池谷 | 私はよく、自分がなんのために 研究をやってんのかなって考えたりとか、 自分のやりたいことってなんだろうって 考えたりします。 私のやっていることは世間からは、 神経科学、あるいは脳科学と呼ばれてます。 つまり「なんとか学」っていうことばが ついてるじゃないですか。 これってダメだと思ったんです。 「なんとか学」っていうのは、 もうすでに存在している学問のことを、 ラベルすることばであって、 自分がそこにおさまるようでは やりたいことができていないのではないかと。 |
糸井 | なるほど。 |
池谷 | そうじゃなくて、 自分がやりたいものを思うままに展開して、 できあがったものを、過去に向かって、 「なんとか学」とつけたい、 というふうに、まさに思っていて。 |
糸井 | それは、過去に向かって自分の 自由意志を確認するように。 |
池谷 | まさに、そうです。 自分のやり通したことを、過去へ向けて ことばをつけられるといいんだろうなと。 自由意志の話もそうですし、 人生のピークが何歳なのかというのも 過去に向かって後づけで感じるし、 「愛」も、「神」も、同じ後づけかもしれない。 自分のいまやろうとしてる学問っていうのは、 そういうことかなって、 ちょっと思ったんですよね、最近。 |
糸井 | いや、よくわかります。 そして、それは、 ぼくのやりたいことでもあります。 |
池谷 | あ、そうですか。 |
糸井 | うん。 ぼくもそのことは何度も考えたことがあって、 だから、その考えを行動に移そうとするとき、 なにが障害になるかを知ってるんですよ。 つまり、まずやりたいほうへ走り出すと、 近代が要求するあるものと 矛盾を引き起こすんです。 なにかっていうと「目的」なんですよ。 ちょっと大げさにいうと、 いま、人や社会は、目的や目標、 あるいは計画っていうことばなしに、 なにも許してくれないんですよ。 |
池谷 | ああー。 |
糸井 | 「ぼくのうしろに道はできる」っていえるなら それがいちばん理想的なんだけど、 そう宣言したとき、ほかの人には 「なるようになる」って聞こえちゃうんですよ。 |
池谷 | そう、まさに、そうなんです。 実際、私の姿勢は、専門学会で、 すっごく批判されるんです。 「池谷は、なにをやりたいんだ?」って。 |
糸井 | 「テーマはなんだ?」とかね。 |
池谷 | そうなんです。 「オレがやったことがテーマなんだ」 って言いたいんですけどね(笑)。 そんなえらそうなことは言えないので‥‥。 |
糸井 | 言いたいですよねぇ、それ。ほんとは。 だって、ほんとのことだからね。 言い逃れしているわけじゃなくて。 |
池谷 | そうなんですよね。 あと、なんていうんでしょう、 たとえば過去の発見とかを見てると、 必ずしも仮説検証型で科学は進んでない、 って言いたいんですよね。 |
糸井 | おおーーー。 |
池谷 | 仮説をたてて検証していくことは、 科学のトレーニングとして絶対重要だし、 私も、やりたいし、まぁ、きっとできるんですよ。 でも、そうじゃない別のやり方もあるというか、 たとえば、土星に輪っかがあるとかね、 木星の周りに衛星が回ってる っていう仮説を立てて、 ガリレオ・ガリレイは天体望遠鏡を つくったわけじゃないんですよね。 |
糸井 | そのとおりだ。 |
池谷 | あれは、天体望遠鏡をつくったら 見つかっちゃったんです。 だから、あれは目的は、なかったはずなんです。 |
糸井 | 天体望遠鏡はね。うん。 |
池谷 | きっと、おもしろいからやってみただけなんです。 |
糸井 | 欲望ですよね。 |
池谷 | そう。 そういう、個人の欲望に突き動かされての 大きな発見があるっていうことを考えると、 仮説検証型の典型的な科学とは別に、 知的好奇心先行型の科学があってもいいと ぼくは思っていて、 だからぼくはこっちを取る、っていうと、 まぁ、批判されるんですけどね(笑)。 |
糸井 | うん(笑)。 |
池谷 | でも、最近は、 「池谷はそういうやつかな」って わかってくださる先生もいらして、 ほんとうにうれしいです。 |
糸井 | あの、研究者としての池谷さんが 直面しているその手の問題って、 ぼくが営利組織としての会社を経営しているのと ほとんど同じ問題なんですよ。 つまり、目標とか目的がないと、 監査も検証も修正もできないっていうわけです。 だから、まずは、事業目標とか、経営計画を 見せなさいって言われちゃう時代なんですよ。 |
池谷 | うん、うん、そうですよね。 |
糸井 | うちは、まだまだ零細企業なんで、 そこを個人的な説明で わかってもらえたりできるんですけど、 これから規模が大きくなっていったら きっと、そうはいかないですよね。 |
池谷 | ああ、なるほど。 |
糸井 | でもね、最近、それについて考えてて ちょっとずつわかってきたんですけど、 行く方向に、まったく あてがないわけじゃないですよ。 たぶん、池谷さんにもあるんです。 だって、池谷さんも、ある朝起きて、 ふと「これやろう」と思いたって なにかをはじめてるわけじゃないでしょう? |
池谷 | あ、そうですね。それは違います。 |
糸井 | じゃないですよね。 で、なにかっていうと、 「あっちのほうにきっとなにかがあるぞ」 っていう方向なり速度なりがあるんですよ。 |
池谷 | うん、うん。嗅覚的な直感ですよね。 |
糸井 | そう。だいたいのベクトルというのかな。 で、それを「目的」とまでは呼ばないけど、 だいたいのあてとして持ってると思うんです。 しかも、言わないけど、 けっこう確信があったりして。 |
池谷 | ああー(笑)。 |
糸井 | たとえば、新しく誰かに 会ってみようというときも、 そのときにはある種の嗅覚が働いていて、 その出会いの向こうにうっすらと つぎにやるべきことの気配があったりね。 それを事業とか、目的とか、計画とか、 はっきりとは呼べないかもしれないけど、 そこでその人に会う必然性とか、 相手にとっても惹かれるなにかというのは きっとあるはずなんです。 たぶん、池谷さんの研究にも、きっと。 |
池谷 | ‥‥なんていうんでしょうね 海流に乗ってる感じなんですよ。 |
糸井 | ああ、そうそうそう。 |
池谷 | 間違いなく、どっか、いいところに行くんですよ。 |
糸井 | そのそばに自分の興味あるものが いっぱいあるんですよね。 |
池谷 | うん、そうそう。 無目的にやってるとは、私、絶対思ってないし。 たしかに、研究費の予算をとるために、 何年何月までにこういう実験をして こういう成果をあげるから、 これだけのお金が必要です、 みたいな計画をたてるのは苦手なんですけど、 きちんとわくわくできる場所に行き着く確信はある。 大きな海流に乗って、帆を立てて、 自分の好きなところに 成り行きのように進んで行ってるけども、 実際には、その都度その都度、成果を出して、 それを、きちんと発表しながら 最終的にはきちんと説明もできると思う。 ただ、それが何かは、いまの自分には 具体的にわからないだけなんです。 |
糸井 | うん。 だから、たぶん、あとは、 いつどの要素を優先させるかっていう バランスだと思うんですよね。 そこは、ある種の政治家的な手腕が 要求されるのかもしれないけど。 |
池谷 | そうですねぇ‥‥。 いま、政治家っておっしゃったんですけど、 そう、そうなんですよね。 研究者にも、政治的な仕事も含まれるって、 かつては思わなかったんですよ。 |
糸井 | それこそ、30歳のころには? |
池谷 | (笑) |
(つづきます) |
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2010-09-30-THU |