── | しかし、世にも稀なる「ひどい目」人生の 幕開けとなった会社の名が、 トレジャー・アイランド‥‥宝の島だとは。 |
TOBI | のちの展開を考えると、 「どこが宝の島なのかな」と思ったことも、 一度や二度ではありません。 トレジャー・アイランドの倒産を皮切りに、 多くの「ひどい目」に見舞われましたが、 でもこうして、めぐりめぐって 「ひどい目」で取材してもらっていますし、 やっぱり「宝の島」だったのかも。 |
── | なんて前向きなシンキング‥‥。 話を戻しますが、その会社で、 学生時代に、バイトをされていたんですね。 |
TOBI | ええ、神宮球場で 客席にファウルボールが飛んできたときに、 「気をつけて!」という意味で、 「ピィ!」とフエを吹くバイトと掛持ちで。 |
── | 業務内容は? |
TOBI | テレビや舞台などのイベント制作全般。 |
── | 卒業後、そのまま就職するパターンで入社。 |
TOBI | そう、代々木から参宮橋へ向かう途中に 小田急の高架があるんですが、 当時、そこを越えてすぐのビルの2階に、 トレジャー・アイランドはありました。 |
── | あー、あるある。高架ある。 代ゼミの道を下ってきたところですよね。 |
TOBI | あの日は‥‥新社会人気分もすっかり抜け、 5月病にかかるヒマもないほど、 日々に忙殺されていた、6月の梅雨どき。 もう、何日も何日も雨降りだったんですが、 なぜかその日だけは晴れて、 すこし蒸し暑いくらいの、水曜の朝でした。 |
── | ええ。 |
TOBI | 久しぶりの晴れ間に、ふだんより、 すこしだけ気分よく会社へ向かっていると。 |
── | 四つん這いで。 |
TOBI | いえ、二本足で。 さすがにギックリ腰は治ってましたので。 |
── | それはそれは。 |
TOBI | 人間らしく二本足でしっかり大地を踏みしめ、 会社への道を歩いていると 前方の高架下の暗がりの中から、白い服を着た、 まるで亡霊のような女性が、 フラフラ‥‥と‥‥あらわれたんですよ。 |
── | ほう‥‥。 |
TOBI | その女性は、 すっかり魂の抜けたような雰囲気で、 足取りもおぼつかず、 なんだか、うわ言をつぶやきながら、 こちらへ歩いてくるんです。 よく見ると、それは、 社長秘書のシライシさん‥‥でした。 |
── | はい。 |
TOBI | その、あまりの異様なようすに、 ぼくは、声をかけられずにいたんですが、 シライシさん、すれちがうときに、 ブツブツと、こうつぶやいていたんです。 「会社がない‥‥会社がない‥‥ 会社がないのよ‥‥はは、ははは‥‥」 |
── | ない? |
TOBI | ぼくは、シライシさんが、 どうにかなってしまったんだと思い、 会社への道を急ぎました。 |
── | ええ、みんなに知らせようと思って。 |
TOBI | 遠ざかっていくシライシさんを 気にかけながらも、 高架の暗がりを抜け、 ビルにたどり着き、 年季の入ったエレベーターのトビラを こじ開けるようにして開けて、 「大変だ、みんな、シライシさんが!」 と叫ぼうとしたら‥‥。 |
── | はい。 |
TOBI | 目の前には、何にもなかった‥‥ いや、何もない空っぽの空間が、あった。 |
── | つまり。 |
TOBI | 亡霊と化したシライシさんの言うとおり、 トレジャー・アイランドが、 跡形もなく消え去っていたんですよ。 |
── | 消え去る、というのは「物理的な消滅」? |
TOBI | そう、トレジャー・アイランドのM社長が、 前の晩のうちに、 すべてを持ち去って夜逃げしていたんです。 |
── | 最初の倒産は、夜逃げのスタイル‥‥。 |
TOBI | そのとき生まれてはじめて夜逃げの現場を 目の当たりにしたわけですが、 「もぬけの殻」とは、まさにこのこと。 |
── | そんなにも、何にも? |
TOBI | なくなっていました。 社員のデスクや椅子、棚などの家具類、 冷蔵庫やコピー機、パソコンなどの 電化製品はもちろん、 じゅうたんはきれいに剥がされ、 キッチンのシンクも持ち去られていたし、 ウォシュレットや便座を含めて、 トイレは無残にも便器だけの丸裸となり、 ティッシュも、ゴミ箱も、灰皿も、 トイレットペーパーも、 蛍光灯から、小さな豆電球にいたるまで、 金に替えられそうなものは、ことごとく。 |
── | その大仕事を、M社長はたったひとりで? |
TOBI | どうでしょう、わかりません。 そのような「専門業者」に依頼したのか、 夜逃げを察知した街の金融業者が、 われさきにと、 金目のものを奪ったのかもしれません。 どっちにしろ、たった一晩でここまで 会社というものの全存在を 跡形もなく消し去ることができるのかと。 |
── | 大人の仕事です。 前の晩の、M社長のようすは? |
TOBI | 制作会社ですから、社長以下、 みんな遅い時間まで仕事していました。 不自然なやさしさもなく、 逆に、ふだんより機嫌悪そうでもなく、 たんたんと、いつもどおりに。 |
── | M社長‥‥役者ですね。 |
TOBI | 前触れなど、一切なかったんですけど、 いま思えば、涼しい顔をして、 夜逃げの計画を練っていたんです。 |
── | 無職が、突然、降ってきたわけですが、 そのとき、どんな気分でしたか。 |
TOBI | 4月のあたまに入社して 夜逃げが6月の末のできごとですから、 3ヶ月で職を失ったんですよ? 預貯金もまったくありませんでしたし、 なんだか、丸裸で、 大海原を漂流するような心細さでした。 |
── | 数年後、実際に大西洋で漂流しますがね。 でもそうか、お給料と言っても、 まだ、1回か2回、もらっただけだから。 |
TOBI | それが、もらってないんです。 |
── | ええっ、一度も? |
TOBI | はい。 |
── | 入社して、いきなり給料滞納? |
TOBI | そうです。 |
── | それ思いっきり前触れじゃないでしょうか。 夜逃げの。 |
TOBI | いま思えばね。 「正社員として雇う手続きが整うまで、 ちょっと待って」 という社長の言葉を信じていたんです。 |
── | 入社から3ヶ月もの間、タダばたらきとは。 |
TOBI | 社会に出るのははじめてでしたから、 4月にはたらいた分が 6月の末くらいに入るっていうのは、 まあ、そういうことなのかな、 社会ではたらくって厳しいんだなあって。 ともあれ、そのようなわけで、 ただの一度もお給料をもらわないうちに、 最初の会社がなくなったんです。 |
── | こうして「倒産スパイラル」が‥‥。 |
TOBI | 静かに、回転しはじめたのです。 |
── | その後の「倒産状況」を、 ざっと教えていただけませんでしょうか。 |
TOBI | いいでしょう。まず、ふたつめの仕事は、 化粧品販売の「ワゴンDJ」でした。 |
── | DJ‥‥ってディスク・ジョッキーのこと? |
TOBI | 郊外のショッピングモールの エスカレーターの前などに派遣されて、 化粧品のワゴン脇に陣取り、 「ただ今より、タイムセーーーーール! 奥さん、今だけ! 今だけですよ! 落ちない口紅、 ふだん1500円のところ、 今なら特別特価、たったの1000円! さらに、 口紅の試供品を2つおつけします!」 みたいなことを、 あれこれと身振り手振りを交えながら、 マイクで叫ぶ係です。 |
── | それって「DJ」なんですか。 |
TOBI | そうやって呼ばれるんです。 BGMとかマイク・パフォーマンスは すべて任されているし、 うまいことお客さんがノッてくれたら、 次の指名が掛かるので、 いわゆる「DJ」と同じ感じなんです。 相手は全員、おばちゃんですけど。 |
── | 世の中には、 まだまだ知らない仕事があるなあ! |
TOBI | 半年くらい続けていたら、 東北や北陸に泊りがけで呼ばれたり、 DJとして、 じょじょに人気も出てきたんですが。 |
── | 才能あったんだ。 |
TOBI | 大崎にあった派遣元の会社が潰れました。 |
── | 売れっ子DJ、路頭に迷う‥‥。 |
TOBI | そこでこんどは、2週間の研修を経て、 ツアコンとして尾瀬を案内しはじめた矢先に バスツアー会社が倒産し、 パソコン本の編集部に潜り込んだと思ったら 社長が朝礼で「明日で会社を潰す」と。 |
── | ある意味‥‥順調に。 |
TOBI | 坂道を転がるように。 その後は、 おじさま向けフーゾク店のもぎたて情報紙の 三行広告を取る仕事、 ベランダのラン栽培専門の温室製作業、 葬儀専門の花屋、 牛乳しか飲めない下戸の極道さんが 2000万くらい「集金」した帰りに寄っていく バーのバーテン、 出版社の下請け会社で芸能ゴシップの裏取り、 冷たい地下室で 半透明のビニールシートを 50センチ平方の正方形に えんえんカッティングする不気味な仕事‥‥。 |
── | それらが、すべて、倒産したんですか。 |
TOBI | 中には、倒産してない会社もありますよ。 空き巣と暮らしていた時代に勤めていた 古本屋は ブックオフに吸収されただけだし、 以前にお話した 北海道のK牧場も、規模は縮小したけど、 まだ経営しているはずです。 おそろしくて、確認していませんが‥‥。 |
── | 倒産をまぬかれた物件もあると。 なるほど。 |
TOBI | ただ、入る前に倒産するケースもありました。 吉田日出子さん、笹野高史さん、 小日向文世さんなどがいらっしゃった劇団の 劇団員の試験を受けてみたところ、 合格してしまったのですが、 一週間くらい後に何気なくテレビをつけたら、 「オンシアター自由劇場が解散」 というニュースが流れて、「えっ?」と。 |
── | は、激しい‥‥倒産スパイラルというより、 いっそ倒産ハリケーン。 |
TOBI | ともあれ、その後は、そのような暴風雨に 飲み込まれていくんですが、 トレジャー・アイランドの社長が 夜逃げした日に、すこし話を戻しますとね。 |
── | ええ。 |
TOBI | 亡霊秘書のシライシさんと同じように 呆然としながら、 空っぽのオフィスにたたずんでいたら、 社員がポツポツ出社してきて。 |
── | いまや、何にもなくなった「宝の島」に。 |
TOBI | 社員全員がそろったくらいのところで、 どこで正気に返ったのか、 シライシさんも、 人間に戻って帰ってきました。 そこで 「これは社長が夜逃げした跡であって、 ゆえに会社は倒産した」 ということを、全社員で確認したんです。 |
── | やはり、誰も知らなかったんですか。 昨晩、社長が夜逃げ寸前だったこと。 |
TOBI | はい、そのようでした。 ほどなく、シライシさんはじめ、 会社のメインどころを担う先輩たちは テレビ局をはじめ、 取引先との電話対応に追われはじめて。 |
── | ええ。 |
TOBI | といっても、 会社の固定電話もなくなっていたので、 道端の公衆電話から、ですが。 そして、下っ端のぼくたちは 「ひとまず、 今日は自宅に戻ってください」と。 |
── | やることないですもんね。 |
TOBI | デスクも椅子もないし、 もう、床に座っているしかないんです。 なので、これからどうなるんだろうと、 明日も床に座るためだけに 出社するのかなとか、 不安に駆られながら家路につきました。 |
── | 揺れる不動ハウス、3号室へ。 |
TOBI | あんな部屋でも、どんなに揺れても‥‥、 自宅は自宅。 はやく心と身体を休ませたいと、 寄り道もせず、まっすぐ部屋へ帰ると、 待ち構えていたかのように、 コンコンと、扉を叩く人がいるんです。 |
── | まさか、夜逃げしたM社長!? |
TOBI | いいえ、不動ハウスの大家さんでした。 2万7000円の毎月の家賃も 滞納してませんでしたし、 大家さんが部屋を訪ねてくることなんて めったにないので‥‥。 |
── | イヤな予感がしますね。 |
TOBI | 何の用事かと思って解錠すると、 木製の扉をギィ‥‥と開けた隙間から 能面のような顔を半分だけ出した大家さんが、 機械みたいな抑揚のなさで、こう言ったんですよ。 |
── | はい。 |
TOBI | 「こんど、このアパートをつぶして 墓にするから、出ていってください」 |
── | えっ!? |
TOBI | 「こんど、このアパートをつぶして 墓にするから、出ていってください」 |
── | 家まで!? |
TOBI | 家まで。 |
── | 会社がなくなったのと、同じ日に? |
TOBI | 同じ日に。 |
つづきます |
2017-10-19-THU |