池谷 | ことば以前の人類、 という話で思い出したんですが、 ネアンデルタール人の遺伝子について、 最近、おもしろいことがわかってきたんです。 |
糸井 | いいなぁ。 ぜひ、聞かせてください。 |
池谷 | ネアンデルタール人の 遺伝子の解析が今年終わったんですよ。 すると、おもしろいことがわかったんです。 じつは、私たち人類の遺伝子のなかに、 ネアンデルタール人の遺伝子が 1パーセントから4パーセントぐらい 入ってるんです。 |
糸井 | ‥‥‥‥混血? |
池谷 | そう、混血してるんですよ。 ただ、その一方で、 ネアンデルタール人のミトコンドリアには、 混血してるという証拠はなかったんですよね。 これは、重要なことを意味しています。 だって、ミトコンドリアは母系遺伝しますから。 つまり、どういうことかというと、 たぶん、そこまで明確に学会で 報道されてはいないんですけど、 私が推測するに、人類のメス、つまり女性と、 ネアンデルタール人の男性による 混血だったんじゃないかと。 |
糸井 | ほーーー。 |
池谷 | で、あくまでも想像になりますが、 ネアンデルタール人って、 体重が80キロ以上もある大男です。 筋骨隆々で、毛深くて。 ちょっと語弊がありますが、 人間というよりは、まだ獣に近い。 その大男に、ふつうは発情しないと思うんです。 |
糸井 | まぁ、そういう趣味はさまざまだとしても(笑)。 |
池谷 | ええ、あくまで私の前提ですが(笑)。 となると、発情期のネアンデルタール人の男が、 人類の女性を襲ったのだろうか、とかね。 なんていうんでしょう、過去のことなので、 ほんとうのところは、まったくわからないんですよ。 でも、なにが起こったかを考えると興味深いんです。 もしそれが正しいとすると、 その遺伝子が残っているということは、 混血の子どもが保護されたということですよね。 その母親やヒトの集落は、 その子を、排除しなかった。 だからこそ、その子は成長して、しかも結婚して、 子孫を残しているわけです。 これって、かなりすごい高度な コミュニティだったんじゃないかと私は思うんです。 |
糸井 | なるほど、なるほど。 |
池谷 | そして、もうひとつ味わい深い事実がありまして、 人類って遺伝子的にいうと、 大雑把に2種類いるんです。 つまり、黒人と、黒人以外なんですけど。 |
糸井 | そうなんですか。 |
池谷 | はい、かなり粗い分類ですが、 2種類に分けられるんですよ。 つまり、たぶん、こういうことです。 そもそも、私たちの祖先である人類は アフリカで生活していました。 そして、10万年くらい前にアフリカを出て行くまで ずっとアフリカで生活していたんです。 約10万年、アフリカを出て行った人類は、 ヨーロッパやアジア圏に移り住み、 それぞれ、白人と黄色人種になりました。 アフリカに残った人類は、アフリカ黒人になりました。 |
糸井 | ほう、ほう。 |
池谷 | 一方、そのまえに誕生したネアンデルタール人は、 やはりアフリカで誕生したあと、50万年以上前に、 ヒトよりも先にアフリカを出て行ってるんです。 これがなにを意味するかというと、 つまり、その後、アフリカを出て行ったヒトが、 ヨーロッパやアジア圏で ネアンデルタール人と出会った。 そして、交雑が起こったわけです。 だから、いまのアフリカの黒人たちには、 ネアンデルタール人の遺伝子は残ってないんですよ。 |
糸井 | はーーーー! |
池谷 | ということは、種としての純粋性で見たら、 彼らのほうは純血の血統書付きで、 我々は雑種なんですよ。 |
糸井 | なるほど、なるほど。 いやー、そうか。 |
池谷 | そのあたりをね、考えていくと、 ものすごく味わい深くって。 |
糸井 | たしかに、たしかに。 |
池谷 | だって、ネアンデルタール人の ゲノム解析した研究者たち自身が 驚いたと言っていますからね。 「うわー、自分たち、混血なんだ」って。 |
糸井 | いや、それは、語りたくなる話題ですね。 研究者ばかりじゃなく、一般人にとっても。 |
池谷 | ええ、ふだんは研究の話は 自宅ではほとんどしないんですけど、 この話題に関しては妻と盛り上がりました(笑)。 |
糸井 | ふふふふふ。 それは、話題のせいもあるけど、 いちばんは、話しているときの 池谷さんの目の色が違うからでしょう。 |
池谷 | うーん、そうなんですかね(笑)。 |
糸井 | きっと、話すときの熱意が違うんですよ。 |
池谷 | そうですかねぇ。 まぁ、でも、これはもう、 絶対に治らない自分の癖かもしれません。 やっぱり私はサイエンスが好きなんですよね。 |
糸井 | いいなぁ(笑)。 |
池谷 | なんで好きなのか、 理由はわからないんですよ、自分でも。 なんでこんなに好きなんでしょうね。 わかんないですね。 |
糸井 | ははははは。 |
池谷 | 実験とか、もうしんどくて、 体がついてこない部分もあるし、 細かい字も見えなくなってきてるから、 昔ほどはできないんですけど、 でも、科学、サイエンスは好きなんですよね。 なんででしょうね? |
糸井 | 本気で不思議がってますね(笑)。 |
池谷 | これだけは、やっぱり、昔から変わんないですね。 今後も、このままいくんでしょうね、きっとね。 |
糸井 | あのさ、それを自分で言い出しちゃって けっこう苦しそうにやってる人っていますよね。 「オレはすごい女好きだからさ」って言いながら その看板のために行動してる、みたいな。 |
池谷 | ああ、はい(笑)。 発言したことの奴隷になっているタイプですね。 |
糸井 | それは、たのしく見せてはいるけど、 やっぱりどこかでうそをついてますよね。 その看板がなくなっちゃうと 自分じゃなくなっちゃうから、 みたいなことで、苦しそうにやってる。 でも、ほんとうに好きなことの話って そういうのとはまったく違いますよね。 たとえば、こないだNHKで ふたりの料理人が同門で盟友でライバルで、 っていうドキュメンタリーを観たんだけど、 ふたりが料理の話をするときの表情がよくてねー。 その料理人どうしが夜中に会って、 「ハモに包丁をどう入れる?」なんて 話し合ってるのを見るとね‥‥。 |
池谷 | ああ、ほんとに好きなんでしょうね。 |
糸井 | 好きなんでしょうねぇ。 そういうことでしょう、池谷さんも。 |
池谷 | ええ。 でも、なんなんでしょうね。 好きだからやってるとしか言いようがなくて、 だから、苦しいとは思わないし、 基本的には、だから、休みたくないんですよ。 でも、今年はすごく久しぶりに 休暇をとるんですけど。 |
糸井 | あ、そうですか。 それは目的があって? |
池谷 | サルを見に行くんです。 ある離島に、めずらしいサルがいて、 おそらく進化の系図が‥‥。 |
糸井 | 好きなんですねぇ(笑)。 |
(つづきます) |
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2010-10-11-MON |