「自分自身の存在理由」を
見出していたから。‥‥ああ、
仕事って、そういうものかもしれないなあ。
逆に、どんなに「感謝」されたとしても、
何にも「存在理由」を見出せなかったら、
続けることはできなかったんじゃないでしょうか。
──
街が闇に呑まれてしまったあと、
風車をまわしに戻ったんですものね。
危険も顧みず、誰からも感謝されないのに。
あの物語はフィクションですし、
どこまで今の状況にひきくらべていいか
わかりませんが
「自分が、この仕事をやる理由」が見えている人は
「強い」と思います。

それは、自分の行動に対する
揺るぎないモチベーションになるからです。
ピッグの場合は
「今、自分が風車を止めたら、
街が真っ黒に汚されてしまう」という気持ちです。
──
現在の、
新型コロナウィルス感染拡大の状況下では、
医療従事者のみなさんをはじめ……。
いやあ、本当に。
──
保育園や学童の先生がた、物流関係の人たち、
保健所のみなさん。
官公庁の職員の方も、家に帰れていないと聞きます。

その人たちのことを思うと、
「すごい」を越えて、何でしょう、
「尊さ」みたいな感情が湧いてきます。
スーパーヒーロー、ですよね。
彼らが毎日がんばってくれているから
「保たれている」部分の、いかに大きいことか。

今、ぼくの住んでいるバークレーでも、
基本的には「外出禁止」なんですね。

※取材したのは2020年4月2日でした。
──
ええ。感染者の数、ものすごいですものね。
アメリカも。
でも、食料は買わなきゃならないから、
スーパーマーケットは開いています。

今日もぼく、行ってきたんです。
食べるものが、なくなりそうだったので。
頻度としては、週に1回くらいなんですけど。
──
ええ。
家の外へ出るときは、大げさじゃなく
「完全武装」みたいにして行きます。

ウィルスに感染しないために、
ウィルスを家の中に持ち込まないために。
──
はい。
でも、そんなふうにして行くスーパーには、
スウェットにジーパン姿の人たちが、
はたらいているんです。

お給料だって、いいわけじゃないと思います。
でも、毎日毎日、ぼくたちのために、
はたらいてくれています。
彼ら彼女らがいなかったら、ぼくたちは、
食べるものを買うことができなくなってしまうんです。
──
ええ。
彼ら彼女らこそ、
ほとんど「感謝」されない人たちだと思います。

お店が混雑したり、商品が品切れしたりして、
クレームを言われることはあるかもしれないけど。
──
ああ……。
それでも、今日も、文句も言わずに、
はたらいてくれていました。

家には、老齢のご両親や、
ちいさいお子さんだっているかもしれないのに、
ウイルス感染の危険に直面しながら。
スーパーの店員と言えば地味な印象ですが、
今その姿を見ていると、
大げさじゃなく
「最前線で闘ってくれている人たちだ」と思えます。
──
そうですよね。
これが「平時」だったら
無愛想でやる気のない態度の店員さんも、
おひとり、いらっしゃいました。
見るからに、つらそうでした。

だから、ぼくなんかが言っても
何の足しにもならないけど
「本当に、ありがとう」って声をかけました。
これくらいしかできないなあと思いながら。
──
でも、はげみになるんじゃないでしょうか。
その一言でも。
でも、彼は、ぼくがそんなことを言う前から、
ずーっと、はたらいてくれていたんですよね。

みんなが自分のことしか考えられない状況で、
当然「感謝」なんかも、まったくしてもらえない状況で。
──
そう……ですね。
つまり彼は
「誰からも感謝されなくても、自分の仕事をしていた」
んです。
──
うまく言えないですけど、
今の話には「はたらく」とか「仕事」についての、
とても大事な何かが
含まれているような気がしました。
新型コロナウィルスの感染拡大というのは、
ぼくらひとりひとりでは、
抱え込むことのできない事態ですよね。

当然、その店員さんだって同じです。
だから、彼に「感謝の気持ち」を伝えることは、
もちろん重要なことなんですけれど。
──
ええ。
みんなから感謝されることは、
もちろん励みになると思います。

でも、彼自身は、そんなことだけでは、
やっていけないと思います。
人からの「感謝」だけでは、
あの場所には立てないと思う。
──
つまり、その店員さんを支えているものこそ
「自分自身の存在理由」なのかもしれませんね。

堤さんが「ピッグ」に託して表現したところの。
今の「トンコハウス」という
アニメーションスタジオを
いっしょに立ち上げたロバート(・コンドウ)と、
よく話すんです。

ぼくたちは「お金を稼ぐ」とか
「すごい賞を獲る」とか
「世間に認められる」みたいな、
そういう「目に見えるゴール」を目指していたのでは、
きっと続けられないよね……って。
──
そうですか。
お金や賞や他人からの評価は、
当然、うれしいものです。

でも、最終的には、
それらを越えたところにある「価値」に
気づけなかったら……。
──
はい。
ロバートと『ダム・キーパー』をつくったとき、
ひとつのテーマが
「アンサングヒーロー(unsung hero)」でした。

これは「報われない英雄」という意味なんですが。
──
まさに「ピッグ」のことであり、
今のスーパーの店員さんのことですね。
新型コロナウィルスの感染拡大を前に、
誰かがやらなきゃならない仕事を
やってらっしゃる方々は、みんなヒーローだと思います。

彼ら彼女らは
「結果」を求めて仕事をしていないですよね。
お金が、名声が……という気持ちでは、
あれほど困難な仕事はできないです。
──
そういう人たちを前にして、
自分ができることってあまりに限られていますよね。

だからせめて、なるべく「家から出ない」ことを、
続けたいなあとは思いますが。
よく言われるように、今回のことで、
明らかに世界は変わるだろうと思います。

もっと言えば
「変わらなきゃならないだろう」とも思います。
──
はい。堤さんの考える、コロナのあとの世界って……。
やっぱり「世界」というのは、
いつでも「自分からはじまる」と思うんです。

だとすれば
「コロナのあと、自分の何が変わるだろう」
と考えたら、
何かヒントがあるんじゃないでしょうか。
──
なるほど。
そういう意味で、
ぼくは今、危機的な状況ではたらく人たちの姿を、
ずっと見ています。

だから、コロナのあとには、ぼく自身は、
自分の仕事への向き合いかたについて、
いろいろ考えるんだろうなと思います。
──
堤さんのお話をすべて
「そのとおりだなあ」と胸にしまったうえで、
ぼくは、今、はたらいている人たちへ
「感謝」を続けたいなあと思いました。
そうですね、それは。本当に。
【2020年4月2日 東京都世田谷区←ZOOM→
カリフォルニア州バークレー】

このコンテンツは、
ほんとうは‥‥‥‥。

今回の展覧会のメインの展示となる
「33の悩み、33の答え。」
は、「答え」の「エッセンス」を抽出し、
会場(PARCO MUSEUM TOKYO)の
壁や床を埋め尽くすように
展示しようと思っていました。
(画像は、途中段階のデザインです)

照明もちょっと薄暗くして、
33の悩みと答えでいっぱいの森の中を
自由に歩きまわったり、
どっちだろうって
さまよったりしていただいたあと、
最後は、
明るい光に満ちた「森の外」へ出ていく、
そんな空間をつくろうと思ってました。

そして、このページでお読みいただいた
インタビュー全文を、
展覧会の公式図録に掲載しようか‥‥と。
PARCO MUSEUM TOKYOでの開催は
中止とはなりましたが、
展覧会の公式図録は、現在、製作中です。

書籍なので一般の書店にも流通しますが、
ほぼ日ストアでは、
特別なケースに入った「特別版」を
限定受注販売いたします。
8月上旬の出荷で、
ただいま、こちらのページ
ご予約を承っております。

和田ラヂヲ先生による描きおろし
「はたらく4コマ漫画」も収録してます!
どうぞ、おたのしみに。