運命の出会い
- ──
- ハヤマくん、こんにちは。
- ハヤマ
- ご無沙汰してます。
- ──
- 何年ぶりでしょう。
- ハヤマ
- 5、6年ぶり‥‥くらいになりますか。
- ──
- それほどお久しぶりの人に、
おかしなお願いをして、すみません。
「9ヶ月間、
ソテツの種に水をやり続けていたら
ついに芽が出てきた!」
というFacebookの投稿を拝見して、
ぜひ、話を聞かせていただきたくて。
- ハヤマ
- はい、ありがとうございます。
でも、取材させてほしいというほど
食いついてくる人がいるとは
正直言って思ってもみませんでした。
- ──
- いや、ウンともスンとも言わない物体に
9ヶ月も水をやり続けるって、
ものすごいことだなと思ったんです。
- ハヤマ
- そうでしょうか。
- ──
- というのも、ぼくたち、
会社の屋上で「稲」を育ててるんです。
で、稲というのは、
目に見えて、ぐんぐん伸びるんですよ。
- ハヤマ
- ええ。
- ──
- 日々、着実で堅実な成長を感じられます。
「あ、今日も大きくなってる。
あ、今日もまた大きくなってる」と。
- ハヤマ
- そんなにですか。
- ──
- 4月の末の種まきから10日くらいで
かわいい芽が出て、
その後、毎日毎日、大きくなっていき、
早ければ9月中にお米が獲れます。
つまり種まきから収穫まで、5ヶ月とか。
- ハヤマ
- へえ。
- ──
- その代わり‥‥というか、
13バケツくらい育てていたせいで、
水やりの苦労が、ハンパじゃありませんでした。
真夏など、毎朝、出社前に
60リットルの水を運び上げていたんです。
5階建てのビルの屋上まで。
- ハヤマ
- え、毎朝ですか? 仕事前に?
- ──
- そう、10リットルのバケツを両手に捧げ持ち、
地上と屋上を3往復するんです。
5階まではエレベーターですけど、
5階から屋上へ出るのには、階段でした。
重いし、朝から汗だくになるしで、
若いころのジャッキー・チェンみたいな、
山伏の苦行みたいな、そんな日々で。
- ハヤマ
- よく続きましたね、それ。
- ──
- ええ、たしかに水やりは大変ですけど、
稲の成長を感じられるから、
毎日欠かさず続けられるんだなあって、
そう、思っていたんです。
- ハヤマ
- なるほど、なるほど。
- ──
- だけど、ハヤマくんの場合は、
ようするに「完全無視」じゃないですか。
そんな状態のまま、
9カ月間も、水をやり続けたんですよね?
どうして、そんなことができたのか、
ぜひ話を聞いてみたくて‥‥、
あっ、そちらが芽を出したソテツですか。
- ハヤマ
- そうです。カワイイでしょう?
- ──
- (カワイイというより‥‥節足動物っぽくて
ちょっと不気味だなと思いつつ)
根本に見える球根的なものが、種ですか。
いや、想像以上に粒がデカい。
へぇ‥‥ソテツの種って、こんななんだ。
- ハヤマ
- 最初、何だかわからなかったんです。
- ──
- これって、どこで手に入れたんですか?
店とかで売ってるもんなんですか?
- ハヤマ
- それを話し出すと長くなるのですが‥‥
じつはぼく、
いま、音響関係の仕事をしてるんです。
- ──
- ええ。音響関係。
- ハヤマ
- お客さまのいらっしゃることなので
具体的にはアレなんですけど、
去年の夏、
とある南海の孤島で開催された
ちいさな音楽フェスに行ったんです。仕事で。
- ──
- はい。音楽フェス。
- ハヤマ
- 会場のステージの櫓(やぐら)に
大きなスピーカーを設置する仕事でした。
もともと担当ではなかったんですけど
人手が足りなそうだからと
急遽、派遣されることになったんです。
- ──
- なるほど。
- ハヤマ
- 上司から航空券を渡されまして、
言われるがままの飛行機に、乗り込みました。
下調べもせず行ったんですが、
そこは、大都会の人混みとか喧騒とは無縁の、
素晴らしいリゾート地だったんです。
- ──
- おお。
- ハヤマ
- 誰もいない自然の中で小鳥のさえずりを聞き、
透きとおるような海が見え、
夜になると、無数の星がキラキラ輝いて‥‥。
- ──
- ラッキーですね。
そんなところに、仕事で行けるなんて。
- ハヤマ
- ただ‥‥。
- ──
- ええ。
- ハヤマ
- まったくウカツだったことに、
徒歩で移動できる範囲に店がなかったんです。
- ──
- 店?
- ハヤマ
- はい、店。コンビニとかレストランとかです。
周囲には、人家も見当たりません。
みごとに、なんにもないところだったんです。
で、どんなところか調べずに行ったから、
ぼくたち、食糧を持っていかなかったんです。
- ──
- なんと。
- ハヤマ
- ぼくは、南海の孤島をナメていたんです。
「とはいえ、何かしら売ってるだろう」
という考えは
「甘い」ということがわかりました。
だいぶ歩いていったところに
朽ち果てた自販機を見つけたんですけど、
すべて「売切」でした。
- ──
- ‥‥ええ。
- ハヤマ
- 現場に到着すると、
ステージを組み上げる会社のみなさんが
作業をしていました。
顔見知りの人を
チラッと見かけた気もしたのですが
別人かと思うほど、
全身、真っ黒に日焼けしていました。
- ──
- つまり‥‥ひと夏をかけたプロジェクト、
だったということですか。
- ハヤマ
- ともあれ、まったく食べものがない状態で
1日目は何とか凌いだものの
2日目以降、おなかが減って減って‥‥。
- ──
- 素敵なリゾートの真ん中で食べ物に飢える、
痩せたメガネの青年‥‥。
- ハヤマ
- 暑さと空腹で、目の前に広がる澄んだ海も
ねずみ色に見えてくるほどでした。
呆然と砂浜をフラフラ歩いていたら
寝泊まりしていた建物の近くに
ちいさなプレハブ小屋が建っていたので
中をのぞいたら
カップラーメンが山と積まれていました。
- ──
- は?
- ハヤマ
- カップラーメンが、山と積まれていたんです。
で、そのカップラーメンの山の前には、
しなびた長ネギが一本、落ちていました。
- ──
- それはつまり、薬味‥‥。
- ハヤマ
- 忍び込んで
食べてしまいたい衝動に駆られたのですが、
誰の持ち物なのかもわからないし、
もしかしたら、誰かの命をつないでいる
貴重な食糧かもしれないとも思い、
手を出すことは、ついにできませんでした。
何より不気味でしたし‥‥。
- ──
- カップラーメンの山の前に長ネギ一本‥‥。
ミステリーの伏線みたいです。
- ハヤマ
- すべてのスピーカーを櫓(やぐら)に設置し終え、
3日目の朝、あちらの担当の方が
クルマでブウゥ~ンと迎えに来るころには、
空腹の限界を超え、廃人のようになっていました。
- ──
- そうでしょう。
- ハヤマ
- ようやく人里の近くまで戻ってきたとき、
バス停かなんかの一角にあった
袋入りの「ピスタチオ」みたいなものが、
パァッと目に入ったんです。
- ──
- ‥‥ええ。
- ハヤマ
- 食べられるならなんでもいいと、
ぼくは、その「ピスタチオ」の袋を一袋、
ガッとつかみました。
それは、田舎へ行くとたまーに見かける
「無人販売」だったので
傍らの紙箱に、100円玉を投入しました。
そして、よくよく見たら、
それが‥‥「ソテツの種」だったんです。
- ──
- 壮絶すぎる出会い‥‥。
- ハヤマ
- そのときは「食えねえ!」とガッカリして、
すぐに、カバンに投げ入れたんです。
- ──
- ようするに、南海の孤島のリゾート地の
まぶしい楽園っぷりとは裏腹に
3日間、何も食えないという過酷な状況に陥り、
腹が減りすぎて、減りすぎて、
朦朧とした頭でつかんだらソテツの種だったと。
- ハヤマ
- そうなんです。
心も身体もボロ雑巾みたいな状態のときに
出会ったのが、この子(=ソテツ)なんです。
自宅にたどりついてからしばらくは
放ったらかしだったんですが、
数日後、
荷物を片付けていたら「あ、お前‥‥」と。
- ──
- 忘れていた種が、出てきた。
- ハヤマ
- はい。
- ──
- で、水をやりはじめた?
- ハヤマ
- そう‥‥ですね。
- ──
- なぜ、育ててみようと思ったんですか?
ガーデニングとか、好きだったですか?
- ハヤマ
- いえ、ぜんぜんそんな人間じゃないです。
植物を育てた経験なんて、
小学生のときのヘチマの観察くらいだし。
- ──
- 鉢とか土とか、必要なものは?
- ハヤマ
- すべて「百均」でそろえました。
最初は「ちょっと植えてみるか」という、
本当に、適当な気持ちだったんです。
- ──
- じゃあ、園芸の知識なんかもなく。
- ハヤマ
- はい、まったく。
どう植えていいかも、わかりませんでした。
ネットで調べたら
「ソテツの種は半分だけ土に埋める」
とあったんですが、
「半分だけ」と言われても‥‥
どの面を上にして
どの面を土に埋めたらいいのか、
そもそも種の上下ってあるのか‥‥とか。
- ──
- 種の上下。考えたこともないです。
- ハヤマ
- どれだけ調べてもわからなかったので
どっちでも大丈夫なように
種を「横」にして、育てはじめました。
でも、ぜんぜん、芽が出ないんです。
「逆かな?」と思って
横にした種の上下を、逆さにしたり。
- ──
- 正解のないルービックキューブみたい。
- ハヤマ
- それでも、ウンともスンとも言わない。
- ──
- そうやって、数ヶ月が過ぎていった?
- ハヤマ
- 横のものを上にしたり、下にしたり、
また横に戻したり‥‥。
- ──
- 死んだ魚のような目をしながら。
いや、想像で言いましたが。
- ハヤマ
- やり方が間違っているのかもしれない、
もしかしたら、もう死んでるのかもしれない。
そう思って、ボンヤリと
その物体をゴロゴロ転がしていたんです。
- ──
- でも、その間、水やりは怠らず?
- ハヤマ
- はい、で、どのくらいでしょうか‥‥。
5カ月を過ぎたあたりで
表皮にパリッとヒビが入ったんです。
- ──
- おお、はじめて「生」の兆候が!
- ハヤマ
- そのとき、ようやく
「このやりかたで間違ってなかったんだ!」
と、確信することができたんです。
- ──
- しかしまあ、その間、よくも諦めないで、
世話し続けることができましたね。
- ハヤマ
- 出会いの経緯もあって、ぼくはいつしか、
この子(=ソテツ)に
運命的なものを感じていたんです。
そして、もうひとつ理由があるとすれば‥‥
そのころ、大失恋をしたんです。
- ──
- ‥‥よければ、聞かせてください。
<つづきます>