── | 四つん這いで大学を卒業してまで就職した トレジャー・アイランドが、 たった3ヶ月で社長の夜逃げで倒産し、 一夜にして無職となった当日、 住んでいたアパート、 不動ハウスの取り壊し宣告が下される‥‥。 |
TOBI | ウィ。 |
── | 神の怒りにでも触れたのでしょうか。 |
TOBI | 実際、その言葉を聞いたとき、 この人、何のことを言っているのかなと、 理解が追いつきませんでした。 |
── | 取り壊しは、すぐ実行されたんですか? |
TOBI | もともと壊しやすかったんでしょうね。 不動ハウスは、すぐに墓となりました。 ぼくの3号室は建物の2階にあったので、 ちょうどあのあたりで、 寝たり起きたりしていたことになります。 |
※現地です(現在は墓地)。 | |
── | ああー、いまや「空中」。 あのあたりで、ネズミに腹を立てたり、 ネズミの穴を塞いだり。 |
TOBI | ネズミのミイラに手を合わせたり。 |
── | でも、以前、自分の住んでいた部屋が、 いまは「ただの空」って、 ちょっと不思議な気分になりませんか。 |
TOBI | なります。ぼくは、あの「空」に対して、 月々「2万7000円」を、 3年半の間、払い続けていたかと思うと。 家賃とは何かとさえ、考えてしまいます。 |
── | 家賃とは何か。‥‥深い。深すぎる。 |
TOBI | ともあれ、ぼくは、 言うだけ言って去っていく大家の背中に 「わかりました。 なるべくはやく荷物をまとめます」 とつぶやくので精一杯でした。 そして、木製扉をパタンと閉めるなり、 前のめりに昏倒、 そのまま、眠り込んでしまったんです。 |
── | あまりの急転直下の連続に。 |
TOBI | 眠るという行為は、 ぼくら人間に備わる防衛機構なんですね。 人って、これ以上、 現実を受け止める余裕がないなとなると、 眠ってしまうみたいです。 |
── | そういう虫いますよね。 |
TOBI | だから、そのときのぼくも、 眠って、眠って、眠って、眠って‥‥ 気づけば 20時間くらい眠ってしまっていて。 |
── | にじゅうじかん? |
TOBI | 眠り込んだのがお昼の11時過ぎで、 意識を取り戻したのが、 翌日の朝の7時過ぎだったんです。 目覚めたときに壁の時計を見て 「あ、もう夜か。けっこう寝ちゃったなあ」 と思ったんですが、 共同トイレで用を足しながら、 すりガラス越しに外を見たらスッカリ朝で。 |
── | ほとんど「気絶」じゃないですか。 |
TOBI | でもぼくは、そこで 「ああ、よかった。ぜんぶ夢だったんだ」 と思ったんです、なぜか。 M社長が夜逃げしたことも、 一銭ももらえずに会社が倒産したことも、 今いるこの部屋が、 間もなく取り壊されてお墓になることも、 ぜんぶ夢だったんだ‥‥って。 |
── | そう思わせたんですかね、脳が。 |
TOBI | 自分で自分をだまそうとしていたのか、 人間20時間も寝ると 夢と現実の境目があいまいになるのか わかりませんが、 もしかしたらという一縷の望みを抱いて、 会社に出勤してみると。 |
── | 夢では、なかった。 |
TOBI | 会社は、やっぱり、ありませんでした。 ただの「床」となったオフィスには、 事後処理に出てきた管理部門の人が 座り込んで、 何かの書類に猛烈に記入していたり、 何とかM社長をつまかえようと、 作戦を練る若手社員たちが、 座り込んで相談していたりしました。 |
── | で、見つかったんですか。M社長。 |
TOBI | いえ、自宅マンションも手放しており、 携帯電話はもちろん不通、 奥さまとも直前に離婚していたらしく、 ご家族に聞いても 「わたしたちにも、わかりませんので」 の一点張り。 結局、M社長の居所を 突き止めることは、できませんでした。 |
── | 用意周到、計画的。 まんまと逃げ切ったんですね、M社長。 |
TOBI | 手がかりすら、つかめませんでした。 でも、今回、ふと思い立って M社長の名前を グーグルで検索してみたんですよ。 |
── | おお、この時代ならではのIT捜索! どうです、ヒットしましたか? |
TOBI | 社長は現在、イベント制作とは、 まったく関係ない業界で大成功していました。 経営コンサルタントの肩書も持っており、 具体的な書名は伏せますが、 「なんど負けたっていいのが、人生だ。 いちど勝てれば、それでいい」 みたいな題名の本も出版していました。 |
── | M社長、復活したんだ! |
TOBI | そうみたいです。 その本を取り寄せて一読しましたが、 夜逃げのあとに自己破産し、 借金取りから逃げながら隠遁生活を送り、 月収数万円から再スタートを切るも、 それも、やがて行き詰まり、 自殺未遂までしてしまったそうです。 |
── | その後、今の事業で成功されて。 そこにも、ひとつの人生がありますね‥‥。 ただ、「なんど負けてもいい」というのは、 いささか気になるワードですね。 |
TOBI | そうなんです。 |
── | ご本人は言いづらいと思うので 代わりに言いますが、 その「負け」の中のひとつをきっかけに、 幾多の「ひどい目」に翻弄された人生が、 今、この目の前にあるわけなので。 |
TOBI | M社長にも、いろいろあったんでしょう。 給料はもらえませんでしたが、 うらんではいません。 前向きに考えれば、 トレジャー・アイランド倒産のおかげで パリで、ピンク色の妖精に 生まれ変われたとも、言えるのですから。 |
── | おお、太陽のようにあたたかく、 大海原のように広い心の持ち主よ。 |
TOBI | それより、夜逃げからしばらくしてから、 シライシさんのところに、 関西方面の ある町に潜伏しているらしいM社長から、 電話がかかってきたそうなんです。 |
── | 読者のなかのM社長のイメージは、 すっかり、 コートの襟を立てた感じになっていると 思います。 ともあれ、いったい、どんなご用件で? |
TOBI | まあ、みんなには迷惑をかけたとか、 そんな話だったんでしょうが、 そのなかに、ぼくへの伝言があって。 |
── | ほう‥‥伝言。 |
TOBI | なんでも 「石飛は、何だかわからないけど、 特別な才能を持っているような気がする。 あいつは必ず成功するから、 これにめげず、がんばれと伝えてほしい」 って。 |
── | わあ、すごい。でも、超勝手! |
TOBI | その時点では、がんばりようがないんです。 トレジャー・アイランドという、 がんばる場が、なくなってる状態ですから。 |
> | |
── | でも、TOBIさんを見込むなんて、 人を見る目は、あったんじゃないですかね。 |
TOBI | いや‥‥それは、わかりません。 ぼくを正社員として雇ってしまった時点で、 どうなんでしょうか。 |
── | そうだった。 あなたはのちに「倒産請負人」と呼ばれる人‥‥。 |
TOBI | ちなみにですが、失った職リストのなかに、 「劇団員」というのがあるんです。 |
── | ええ、何でも、その劇団には、 吉田日出子さんや、 笹野高史さんや、小日向文世さん‥‥など、 そうそうたる面々が所属していたと。 入る前になくなるという、 倒産スパイラルの中でも稀なケースですね。 |
TOBI | 試験に合格した一週間後くらいに、 劇団の解散をニュースで知ったんですが、 そのときも、小日向文世さんから、 ぼく宛にメッセージがとどいたんですよ。 |
── | またメッセージ。こんどは、何と? |
TOBI | 「絶対あなたは役者を続けたほうがいい。 劇団は解散しますが、 今後も、あきらめずにがんばって」と。 |
── | 小日向さんから? すごいじゃないですか! |
TOBI | でも、そのときにはすでに劇団はなかった。 |
── | がんばる場所が、また‥‥なかった‥‥。 ちなみに、なんとなく思い出したんですが、 TOBIさんって、 あの内山田洋さんの付き人もやっていたと、 以前チラッと言ってませんでした? |
TOBI | はい。大学3年のときに、1日だけなので 「やっていた」というより、 「やったことがある」というくらいですが。 |
── | それは、どのようないきさつで? |
TOBI | ぼく、高校生のころから 前川清さんの大ファンだったんですけどね、 当時、ある若者向け雑誌で 「弟子入りしたい若者」という企画があり、 友人が、関わっていたんです。 |
── | へえ。 |
TOBI | 1年間、宮大工とか画家、陶芸家なんかに 若者を弟子入りさせて、 そのようすをレポートする企画なんですが、 「あと何人か増やしたいんだけど、 石飛くん、 誰かに弟子入りとかどう?」と聞かれて。 |
── | ええ。 |
TOBI | ほんの軽い気持ちで 「前川清さんに弟子入りしたいな」 と言ったんです。 そしたら、それが、 「内山田洋さんに弟子入りしたいな」 と伝わってしまって。 |
── | いったいどうして‥‥。 |
TOBI | そしたら、編集部の人が 「おもしろいじゃない、それ!」と盛り上がり、 内山田さんサイドに、 すぐさま話を取り付けてしまったんです。 |
── | たしかに前川清さんと言えば、 あの「内山田洋とクール・ファイブ」の メイン・ボーカルでしたけど。 でも‥‥なぜ、1日で終了に? |
TOBI | 内山田さんは、本当にすごい人ですし、 自分などにはもったいない、 得がたい経験ではあったんですけど‥‥。 |
── | ええ。 |
TOBI | 初日の仕事は、 内山田さんを銀座の寿司屋にお連れする、 というものでした。 内山田さんをクルマで寿司屋にお送りして、 数時間、車内で待機し、 内山田さんが、お寿司を食べ終わったら、 事務所に連れて帰ってくる。 |
── | それって、つまり「送迎」ですね。 |
TOBI | ただ、それだけの仕事なんですが‥‥ ぼくがなってなかったんだと思いますが、 内山田さんからは、 ぼくの一挙手一投足に関しまして、 たいへん厳しいご意見をいただきまして。 |
── | 芸能界、歌謡界というところは、 礼儀にはじまり、 礼儀に終わるようなイメージがあります。 |
TOBI | そうです‥‥そうです。そのとおりです。 当時は礼儀知らずの学生でしたし、 到底これは自分には勤まらないと思って。 |
── | ええ。 |
TOBI | 初日のつとめが終わったところで、 編集部の人に、泣いてお願いしたんです。 「本当に、もうしわけございません。 前川清さんがいないんです」って。 |
── | それで、TOBIの1日弟子入り体験みたいに なってしまったと。 |
TOBI | その節は、ご迷惑をおかけしました。 雑誌の人にも、内山田洋さんにも。 |
── | ともあれ、このようにして、 TOBIさんの「ひどい目」人生の幕が、 切って落とされたんですね。 |
TOBI | はい。 |
── | ここで、これまでの「ひどい目」を 時系列に並べてみましょう。 まず、M社長の夜逃げのあと、 激しい倒産スパイラルの真っ只中に、 北海道の牧場で、 あたたかい牛のフンを全身に浴びる。 |
TOBI | はい。 |
── | 練馬の古本屋さんではたらいていたら、 4億円を盗んだ大泥棒が、 知らぬ間にアパートに住み着いていた。 |
TOBI | ええ。 |
── | そして、すべてがイヤになり、 人生のリセットボタンを押すつもりで パリへと旅立ったら、 銀行強盗に拳銃2丁をつきつけられて、 地下鉄でカツアゲに遭った挙句、 ギャング団どうしの抗争に巻き込まれ。 |
TOBI | テレビの緊急ニュースに映りました。 |
── | 豪華クルーザーでは、大西洋を漂流し。 |
TOBI | 黒焦げになりました。 |
── | 亡命ロシア人から借りた部屋からは、 盗聴器が出てきたり、 上の階の汚水が部屋中に溢れ出して、 生ける屍と化したり。 |
TOBI | そんなこともありましたね。 |
── | で、そうこうするうちに、 渡仏前に練馬で捨てたはずの「衣装」が 数カ月後に、船便でパリに届いて‥‥。 |
TOBI | レ・ロマネスクが、誕生したんです。 |
── | そう思うと‥‥M社長の夜逃げ、 トレジャー・アイランドの倒産には、 やっぱり、 感謝すべきなのかもしれませんね。 ぼくが言うことでもないですけど。 |
TOBI | でも、そうだと思います。 |
── | M社長が夜逃げせず、踏ん張って、 トレジャー・アイランドを立て直していたら、 まだ勤務している可能性ありますよね。 |
TOBI | 元来、気弱な性分ですからね。 その可能性は、大いにあると思います。 皆勤賞すら、もらっているかもしれない。 |
── | ねえ。 |
TOBI | あのまま、トレジャー・アイランドで はたらき続けていたら、 キャリアを重ねることに縛られて、 きっと、自由を失っていたことでしょう。 でも、ぼくの場合は、幸運なことに たびかさなる「倒産」によって、 30歳になっても 何のキャリアも重ねていなかったんです。 身ひとつ、だったんですよ。 |
── | なるほど‥‥。 |
TOBI | そのことが、ぼくの「ひどい目」人生の 原因になったのは、たしかです。 でも、そのことこそが、 今の自分、 つまり「レ・ロマネスクのTOBI」を つくっているとも思うんです。 |
── | TOBIは「ひどい目」から、うまれた。 |
TOBI | そうです。「ひどい目」は、ぼくの一部。 ぼくは「ひどい目」で、できてるんです。 |
終わります |
2017-10-20-FRI |