その13 ちょっとうらやましくなるんだ。
小林 僕はね、馬に惹かれたのは写真だったんです。
パドックを回ってるときの
オグリキャップのアップの写真っていうのが
当時あって。
オグリキャップの目の白いところが全部充血して、
赤い筋がブワーッと入っていて。
もう三白眼のこんな目をして。
で、首がツル頸なんですよ。
飯島 はい。
小林 ポーっと伸びてるのは緊張がないんですけど、
あまりに気合が入ってくると、
ツル頸になってくる。
噛むようにして、上目遣いになって。
糸井 威嚇するみたいな?
飯島 へぇー。
小林 そのときのオグリキャップの、
顔のアップの写真だったんですけど。
それももう身震いするような写真ですよ。
糸井 その写真見たいね。
小林 『優駿』かなんかの表紙になったんじゃないかな。
もうすごかったんですよ。
飯島 すごそう。
糸井 へぇ〜。
小林 一生涯で本当にピークぐらいの育て方をして、
ダービーとか天皇賞、有馬記念とかそうなんですけど、
ミリ単位で修正してくるみたいなもんですよ。
調教師さんも。それはたぶん
オープン級ぐらいの馬だったんですけど、
皮膚がすごく薄くなるんですよ。
飯島 へぇ〜。
小林 スキンっていう感じです、本当に。
糸井 戦闘モードに入るとっていうこと?
小林 いえ、あのぅ、もともと個体的に
「皮膚が厚い」っていう言い方するのと、
「皮膚が薄いね」っていう言い方する
馬はいるんですよ。
そんな個体差はそんな本来ないんですけど、
運動量が上がって代謝が上がってくると、
無駄毛が全部取れてくるんですよね。
冬毛なんていうと、細かいのになって。
糸井 へぇー。
小林 それが農耕馬と変わらないような
毛並みしてる馬もいるんですよ。
糸井 はぁ、はぁ、はぁ。
小林 だけど、調教を重ねてって
どんどん、どんどん仕上がってくると、
冬毛は当然抜けますよね。
糸井 スキニーになるわけだ。
小林 そう。しかも脂肪が取れてくると、
水の張ったような感じから、
無駄なものが全部なくなって
筋肉に薄い膜がこう重なって、
その間を血管が張ってるっていうような体に、
ビシーッとなってくるんですよ。
後肢の腹が完璧に巻き上がってくるんですよ。
そういう状態のやつを見ると、
もうね、なんかクラクラっと来るぐらいの
きれいさがあるんですよ。
飯島 そういう馬は勝つんですか?
小林 いや、そうとは限らない。
飯島 そうとは限らない?
小林 そうだったら、皮膚見てて、
勝敗がわかるんですけど。
飯島 そうですよね(笑)。
糸井 みんな、だから、
大なり小なりそうなってくるわけでしょう、
レースになったら。
小林 大きなレースでいったら、遜色ないですよ。
糸井 みんながそういうふうになってくるわけ?
小林 そうそうそう。
糸井 それはわかんないわな。
小林 わかんないです。
飯島 わかんない。
糸井 ああー。
小林 あと、好き嫌いみたいな感じになってくるし。
だけど、ヘラクレスみたいな人が、
短距離ただ早いかっていうと、
そうとは限らないでしょう?
飯島 ああ〜。
糸井 ああ〜。
小林 そうなってくると、
個体差が出てくるんですよね。
糸井 完全に飲み屋の会話だよね、こういうのね。
小林 おもしろいですよね。
飯島 すごい詳しいですね。
一同 (笑)。
糸井 こういうのをさ、オヤジたちがさ、
怖い顔してさ、
「なななんですよぉっ!」
「そうそうそうそう!」って言って。
そういう会話をやっぱり馬好き同士は
飲み屋でやってるわけでしょう?
小林 これね、馬好きな人って、
ふた手に割れてね、
こういう話一切しない人って多いんですよ。
糸井 そうなの(笑)?
小林 やっぱり馬券好きな人とか、ギャンブル系の人と、
糸井 あ、そうかぁ。
飯島 ああ、馬そのものが好きな人じゃないですか?
小林 「馬がかわいいとか言うようなやつと、
 俺は違うんだよ」みたいな。
やっぱりちょっとこう、
拗ねてるわけじゃないんですけども、
「気持ち悪いよ」とか言うタイプの人も。
「馬が美しいとか言うんじゃねぇよ」とか、
そういう人も結構お爺ちゃんに多いですね。
糸井 それをさ、語り分けるっていうことは、
あなたは役者だからだね、やっぱり。
小林 そうなんですかね?
糸井 なんかそんな気がするなぁ。
やっぱり一緒くたにさせられちゃいそうなのをさ。
種類違うなっていうことは、
両方上だと思ってるよね、自分のことをね。
小林 そうかなぁ。
糸井 きっとね。そっちの役が来ることもあるし、
こっちの役が来ることもあるよね?
小林 ああ〜。
糸井 おもしろいね。
薫ちゃんのその馬関係の話は
結構俺は気圧されるんだよね。
本気で言ってる感じがして、
ちょっとうらやましくなるんだ。
小林 ていうのは、僕がまだ生産者として
未知な部分があって。
配合とか出てくるんですよね。
速い馬と速い馬を掛け合せたら、
もっと速い馬ができる。
その速い馬と速い馬で、また速い馬ができる。
一応そういうので犬なんかも
改良されてきたんですよ。
飯島 あ、そうなんですか。
小林 足の短いやつ同士で
ダックスフントを作っていったように。
錦鯉でもそうなんですけど、あるんですよね。
ところがそういう人知を越えちゃうときがあるんですよ。
糸井 うん。
小林 そこがまだ解明されてないことなんです。
たいがいがそうなんですよ。
あるいは、馬って、売れるとか売れない、
マーケットがありますから。
欲しい人はやっぱりいい馬といい馬の
間に生まれた子どもを欲しいんですよ。
飯島 高いですよね?
小林 そう。高いんですよ。
だけれども、その子が走るとは限らない。
そうすると、妥協して作った馬で
値段も頃合いだからっていって作った馬が、
たまたま走るっていう場合があるんです。
だから、そういうのが人知を超えちゃうんで。
飯島 そうですよね。人間だって、
必ずしもきれいな人ときれいな人で
かわいい人が生まれるわけじゃないですよね。
── 小林さん、この馬の話って
書いても大丈夫ですか?
糸井 いいんじゃないんですか、別に。
小林 大丈夫じゃないですか?
── はい、わかりました。ありがとうございます。
糸井 言い忘れたこととか、質問とか、
「おいしいですね」とか、
そろそろ言ったほうがいいんじゃないですか、
まとめて。
小林 いやいや、さっき言ったように、その、あのぅ、
糸井 (笑)。
小林 そうなんだけど、
食についてのスタンスみたいなのが、
俺すごく糸井さんに興味がありますね。
なんだかんだって結構
気をつけてるなっていうのが。
さっき言ったけど。でも、そうでしょう?
糸井 薫ちゃん、何を見てるんだ、俺の?
(つづきます)


2010-07-13-TUE


(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN