縦3メートル、横4メートルもの大画面を、
先端1ミリ以下のペン先で埋める。
それも「3年3ヶ月」という時間をかけて。
東日本大震災をモチーフにした、
「超絶技巧」による、巨大な細密画。
‥‥と書くと、すごみや威圧感ばかりを
感じてしまいそうですが、
その実、画面には明るさが満ちています。
一大建築物みたいな「誕生」を描いた
池田学さんに話をうかがいました。
現在は金沢21世紀美術館で、秋には東京で。
ぜひ遠くから、近くから、見てほしいです。
担当は「ほぼ日」奥野です。
Profile池田学さんについて。
- ──
- モチーフは「震災との共生」ということで、
画面には満開の花が咲いていますが、
花を描き入れることに、
はじめは、少し躊躇があったそうですね。
- 池田
- ええ。
- ──
- それは、どうしてですか?
- 池田
- やはり「花」に託される復興のイメージって、
とても「強い」ものだと思うんです。
- 桜が満開になってハッピーエンド、みたいな。
それだと、あまりに陳腐だなあと思っていて。
- ──
- 花というものが、
シンボリックな「強さ」を持っているだけに。
- 池田
- つまり「震災との共生」をテーマとする絵に
「花」を描き入れるためには、
きちんと説得力を持った世界観がない限りは、
難しいぞと思ったんです。
- 花を描いても大丈夫だって、
自分を納得させるのに、時間がかかりました。
- ──
- どう納得させたんですか?
- 池田
- はい、花を描きはじめたのは、このあたり‥‥
2015年11月くらいで、
全体を描き終えたのが2016年の11月だから、
まる1年くらい、
どうやって描こうか考え続けてるんです。
- ──
- 考え考え、花を、描いていったんですね。
だんだん増えてますね、花の「分量」が。
- 池田
- 最終的には「満開」になりましたが、
最初、ちょこちょこと描いていた段階では、
大部分は「枯れ枝」で、
咲いている花は、
そんなになくってもいいかなあ、とか‥‥。
- けっこう長いこと
「どうしよっかな、どうしよっかな」
と考えながら、花はとりあえず置いといて、
そのまわりを描いたりしてました。
- ──
- 花が「満開」の方向に進んだきっかけって、
何か、あったんですか?
- 池田
- たぶん「これ!」という一点はなくて、
そのときに
自分の身のまわりに起こったこと‥‥
親友が亡くなったり、
自分に子どもが生まれたり‥‥だとか。
- ──
- ええ。
- 池田
- たとえば、そのような、
つらい出来事とかうれしい出来事とかが、
当時の時間の流れのなかで、
からまりあった結果かなと思います。
- ──
- たしか制作期間中に、
利き腕の右手を、怪我されていますよね。
- 池田
- はい、そのことも大きかったです。
- スキーで転んで脱臼しちゃったんですが、
それが2016年1月だったので。
- ──
- あー、花を描きはじめたあたり。
- 池田
- 3年で描き終えるという区切りもあって、
完治を待っているわけにもいかず、
治るまでの3ヶ月、
ずうっと、左手で描いていたんです。
- ──
- そんなこと、
したことなかったわけですよね?
- 左手で絵を描く、なんてことは。
- 池田
- ないです。
- ──
- すごい‥‥あたまのなかに
何をどう描くべきか浮かびさえすれば、
左手でも描けるんですか?
- 池田
- もちろん、最初はぜんぜんダメでしたが、
徐々に左手で描くのにも慣れてきました。
- その間、右腕の脱臼も、
少しずつ、治っていくわけですけど、
そのとき、自分の神経が、
少しずつ、つながっていくような感じを、
実感していたんです。
- ──
- ええ、ええ。
- 池田
- というのも、怪我の直後は
もう、ぴくりとも動かなかった右手が、
1週間後には
ちょっとだけ動くようになって、
さらに何日かしたら、
今度は、上にあげられるようになって。
- 壊れてしまった部分が、
じょじょに蘇生していくような感覚を、
感じていたんです、毎日。
- ──
- なるほど。
- 池田
- そうするうちに、
自分の壊れた右腕の死んでしまった神経が
生き返っていくプロセスと
シンクロするように、
絵のなかの枯れ枝も、伸びていったんです。
- ──
- はー‥‥。で、花が咲いた。
- 池田
- うん、最終的には満開の花が咲きました。
- ──
- で、右腕も治った、と。おもしろいです。
- 池田
- ただ‥‥。
- ──
- ええ。
- 池田
- 見せかけの花なんです、これ。
本物の花じゃなくて、人工的な花なんです。
- ──
- え、そうなんですか?
つまり、そういうものとして描いた、と。
- 池田
- そう。一見、復興への希望の花が満開って、
思うかもしれませんけど、
近くに寄って見てもらうとわかるんですが、
すべて「人工物」として描いてます。
- ──
- たしかに‥‥本物の花とはちがいます。
- よくよく見ると、
ピンクの風車(かざぐるま)だったり、
ピンクのスクリューだったり
ぜんぜん花じゃないものも混じってる。
- 池田
- 花みたいだけどじつはガレキだったり、
ピンクに塗ったガラクタだったり、
つまり、ほんとは咲いていないんです。
- 花は、まだ‥‥ひとつも。
- ──
- それはつまり、そういう思いがあって?
- 池田
- やっぱり、震災からの復興って、
まだまだ道のりがあると思うんですね。
- だから、満開に咲き誇っている花も、
じつは見せかけの人工物で、
本当には大地に根付いていないから、
強い風が吹いたら、
ぜんぶ丸ごと吹きとんじゃって、
あとには
裸の枯れ木しか残らないかもしれない。
- ──
- ええ。
- 池田
- これからさらに長い時間をかけて、
少しずつ、少しずつ、
戻っていくプロセスがあるという事実、
本当の花が咲くまでには、
もっと長い年月が必要だという事実を、
自分のなかできちんと消化して、
その表現として
「人工の花を描く」と決めるまでには、
かなり、時間がかかりました。
- ──
- そこのところが、つまり、
「自分を納得させる世界観」だった。
- 池田
- はい。
誕生
2013-2016
紙にペン、インク、透明水彩
300×400cm
photography by Eric Tadsen for Chazen Museum of Art
©️IKEDA Manabu
Courtesy Mizuma Art Gallery, Tokyo / Singapore
池田学さんの展覧会、
金沢21世紀美術館で開催してます。
画集『The Pen』も発売中。
3年3ヶ月もの時間をかけて、
縦3メートル、横4メートルの大画面を、
先端1ミリ以下のペンで埋めた大作
「誕生」をはじめ、
池田さんの画業20年の全貌がひろがる展覧会
『池田学展 The Pen ー凝縮の宇宙ー』が
金沢21世紀美術館で開催中です。
会期は7月9日(日)まで。
青幻舎から刊行されている同名の画集も、
たいへんすばらしいのですが、
機会があったらぜひ、
実際に見ていただきたいなと思いました。
下から見上げたときの壮大さ、
間近で凝視したときの緻密さ。
やっぱり実物の迫力は、すごかったです。
秋には東京にも巡回するみたいですよ。
(日本橋高島屋で9月27日~10月9日)
池田学さん展覧会情報!
(2017年8月2日 追記)
東京・市ヶ谷のミズマアートギャラリーで
大作『誕生』を中心にした展覧会を開催中
(2017年9月9日まで)。
また、佐賀・金沢で開催した巡回展
『池田学展 The Pen -凝縮の宇宙-』も
東京・日本橋高島屋で開催されます
(2017年9月27日~10月9日)。
池田学展 The Pen ー凝縮の宇宙ー
- 会 場:
- 金沢21世紀美術館 展示室1~6
- 会 期:
- 2017年7月9日(日)まで ※終了しました
- 時 間:
- 10時~18時(金・土曜は20時まで)
- 電 話:
- 076-220-2800
※入場料金など詳しくは
展覧会の公式サイトでご確認ください。
池田学『The Pen』(青幻舎刊)
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