糸井 |
最後に、もう一度テーマに帰りますが、 「やりはじめないとやる気は出ない」というのも、 思えば、今日、くり返し出てきている 「まず事実が先にある」という話ですよね。 |
池谷 |
そうですね。身体事実がまずある。 そこにあとから脳が そこへ適応していくというか、 事実への解釈が「後づけ」で起こる。 |
糸井 |
それを知ってるだけで ずいぶんいろんなことがやりやすくなりますよね。 |
池谷 |
たとえば、朝、 眠いのに起きなきゃいけないとかね、 そういう葛藤もなくなるんです。 横になってたらいつまで経っても眠いんです。 体のスイッチが入ったら、脳は追随する。 つまり起きる。 そうすると目が覚めるじゃないですか。 そういうことで、面倒なことが だいぶ楽になるんですよね。 やる気にならなくても、 やりはじめればそのうち気分乗ってやるでしょ、 みたいな感じを持ってると、 たぶんすごく楽になるんです。 |
糸井 | うん。それは、勇気づけられる。 |
池谷 |
けっきょく、身体しか スイッチないよなぁっていう。 |
糸井 | 「脳の気持ちになって考えれば」。 |
池谷 |
「脳の気持ちになって考えれば」(笑)。 ぼくらは脳に手を突っ込んで、 ぐるぐる探りまわして やる気のボタンを押すわけにいかないんです。 脳も外が見えないかもしれないけど、 我々も脳にアクセスできないんですよ。 身体を動かさないかぎり。 |
糸井 | そのとおりですね。 |
池谷 |
だって、私自身、 自分の生活態度が変わりましたもの、やっぱり。 |
糸井 |
ぼくも、笑顔や明るさの話は 自分で実感できてるしね。 人が先に笑顔になってくれると 相手がうれしいから、笑顔が返しやすくなる。 もう、当たり前のことですよね。 あのね、ちょっと前に、フィギュアスケートの ジョニー・ウィアーがここに来たんですよ。 ジョニー・ウィアーってご存じですか。 バンクーバー五輪のときに、 男子のフィギュアスケートの選手で、 6位になった人なんですけど、 スケーティングも、美意識も、独特で、 覚えてないかな、バンクーバー五輪で、 メダルをとれなかったんだけど、 真っ赤なバラの冠をファンからもらって ニコニコしながら手を振ってた人。 その人のスケートがぼくは大好きで。 |
ジョニー・ウィアー選手 |
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池谷 |
ああ、いまわかりました。あの方ですね。 決勝の放送を観てましたよ。 |
糸井 |
そう、そのジョニーが、縁がつながって、 ここに来てくれることになったんです。 もちろん、ぼくらはウェルカムなんですけど、 そのときやって来た彼が、なんていうか、 ぼくらのウェルカムを上回るような、 すごくいい笑顔をしてたんですよ。 |
池谷 | ああー。 |
糸井 |
ぼくらはぼくらなりに、 大事な人が来てくれるっていうときの 緊張感がありますから、 彼がそれをぜんぶ超えちゃうような 笑顔を見せてくれたときに、 その緊張感がいい方向に弾けて、 ほんとにいい場所ができたんですよね。 |
池谷 |
つまり、笑顔という事実ひとつだけで、 あっという間にファンになることができる。 |
糸井 |
そう、素敵でしたねぇ、あれは。 ほんと、みんな、ファンになっちゃった。 わざとらしくなくて、ほんとうに 気持ちのいい笑顔だったんですよ。 「泣いてるときも、笑顔で」って ジョニーは言うんです。 で、実際、「あなたもそうでしょ?」って言って その場でニコッと微笑むんですよ。 するとね、ロジックなんかなくても、 みんなに笑顔がうつっちゃうんです。 |
池谷 | それはすごい。 |
糸井 |
素敵ですよねぇ。 その、精神論ではなく、 事実としての「笑顔の力」というか。 皮肉といえば皮肉なことですけど、 たぶん、その事実としての「笑顔の力」を、 不幸な人ほど信じられなくなるんですよね。 そんなことをしてなんになるんだ、って。 |
池谷 |
どっちが先か、わからないですけどね。 不幸だから信じられないのか、 信じられないから不幸に感じるのか。 |
糸井 |
そうですねぇ。 思えば、「しあわせ」っていうのも、 「後づけ」の概念ですよね。 |
池谷 |
まったくそうですね。 過ごしてきた過去に向かって名前をつけてる。 |
糸井 |
あのね、ぼくが、たまに、 身内の結婚式のスピーチを頼まれたとき 結婚する男女に贈ることばがあってね。 それは「しあわせになる義務はない」っていうの。 |
池谷 | なんだかおもしろいですね(笑)。 |
糸井 |
こうやって、 親戚や友だちが大勢集まったりすると、 お二人は、しあわせでならねばならぬ、という 義務を背負ったつもりになってるでしょう。 でも、それは義務じゃないですよ。 しあわせになんかなんなくったって、 いいんですよ、っていうのが、 ぼくのお祝いのことばになってます、最近。 だって、そんなことに追われちゃダメだよ。 しあわせになんなきゃと思ってたら、 人に見せるしあわせになっちゃうからね。 |
池谷 | ああー。 |
糸井 |
見えやすいしあわせなんか追っかけたって、 ありっこないんだから。 あとで振り返って、ああ仲よくできたね っていうくらいで十分だから。 まぁ、そんなようなことをしゃべってるとね、 一同、狐につままれたような表情になって、 うやむやのままスピーチが終わるんですけど。 |
池谷 | ははははは。 |
糸井 |
しあわせになろうと思ってた人が、 どう不幸になったかって歴史は 結婚にかぎらず、いっぱい見てますからね。 自分でも、小さくたくさんやってますよ。 これがしあわせなんだっていう枠に、 自分たちを当てはめたくなっちゃうんだよね。 |
池谷 |
だから、ある意味では、 「夢に向かって突き進む」っていうのが ひとつのダメなパターンですよね。 |
糸井 | そうですね(笑)。 |
池谷 |
ふつう、夢を持つことは美徳とされますけど、 ほんとはダメだと思うんですよ。 ノーベル賞をとりたいからやるとかね、 文化勲章がほしいからやるとかね。 こういう発見がしたいとか、 最初に決まってるのは変だと思うんです。 |
糸井 | つまり、動機は、「愉快だから」とかね。 |
池谷 |
そうそうそう(笑)。 もう好きでやってるという事実しかない。 |
糸井 |
それを積み重ねていって、 あとから名前がつけばいいんだよね。 「ノーベル賞」とか「しあわせ」とか。 |
池谷 | そう、「後づけ」で。 |
糸井 |
そういえば、 「やりはじめないとやる気は出ない」 っていうことばを掲載させてもらってる 「ほぼ日手帳」っていうのは、 完全に「後づけ」の手帳なんですよ。 あの、世間一般によくある、 「成功するための手帳」っていうのは、 だいたい「まず目標を書き込みましょう」 っていうところからはじまるんですね。 で、それに向かって逆算で努力しましょうって。 一方、「ほぼ日手帳」っていうのは それとは、まったく真逆にある手帳で、 なんでもいいからどんどん書いて、 書かれた日常をあとから見て、 なんだかわからないけど 「よかったな」って思えるような、 そういう「後づけ」の手帳なんです。 |
池谷 | ああ、なるほど。 |
糸井 |
つまんないことでも、日々、書いてると、 あとから読み返したときに、 「それなりにがんばったじゃないか」とか、 思えるじゃないですか。 |
池谷 |
うん。それが、いわゆる、 「しあわせ」なのかもしれません。 だって、「しあわせ」って、 未来に対して感じるものじゃないですから。 |
糸井 |
ほんとにそうなんだよな。 だから、「しあわせ」への道として すごく簡単で具体的なアドバイスをすると、 もう、食ったものを手帳に書いておくだけで、 「しあわせ」になりますよ。 |
池谷 | (笑) |
糸井 |
‥‥というわけで、池谷さん、 いつの間にかこんな時間ですし、 うどんでも食いに行きませんか? |
池谷 | ごいっしょします(笑)。 |
(池谷裕二さんと糸井の対談はこれで終わりです。 最後までお読みいただき、ありがとうございました) |
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