池谷 | もうひとつ、おもしろい実験データがあります。 これも、やる気の話と関係があるんですけど。 |
糸井 | 聞かせてください。 |
池谷 | もともとは、やる気が出るときに 脳のどこが活動するか、 つまり、脳のどこでやる気が生まれるのか、 っていうのを調べる実験だったんです。 やることは簡単で、 何人かにゲームをやってもらって、 ゲームのスコアに応じて賞金を出すんです。 で、そうすると、やっぱり、 やる気が出るじゃないですか。 |
糸井 | はい(笑)。 |
池谷 | さらにルールがあって、ゲームをやる前に、 画面にコインが表示されるんです。 1円と100円のどっちかが出るんですが、 それは、コンピューターが ランダムで選んで提示してきます。 で、1円が出たら、 そのゲームで得られる点数の1倍の賞金。 100円が出たら点数の100倍が獲得金になるんです。 そうすると、まぁ、当然なんですけど、 100円が出たときは、すごく気合いが入るんですよ。 そこで、MRIっていう装置を使って、 脳のなかで100円が出たときだけ 活動するのはどこかって調べれば、 やる気がどこで生まれるのかわかる。 そういう巧妙な実験なんですよ。 |
糸井 | おもしろい。 |
池谷 | ええ。私も好きなタイプの研究なんです。 この実験で、淡蒼球(たんそうきゅう) っていう部位が活動することがわかったんです。 つまり、淡蒼球がやる気に関与する脳部位だと。 そこから先の実験が、さらにおもしろくて。 1円か100円を、ほんの一瞬だけ映る、 サブリミナル映像で出したんです。 |
糸井 | ほう。 |
池谷 | 見えないんですよ、被験者には。 だから、パッとその映像を出して、 「さっきのゲームをやってください」って言うと、 だいたい文句を言うんですね。 「どっちが出たかわかんないから、 気合い入れていいかわかんないじゃないか」 って、言うんです。 でもね、ゲーム中の脳の反応を見ていると、 100円をちらっと見せたときは、 ちゃんと、その淡蒼球っていう、 脳のやる気の部分が、反応するんですよ。 |
糸井 | へーーーー、笑えるねぇ。 |
池谷 | つまり、意識はね、飾りみたいなんですよ。 意識は感じてないんだけど、 私たちの無意識って、 じつはめっちゃくちゃ敏感で、 環境にあるちょっとしたシグナルとか、 ささいな変化をきちんととらえている。 |
糸井 | うん、うん。 |
池谷 | で、もうひとつ、 さらにおもしろい結果が出たんです。 無意識がきちんと100円の画像をとらえて、 ほら、あなたの淡蒼球は、 きちんと活動してましたよって 本人に見せても納得しないんですよ。 だって、そもそも見えてなかったし、 気合いを入れたつもりはなかったんです。 |
糸井 | うん(笑)。 |
池谷 | でもですね、気合いが入ってるかどうかは、 じつは簡単に測定することができて、 それは、ゲームをやるときに使う コントロールパッドを握る握力を測ればいいんです。 |
糸井 | あ、なるほど。 |
池谷 | 気合いが入ると、力が入るんですね。 そこで、握力を測ってみると、 サブリミナルで100円を出したときのほうが、 たとえ、本人には見えていなくても、 たしかに力を込めているんです。 |
糸井 | へぇぇぇ。 |
池谷 | つまり、私たちの体は正しく反応しているんです。 体は事実を知っている。 無意識の脳、つまり淡蒼球も知っている。 知らないのは自分だけなんですよね。 |
糸井 | そこだよねぇーー。 知ってると思いたいんですよね。 |
池谷 | 自分は知らない。 でも、やっぱり、知ってるわけですよ。 個体としては、ちゃんと 正しく反応してるわけだから。 |
糸井 | すごいなぁ。 |
池谷 | このすごさっていうのを、 ぼくは、やっぱり、無視できない。 この1円と100円の実験は、 仕組みがわかっていれば、 結果を逆に利用することもできるんですよ。 |
糸井 | 逆に利用? |
池谷 | サブリミナルの映像自体は、 表示が短すぎて、私にも見えないんです。 でも、実験に参加している人は慣れてくると どちらのコインかが、わかるようになる。 あることに気づきさえすれば 「いまの100円だったでしょ?」って わかるんですよ。なぜだと思います? |
糸井 | なぜですか。 |
池谷 | 自分の手を見ればわかるんですよ。 ゲームをはじめたとき、なぜか力が入っていれば、 「あ、これ100円だ」ってわかるんです。 |
糸井 | おもしろーい。 |
池谷 | つまり、自分の体を感じることによって、 私たちは事実を知ることができる。 |
糸井 | 逆算するんだ。 |
池谷 | そうなんです。 「あ、けっこう気合い入ってるじゃん、いま」 みたいにわかるんですよ。 これはけっこう重要なポイントだと思います。 |
糸井 | じゃあ、たとえば、危険を察知するようなことも? |
池谷 | まさに、そんな実験データもあるんですよ。 緊張を感じたり、危険を感じたりすると、 皮膚の抵抗が下がります。 簡単にいうと、汗をかくんですね。 そこで、皮膚の抵抗を測ると、 緊張してるかどうかがわかる。 うそ発見器に使われている原理ですね。 |
糸井 | あー、はい。 |
池谷 | たとえばAとBという ふたつのスロットマシーンがあったとして、 どっちかは得するようにできていて、 どっちかは損するようにできている。 でも、ものすごく微妙な差しかなくて、 ほとんど同じように感じるんだけど、 20回とか30回とかやると、 Aのほうが得して、Bのほうが損するぞと、 なんとなくわかってきます。 おもしろいことに、意識で判定できるよりも、 ずっと先に皮膚はもう反応しているんです。 20回試して「Aのほうがいいらしい」と 気づくよりもずいぶんまえに、 皮膚は、Bを選ぼうとすると、 「ヤバい、そっちを選ぶな」っていう 反応を出すんですよ。 |
糸井 | はぁーーー。 |
池谷 | 本人は気づいてないんですよ。 でも、実際には体に変化が出ている。 そういうことを踏まえて考えると、 意識がなにかを感じるのは、 事実が意識に届くというよりも、 自分の皮膚とか体に現れた症状を 意識が観察しているという 可能性が高いんですよね。 |
糸井 | はぁー。 |
池谷 | 「おや、いま鳥肌立ってるぞ、 これはまずいのかもしれない」というふうに。 |
糸井 | 「後づけ」だ。 |
池谷 | 「後づけ」ですね。 |
(つづきます) |
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2010-10-04-MON |