キーンコーンカーンコーーン!
池上彰さんを「ほぼ日」にお迎えして、
糸井重里と2時間の特別授業が行われました。
NHKの記者、首都圏ニュースのキャスター、
『週刊こどもニュース』のお父さんを経て
ジャーナリストとして大活躍中の池上さん。
どんなジャンルでも、わかりやすく解説してくれる
「池上彰」という新しい職業ができたのでは?
そんな池上さんの居場所ができるまでのお話を、
即興解説を交え、たっぷり全13回でお届けします。
- 糸井
- ぼくからも質問をいいでしょうか。
池上さんが注目している人物や国、組織にも、
「これはないな」とか「これはひどいな」と
感じるようなものがあるかなと思うんです。
人間の思考にはパターンがあるので、
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」で
全否定するのは非常に簡単ですけれども、
「本当は嫌なんだけど、ここはいい」と言えるのは
とても知的な難しいことだと思うんです。
それでも、池上さんはそれができますよね。
それは何か、自分に課しているものがあるんですか。
- 池上
- まずは「冷静に見よう」ということなんです。
たとえば中国との問題もいろいろありますが、
軍事的なものや、政治的な自由のなさとか、
いろんな嫌な面がある一方で、
だからといってそこにいる一人ひとりの人々が
嫌なヤツというわけではありませんよね。
圧倒的な独裁ではあるんだけど、
その結果、深圳(シンセン)の自動車を全部、
電気自動車に切り替えて空気をきれいにし、
大気汚染があっという間になくなっちゃった。
こういうことは評価できるわけですよね。
日本もいいところばかりじゃなく、
悪いところもあります。
それぞれの国でとんでもないところもあれば、
一方でいいなあと思うところもあります。
大切なのは、冷静に見ようという姿勢です。
- 糸井
- 池上さんご自身が「坊主憎けりゃ」を
やっていた時代もあったんですか?
- 池上
- その国に行く前までは、
ステレオタイプなものの見方もあって、
「どうせこうだろう」と思って行ってみたら
「あれっ、違った!」ということはありますし、
見てみなきゃわからないことはありますよね。
- 糸井
- 手足を使ったおかげで得られた情報ですね。
- 池上
- 私は北朝鮮に2回行きましたけど、
行く前はとんでもない国だと思っていたし、
行った後でもとんでもない国だと思う一方で、
あそこにもやっぱり庶民の暮らしがあって、
人々のささやかな喜びもあるわけだし、
気高い生き方をしている人もいます。
この目で見ていると、
まとめてダメな国とは言えなくなりますよね。
- 糸井
- みんながそう思っていたら、
いろんなことが前進しそうですけどねえ。
ぼくからも質問してしまいました。
他に質問はありますか?
- ほぼ日
- 『未来世紀ジパング』で、池上さんが海外へ
取材に行かれる回が好きで拝見していました。
今、もう一回見ておきたい国や都市だとか、
行ったことがなくて見ておきたい場所があれば、
ぜひお伺いしたいです。
- 池上
- はい、わかりました。
私は今、テレビ東京の『池上彰の現代史を歩く』
という番組でいろんな現場に行っています。
たとえば最近ですと、
フランス、スペイン、チェコ、ハンガリーですね。
パリ5月革命、スペイン内戦、
プラハの春、ハンガリー動乱とは何だったのか。
これから11月、12月にかけて放送します。
視聴率的には苦戦すると言われる
日曜日のゴールデン(夜7時54分~9時54分)
ですけど、いろいろ出てくるのでご覧いただければ。
- 糸井
- 今のテーマ、全部おもしろいですね。
- 池上
- おもしろいでしょう?
パリ5月革命もプラハの春も、
そして日本の学生反乱も1968年なんです。
68年に何があったのかっていうのは
おもしろいなと思いますけど。
- 糸井
- うん、おもしろい。
- 池上
- あと今度、アメリカのハリウッドに行くんですよ。
ハリウッドの赤狩り、レッドパージがテーマです。
戦後アメリカでは共産主義者と疑われた人が
次々にハリウッドから追放されていくんです。
三流の役者だったレーガンは、
ライバルのことを次々に密告して追い落として
自分がだんだん上にいきます。
実はそういう信じられない時代があった、
といった話を取材に行く予定です。
あと、まだ行けていないけれど
行ってみたい国はマケドニアですね。
- 糸井
- マケドニアですか。
ぼくは何も知らないです。
- 池上
- 今、すごくおもしろい国なんですよ。
マケドニアは旧ユーゴスラビアにありますが、
ユーゴスラビアがバラバラになったでしょう?
そのときにマケドニアって独立国をつくったら、
すぐ南隣のギリシャが怒ったんですよ。
「マケドニアというのは古代ギリシャの名前だ」と。
- 糸井
- はあー。
- 池上
- 要するに、世界史を見ると、
今のマケドニアとギリシャのあたりは全部、
古代のマケドニアだったんですね。
マケドニアといえば、
アレクサンドロス大王を意味します。
ねえ、英雄でしょう?
「大英雄を出したマケドニアの名を勝手に使いやがって」
とギリシャの人たちが怒ったんです。
それで、マケドニアがEUに入ろうとしたら
ギリシャが反対してEUに入れない。
その結果、マケドニアとギリシャが相談をし、
マケドニアは北マケドニアという名前に
国の名前を変えることになるんですよ。
- 糸井
- 「マケちゃった」んですね(笑)。
- 池上
- うまいですね(笑)。
仕方ないから、マケドニアは
「名前を変えるんだけどいいですか?」
という国民投票を9月30日にやったんです。
賛成が90パーセントを超えたのですが、
投票率50パーセント以上で有効なのに
投票率が37パーセントしかなくて、
非常に中途半端なことになっちゃった。
賛成が多いんだけど有効にはならないんで、
マケドニアがどうしようか考えているところです。
- 糸井
- 名前の問題だけじゃないですよね、きっと。
- 池上
- ここに突然、世界史が出てくるわけです。
マケドニアは、国連に加盟するときに
国名で妥協をしましてね、
「マケドニア旧ユーゴスラビア共和国」
という名前で国連に加盟しています。
- 糸井
- あのあたりの土地って、
案外スポーツとかは盛んですけど、
ついこの間まで戦争をやっていたような
国だらけですよね。
いろいろ知ったら、ややこしいんだろうなぁ。
- 池上
- バルカン半島っていうのは
おもしろいですから。
- 糸井
- ひと昔前までは、
ソ連とアメリカだけの「赤勝て、白勝て」で
わかりやすく考えていた時代もありましたが、
中東問題が出てきたことで複雑になりました。
さらに、マケドニアあたりも出てきちゃって、
世界史本来の正しいややこしさに戻った気がします。
- 池上
- そう、世界史が今も脈々と
波打っているんだとわかりますよね。
たとえばね、昔はチェコスロバキアが
チェコとスロバキアに分かれました。
あるいはセルビアとか、スロベニア。
これらの国旗は全部、スラブカラーなんですよ。
赤・青・白の3色です。
ロシアの国旗って、横に赤青白ですよね。
あれはスラブカラーといって、
スラブ民族のカラーなんですよ。
スロベニアも、スロバキアも、チェコも、
みんなあの旗のあの色がベースなんですよ。
国旗を見れば、もともとスラブ人の国なんだとわかる。
ここでお互いの連帯感があるんだと見えてきます。
- 糸井
- 実は連帯感があるんですね。
ちょっとスラブの旗を見てみましょう。
あ、この色ですね。
- 池上
- すごい、国旗が全部出るんですね。
そうそう、この赤白青の3色です。
- 糸井
- この一帯は、みんなそうですね。
- 池上
- これ、全部スラブ系です。
国際情勢を理解するうえで、
「なぜセルビアがこんな行動をするんだろう。
あっ、背後にロシアがあるんだ!」
ということがわかるんですよ。
さっきのマケドニアもそうですけど、
紀元前4世紀の話が、突然今に生きてくるんです。
ああ、世界史って続いてるんだなと思いますよね。
- 糸井
- 池上さんが本をお書きになっているのは、
世界史の知識を現代史の中に
入れていこうっていうことなんですね。
- 池上
- そうですね。
- 糸井
- そりゃあおもしろい。
(つづきます)
2018-12-09-SUN
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN