第3回 目と目を合わせるということ。
平野 今までぼく、
「世界はひとつ」だと思ってたんです。
糸井 ‥‥と言うと?
平野 ぼくたち、つまり今30代半ばの世代って
TV、ラジオ、新聞で育ってんるんです。
糸井 うん、うん。
平野 極端な話、リモコンのチャンネル数だけで
世界は出来ていると思ってたんです。
糸井 つまり、大きなメディアがつくる世界観だけで
この世は成り立っている、と。
平野 でも、世界というものは
本当は無限に、無数にあるんだっていうことが
やっと最近、実感できるようになって。
糸井 それはつまり‥‥「数」の話ですか?
平野 そうそう、そうなんです。
糸井 ようするに、数や規模の大小に関わらず
「小さな世界」も、あるぞと。
平野 はい、おっしゃるとおりです。

だから、視聴者数とかシェア比とか、
コンバージョン率とか、
そういう「数の話」をするのが
なんだか、バカバカしくなってきちゃって。
糸井 数って、価値に置き換えやすいですからね。
平野 以前、宇宙飛行士の山崎直子さんが
スペースシャトルで宇宙へ飛んでいったとき、
ずーーーっと
Ustreamで中継を見てたんです、ぼく。
糸井 ええ。
平野 で、リアルタイムでその中継を見ながら
いろんな人たちと
ツイッターでしゃべってたんですね。

山崎宇宙飛行士の「ミッションシート」を
JAXAのページで見つけたので
それをダウンロードして、
リアルタイムで中継を見ながら勉強したり。
糸井 ほう、ほう。
平野 中継がはじまった当初は
数百人くらいしか、見てなかったんです。

で、いよいよ打ち上がるぞーってときに
人が集まってきて、
たしか3000人くらいになったときに
ボーンと打ち上がったんです。
糸井 スペースシャトルが。
平野 で、打ち上がってから
宇宙ステーションにドッキングするまでは
時間があるので
その間、さっきのミッションシートを
見つけてきて
「みんな、今のうちにこれで勉強だ!」
とかって言って、ツイッターで紹介したんです。

そしたら、5分くらいで
1500ダウンロードくらい、いったんです。
糸井 へぇー‥‥。
平野 そのとき、こりゃすげぇと思った。

で、その一部始終を
ぼくは、ずっとiPadでやってたんです。
で、同じ部屋には
スイッチの入ってないテレビがあった。

そのときに
「あ、オレ、今、テレビの呪縛から
 自由になってる」と思って‥‥。
糸井 つまり、
ひとつしかないと思ってた「世界」の横に
まったく別の、小さな世界があった。
平野 そうなんです。

ぼくたちは今、3000人くらいで
同じ中継映像を共有してる。

その横に、チャンネルを変えさせないための
ノウハウを駆使した、
かつて「ひとつだと思ってた世界」があって。
糸井 それはつまり「テレビ」のことですね。
平野 これはもう、
完全に新しい世界だなぁと思ったんです。

だから、何百万人もの人々が
テレビで
数十秒に縮められた打ち上げのニュースを
見ていたとしても、
ぼくは
3000人と12時間かけてUstreamを見てる
こっちの世界のほうがいいと思ったんです。
糸井 なるほどね。
平野 これって別に、Ustreamが優れていて、
TVが劣っているというような話ではなく。
糸井 何だろう‥‥
「1点と1点が見つめ合う」というか、
「目が合う」ってことのすごみ、だと思う。
平野 目が合う‥‥ですか。
糸井 毎日、ほぼ日には
たくさんメールが届くんですけど、
つい、返事を出しちゃうメールというのが
あるんです。

基準も何もないんですけど、
それって「目が合う」という感じなんです。
平野 ああ‥‥。
糸井 iPadでUstreamを見ていた平野さんは
「3000人と目が合った状態」だったんですよ。
平野 ‥‥そうかもしれないです。
糸井 韓国公演の中継のときも、
途中で平野さんのほうの回線が切れちゃって
女の子が間を繋いでたじゃない。
平野 ええ、あの子はカメラマンなんですけど。
糸井 つまり、しゃべる役の子じゃないわけで。
平野 回線が切れたのは
公演が終わったあとだったんですが、
まだ1万人以上、中継を見てる状態でした。
糸井 そんな状態で回線が切れて、
ふだんはしゃべる役じゃない女の子が
いきなり
マイクを渡されたわけですよね。
平野 見てるほうも、ハラハラドキドキですよ。
糸井 でも、そこの「マイナス部分」を
見てるこっちが、埋めたくなったんです。
平野 あー‥‥。
糸井 あれは「目の合った状態」だからだよね。
平野 なるほど‥‥。

じつはあのとき、ぼくのケータイに
「コラー! 何やってんだー!」って電話や
ショートメールが
ガンガン届いてたんですよ。
糸井 はやく回線つなげって?
平野 いや
「お前、今こそ出番だろうが、
 何やってんだ」と。

公演が終わってからの撤収も
最後、トランクに機材を詰め終わるまで、
中継しようって決めてたので。
糸井 なるほど。
平野 それに、本当は、あのとき
「ピアノ解体ショー」というですね、
定番の出し物をやる予定だったんです。
糸井 ‥‥でも「目が合う」という意味では、
素人の女の子でよかったと思いますね。
平野 はい、ぼくも今、話をしていて
そういうふうに思ったんです。
糸井 「ピアノ解体ショー」という名前が付いた
出し物って、
あの‥‥偶発性は減るじゃないですか。

それよりも、1万人の前に立たされた
しゃべり素人の
カメラマンの女の子、というほうがおもしろい。
平野 そうそう(笑)。
糸井 すくなくとも、あのときのぼくには
「見続ける動機」になりましたから。
平野 そもそも
ぼくと糸井さんがこうして合ってるのも、
ツイッター上で
1対1で「目が合った」からですよね。
糸井 そうですね。
平野 でも、そのときに糸井さん、
今、ツイッター上でやりあうんじゃなくて、
きちんと
マネージャーを通しましょうって。
糸井 うん。
平野 いったん「目は合った」けれども、
やっぱり、きちんとしましょうって
おっしゃったじゃないですか。

あれは‥‥。
糸井 ぼくらのやり取りを見てる人たちは
ツィート上で
ぼくと平野さんが「ランデブー」するのを
望むんですよ、きっと。
平野 ええ、ええ。
糸井 「じゃ今度、事務所で話しませんか?」
「いいですね」‥‥というやり取りを。
平野 そういう時代だって、言いやすいですしね。
糸井 ということもあるし、
人は「交接」を見たいんですよ、やっぱり。
ポルノグラフィ的興味というか。
平野 ああ‥‥。
糸井 でも、あのときにぼくが
「じゃあ平野さん、
 こんど、事務所に来ませんか?」って
言わなかったのは‥‥。
平野 はい。
糸井 衆目にさらされた場所で
自分よりも、ずいぶん歳上のぼくに
そう言われたら、
平野さん、断りようがないでしょう?
平野 ‥‥ええ、たしかに。
糸井 つまり「ほんとは会うのイヤ」だったとしても
「ぜひ」と言うしかないと思ったんです。
平野 はい、なるほど。
糸井 つまり、そういう
「目を合わせていないオファー」は
しちゃダメなんですよね。
平野 ‥‥実際は超光栄なんですけど、なるほど。
糸井 事実上「断る権利」を
奪うことに、なりかねないわけだから。
平野 あれは、そういう理由だったんですね‥‥
納得しました。
糸井 誰かに何かをお願いする場合って、
常に「断る権利」を
相手に渡しておかなきゃならない。

平野さんにも、安請け合いをしたり
本当にイヤのに引き受けちゃって、
あとから「これ、やるんじゃなかったわ‥‥」
みたいな経験って、あるしょう?
平野 ‥‥日々、大小、ありますよね。
糸井 エネルギーがあり余ってるときには
それもまた、いい練習になるんですけど、
人生は有限だし、
そんなこと、ずっとは、続けていけない。
平野 はい。
糸井 でも、その直後に、高橋源一郎さんに
ツイッター上で
「うちでUstreamの中継しない?」って
誘ったんです、ぼく。
平野 ええ、そうでしたよね。
糸井 それは、ぼくと源ちゃんの間柄なら、
「きちんと断れる」からなんですよ。
平野 ‥‥なるほど。
糸井 目が合った状態のまんま、断れるんです。

<つづきます>

2011-08-02-TUE