糸井 | この邦題(『初恋のきた道』)について、 何か論争があったらしいですね。 こんな甘ったるいタイトルつけて、 ふざけてるっていう説もあって。 原題は『我的父親母親』だし。 |
吉本 | いや、たしかに観ないうちは、 「何、このタイトル?」と思った。 でもね、観たら、いいと思った。 |
糸井 | 俺も同じ意見。いいじゃん! |
吉本 | これよ! とか思いましたよ。 |
糸井 | 「初恋のきた道を辿って死体が帰る」 っていう、散文にするとそうなるんですよ。 一行目は『初恋のきた道』で、 助詞で「を」つけて、 「お父さんの亡骸が雪のなかを帰る」 っていう詩にすればいいんで、 上の句なんですよ、これは。 |
吉本 | そうですね。たしかに。 |
糸井 | たしか英語のタイトルも なかなかしらばっくれててうまいんですよね。 |
吉本 | あ、そうだった? |
糸井 | DVDに書いてあるはず。 老眼の僕には探しにくいですけど、 あった。「The Road Home」。 |
吉本 | 「家路」ですよね。 やっぱり息子にとって すごく大事な道だからね。 |
糸井 | で、『初恋のきた道』というと、 チャン・イーモウの プライベートな気持ちが バレちゃうんでだめなんですよ、きっと。 で、「我的父親母親」にして、 俺の恋愛映画じゃないからって。 |
吉本 | そうですね。私も 『初恋のきた道』として初恋気分で観て 原題が出たときに、 なんかあれっ、ちょっと違うかなって、 一瞬思ったんですよね。 |
糸井 | そうそう、そうなんですよ。 僕はもうバレてるんだから、 もうピンク映画だから、汚れなきピンク映画。 ところで、中国に旅行したくなる気分って、 これで、また、ありますね。 |
吉本 | あります。 |
糸井 | 『初恋のきた道』ツアーなんて あったら行きますよね。 |
吉本 | 行きますよ。 でも、もう、こういうところ、 ないんでしょうかね。あるよね。 |
糸井 | あるでしょう、きっと。 (吉本さんの書いた 「エル・デコ」のエッセイを見て) この記事は、この映画のなかのインテリアについて? |
吉本 | そうです。 ほんとにこの映画の中には、 素直にここ素敵、 ここ素敵っていうのがいっぱいありましたね。 |
糸井 | 日本にいるとさ、みんな、 勉強とかしたくないよって言ってるけど、 勉強はしたいなあとかさ、 学校で勉強してるんだよねっていうの、 嬉しそうに語ってくれる人が いるっていうのはしびれるねえ。 |
吉本 | だからまたそういうこと 言ってると泣けるんですよ(笑)。 |
糸井 | 昔のおばあさんとかさ、 孫が学校行くときに、 ランドセルを買うのは おじいさんおばあさんの仕事だと思って、 譲らないっていって買うっていうのも、 この流れですよね。 学校に行けるようになったことに対して、 一生懸命作る餃子のように、 欠けたお茶碗を直すように、 ランドセルがあったんでしょうね。 それはもう通じないよね。 また観てくださいよ。 |
吉本 | 観ますよ。 |
糸井 | 僕もう一個買ったやつを、 映画を観ない人の机の上に置いといたんですけど、 どうなったのかなあ。 |
吉本 | 映画を観ない人? |
糸井 | すごく観ないんです。 |
吉本 | 好きじゃないんですか。 面倒くさいんですね。 |
糸井 | そうみたいですね。 「観なきゃあ」とか言って観ないの。 |
吉本 | そういう人が観たら大変ですよ、 免疫ないから切りなく泣いて。 |
糸井 | そうですかね。それが知りたくてさ、 何気なく机の上に置いといたんですけどね。 何も言ってないですね。 |
吉本 | 『北京ヴァイオリン』観ました? |
糸井 | 観てないです。何ですか。 |
吉本 | 『北京ヴァイオリン』て、 私の苦手な父子ものなんですけども、 これもすごいですよ。 私、途中で声が出た、泣きながら。 「うーっ」って、いわゆる嗚咽ですけど。 |
糸井 | 忘れないようにしよう、もう。 『北京ヴァイオリン』て。 どういうふうに観るものですか、それは。 DVDですか、それとも映画館ですか。 |
吉本 | DVDですね。 テレビドラマ版じゃなくて映画版のDVD。 いいとかなんとかっていうより、もう泣く。 もう涙で目の前が見えなくなっちゃう。 |
糸井 | そう。昔ね、 僕が、映画の出来不出来はどうでもいいから、 とにかく泣ける映画を探してるっていう 発言をしたことがあって、 そのときにスチャダラパーのBOSE君が、 「それはいいですね」ってすごく感動してくれて、 その時代にはそのこと言うのが すごいめずらしかったの。 いまじゃあそのコンセプトは、 世の中に広がってるでしょう。 「その映画いいとか悪いとかじゃなくって、 俺は泣きたいから ビデオ屋に行く日があるんだよ、 いくらでも」って言って。 で、当時「それはいいなあ」って 言ってくれたのがBOSE君だったんですよ。 そのときに彼と僕の間には すごい通じるものがあって。 「作品としていいとか悪いとかって 判断する必要がないないんだよな、 僕らは」って。 |
吉本 | おカネを払って観るわけですからね。 楽しめばいいんですよね。 泣くのもね。 |
糸井 | 投資する話をしてるんじゃないんですからね。 審査員でもないしね。 |
吉本 | 泣くとスカッとして、 スポーツと同じで、 なんだか体がきれいになりますよね。 |
糸井 | 同じだと思うんです。 でね、泣けるけど映画としてちょっと、 というものもあるなかで、 『初恋のきた道』は、いいんですよ。 作品としてのよさと、 泣ける映画ということが、 相当、一致してるほうなんですよ。 |
吉本 | そうそう、そうそう。 『北京ヴァイオリン』はね、 親子ものだし、 これほど中身が 充実してるわけじゃないんですけど、 泣くことに関しては双璧です。 |
糸井 | 『さらば、わが愛 覇王別姫』は好きですか。 |
吉本 | うーん‥‥。 |
糸井 | 泣かなかったですか。 |
吉本 | うん。 切なくはあったけど、 主役の男がどうも。 |
糸井 | 『覇王別姫』も、 僕は泣けたんですよ。 意外と僕は守備範囲が広いんだけど、 親子ものはあまり好きじゃないんです。 |
吉本 | 親子ものってだいたい泣かそうとしてますよね。 それに乗っちゃいたくない、 私が勝手に泣きたいときに泣くぞ、 って思ってるので、いやなんですよ。 |
糸井 | 親子ものってね、 親子ってすごいよね、っていう前提に 寄りかかっちゃうんでいやなんですよ。 だから養父母の場合は僕は泣くんですよ。 『大地の子』でも、実父との関係じゃなく、 向こうの先生 (主人公の育ての親となる小学校教師)との 関係を描くところで泣きます。 |
吉本 | うん、なんかわかる気がします。 |
糸井 | あの先生(である陸徳志を演じた、中国の俳優・ 朱旭さん。中国を代表する名優)が 日本にきたときに僕たまたまNHKにいて、 楽屋のドアが開いてて、 そこに先生がいたんですよ。 お父さんが。 「お父さんだーっ!」と思って、 もうその瞬間凍りつくくらい感動して。 同じ番組に出たんで、 あとで握手してもらったんです。 嬉しかったぁ‥‥。 |
吉本 | 何でしょうね、それね。 私も親子ものは苦手なんですが、 たとえば『東京物語』(小津安二郎)、 ああなっちゃうといいんですよ。 |
糸井 | あれはいいです。頼ってないです。 それに‥‥何だろう? |
吉本 | 自分の親とダブってしまう あの系統はだめですね、私は泣いて。 |
糸井 | 『東京物語』僕も泣きますよ。 |
吉本 | 泣きますよね。 |
糸井 | 正直だからじゃないかなあ。 親子っていいですよねって話を 前提にしないものは、僕、許します。 |
吉本 | 『北京ヴァイオリン』はそうなのに、 でも、悔しいことにもう涙。 もうそれは上手です。 |
糸井 | それ父ですか。 |
吉本 | 父。もう言ってるだけで涙が(笑)。 そのお父さんが切ないんですね、とにかく。 |
糸井 | だったらそれは『自転車泥棒』 (イタリア映画)ですね。 あれはしびれた。 親になってから観たら、痛すぎて。 |
吉本 | そうかもしれないですね。 (つづきます!) |