HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN

物理学者・小林誠先生に聞いた素粒子とノーベル賞と宇宙の謎。

ほぼ日サイエンスフェロー早野龍五の“オタク”な研究者探訪シリーズ VOL.1 ほぼ日サイエンスフェロー早野龍五の“オタク”な研究者探訪シリーズ VOL.1

ある分野を深く、深く研究する人がいます。
その人たちは世間一般に「研究者」と呼ばれ、
おどろくべき知識量と、なみはずれた集中力と、
子どものような好奇心をもちながら、
現実と想像の世界を自由に行き来します。
流行にまどわされず、批判をおそれず、
毎日たくさんのことを考えつづける研究者たち。
ほぼ日サイエンスフェローの早野龍五は、
そんな研究者たちを敬意を込めて
「オタクですよ(笑)」といいます。
世界中のユニークな研究者と早野の対談を通じ、
そのマニアックで突きぬけた世界を、
たっぷり、じっくりとご紹介していきます。

小林誠先生ってどんな人?

第7回 原動力は「気になるから」

早野

小林先生のお話を聞いてみて、
おふたりはどう思いましたか?

乗組員A

わからないところは、
まったくわかりませんが、
根本的な姿勢の話や、
発想の飛躍の話はおもしろいです。

乗組員B

個人的には「反粒子」という存在が、
すごく気になっています。

早野

反粒子を予言した
ポール・ディラックという人は、
1933年のノーベル賞受賞講演の最後に、
こんなスピーチをしています。

「宇宙のどこかに反粒子で
つくられた星があるとします。
その『反粒子の星』を、
地球から望遠鏡で眺めたとしたら、
『粒子の星』とまったく区別が
つかないのではないでしょうか」

いま、わたしたちは
そんなふうには考えていませんが、
彼がノーベル賞をもらった時代は、
宇宙には「粒子の星」と「反粒子の星」が
あると思っていたんです。

乗組員A

へぇーー。

乗組員B

そうやって聞くと、
ちょっと感慨深いですね。

小林

さらにおもしろい話があって、
1932年に反粒子が見つかる以前に、
ヴォルフガング・パウリという人は、
「反粒子なんてものがあるのはおかしい」
といっています。

早野

ほう。その理由は?

小林

その理由が、またすばらしい。

「もし反粒子があるとしたら、
この宇宙が誕生したときに、
非常にヘンなことが起きたと
仮定しなければならない。

つまり、宇宙の初期条件で、
粒子ばかりをたくさん
用意しなければいけない。
そんな異常なことを
仮定しないといけないのはおかしい」

早野

おおー、さすがパウリ先生、すばらしい理由です!

小林

ねぇ(笑)。

乗組員A

(すばらしさが、わからない‥‥)

乗組員B

あの、すみません‥‥すばらしさの解説を‥‥。

小林

つまり、パウリ先生の問いは、
はじめにすこしお話した
「なぜこの世の中は、
粒子という物質でつくられていて、
反粒子じゃないのか」
という宇宙の謎につながっています。

早野

1964年に「CP対称性の破れ」が
証明されましたが、
その事実がわかったおかげで、
宇宙が進化するときに反粒子が消え、
「粒子だらけの宇宙」になった理由が、
ある程度説明できるようになりました。

小林

いまの物理学というのは、
1970年代に「標準模型」が現れたあと、
今度は「大統一理論」が登場し、
バリオン数非保存という……。

乗組員A・B

???

小林

あ、ごめんなさい(笑)。
理屈はともかく、
「大統一理論」という新しい考えかたと
「CPの破れ」を組み合わせると、
「宇宙の進化の途中で、
粒子と反粒子の数に
差がついてもおかしくない」
という結論になります。

乗組員A

つまり、粒子だけの宇宙の謎が、
すこしはわかってきている。

小林

具体的なメカニズムは、
いまのところまだわかっていません。
それをみんなで探しましょう、
というのが、
いまのこの分野の宿題ですね。

早野

その宿題を解かないと、
わたしたちがここに存在する理由が、
いつまでたっても説明できません。

乗組員A

もしそれを説明できたら、
わたしたちの生活はどうなるのでしょう?

小林

いや、どうもならないです。

乗組員A

「どうもならない」!

小林

というか、別に説明する必要もない。

乗組員B

「説明する必要もない」!

小林

だって、反粒子の話って、
人類が生きるには、
直接関係のない話だからね。

乗組員A

じゃあ、先生や世界中の物理学者は、
なぜその謎に挑みつづけるのでしょうか‥‥。

小林

だって、気になるから。

乗組員A・B

「気になるから」!!

小林

原動力は「なんでだろう」なんです。
わからないことがある。気になる。
だから、研究をするんです。

早野

もう、そのひと言に尽きますね。

乗組員B

はぁーー。

乗組員A

もうひとつ、おうかがいしてもいいですか?

小林

いくつでも。

乗組員A

いまの最新の物理学では、
宇宙のことがどのくらい解明されていて、
あと、どのくらいの謎が
人類に残されているんでしょうか。

小林

どのくらいの謎が‥‥。そうですねぇ。

(宇宙のことを考えながら、つづきます)