第6回 1円と100円の実験。
池谷 もうひとつ、おもしろい実験データがあります。
これも、やる気の話と関係があるんですけど。
糸井 聞かせてください。
池谷 もともとは、やる気が出るときに
脳のどこが活動するか、
つまり、脳のどこでやる気が生まれるのか、
っていうのを調べる実験だったんです。
やることは簡単で、
何人かにゲームをやってもらって、
ゲームのスコアに応じて賞金を出すんです。
で、そうすると、やっぱり、
やる気が出るじゃないですか。
糸井 はい(笑)。
池谷 さらにルールがあって、ゲームをやる前に、
画面にコインが表示されるんです。
1円と100円のどっちかが出るんですが、
それは、コンピューターが
ランダムで選んで提示してきます。
で、1円が出たら、
そのゲームで得られる点数の1倍の賞金。
100円が出たら点数の100倍が獲得金になるんです。
そうすると、まぁ、当然なんですけど、
100円が出たときは、すごく気合いが入るんですよ。
そこで、MRIっていう装置を使って、
脳のなかで100円が出たときだけ
活動するのはどこかって調べれば、
やる気がどこで生まれるのかわかる。
そういう巧妙な実験なんですよ。
糸井 おもしろい。
池谷 ええ。私も好きなタイプの研究なんです。
この実験で、淡蒼球(たんそうきゅう)
っていう部位が活動することがわかったんです。
つまり、淡蒼球がやる気に関与する脳部位だと。
そこから先の実験が、さらにおもしろくて。
1円か100円を、ほんの一瞬だけ映る、
サブリミナル映像で出したんです。
糸井 ほう。
池谷 見えないんですよ、被験者には。
だから、パッとその映像を出して、
「さっきのゲームをやってください」って言うと、
だいたい文句を言うんですね。
「どっちが出たかわかんないから、
 気合い入れていいかわかんないじゃないか」
って、言うんです。
でもね、ゲーム中の脳の反応を見ていると、
100円をちらっと見せたときは、
ちゃんと、その淡蒼球っていう、
脳のやる気の部分が、反応するんですよ。
糸井 へーーーー、笑えるねぇ。
池谷 つまり、意識はね、飾りみたいなんですよ。
意識は感じてないんだけど、
私たちの無意識って、
じつはめっちゃくちゃ敏感で、
環境にあるちょっとしたシグナルとか、
ささいな変化をきちんととらえている。
糸井 うん、うん。
池谷 で、もうひとつ、
さらにおもしろい結果が出たんです。
無意識がきちんと100円の画像をとらえて、
ほら、あなたの淡蒼球は、
きちんと活動してましたよって
本人に見せても納得しないんですよ。
だって、そもそも見えてなかったし、
気合いを入れたつもりはなかったんです。
糸井 うん(笑)。
池谷 でもですね、気合いが入ってるかどうかは、
じつは簡単に測定することができて、
それは、ゲームをやるときに使う
コントロールパッドを握る握力を測ればいいんです。
糸井 あ、なるほど。
池谷 気合いが入ると、力が入るんですね。
そこで、握力を測ってみると、
サブリミナルで100円を出したときのほうが、
たとえ、本人には見えていなくても、
たしかに力を込めているんです。
糸井 へぇぇぇ。
池谷 つまり、私たちの体は正しく反応しているんです。
体は事実を知っている。
無意識の脳、つまり淡蒼球も知っている。
知らないのは自分だけなんですよね。
糸井 そこだよねぇーー。
知ってると思いたいんですよね。
池谷 自分は知らない。
でも、やっぱり、知ってるわけですよ。
個体としては、ちゃんと
正しく反応してるわけだから。
糸井 すごいなぁ。
池谷 このすごさっていうのを、
ぼくは、やっぱり、無視できない。
この1円と100円の実験は、
仕組みがわかっていれば、
結果を逆に利用することもできるんですよ。
糸井 逆に利用?
池谷 サブリミナルの映像自体は、
表示が短すぎて、私にも見えないんです。
でも、実験に参加している人は慣れてくると
どちらのコインかが、わかるようになる。
あることに気づきさえすれば
「いまの100円だったでしょ?」って
わかるんですよ。なぜだと思います?
糸井 なぜですか。
池谷 自分の手を見ればわかるんですよ。
ゲームをはじめたとき、なぜか力が入っていれば、
「あ、これ100円だ」ってわかるんです。
糸井 おもしろーい。
池谷 つまり、自分の体を感じることによって、
私たちは事実を知ることができる。
糸井 逆算するんだ。
池谷 そうなんです。
「あ、けっこう気合い入ってるじゃん、いま」
みたいにわかるんですよ。
これはけっこう重要なポイントだと思います。
糸井 じゃあ、たとえば、危険を察知するようなことも?
池谷 まさに、そんな実験データもあるんですよ。
緊張を感じたり、危険を感じたりすると、
皮膚の抵抗が下がります。
簡単にいうと、汗をかくんですね。
そこで、皮膚の抵抗を測ると、
緊張してるかどうかがわかる。
うそ発見器に使われている原理ですね。
糸井 あー、はい。
池谷 たとえばAとBという
ふたつのスロットマシーンがあったとして、
どっちかは得するようにできていて、
どっちかは損するようにできている。
でも、ものすごく微妙な差しかなくて、
ほとんど同じように感じるんだけど、
20回とか30回とかやると、
Aのほうが得して、Bのほうが損するぞと、
なんとなくわかってきます。
おもしろいことに、意識で判定できるよりも、
ずっと先に皮膚はもう反応しているんです。
20回試して「Aのほうがいいらしい」と
気づくよりもずいぶんまえに、
皮膚は、Bを選ぼうとすると、
「ヤバい、そっちを選ぶな」っていう
反応を出すんですよ。
糸井 はぁーーー。
池谷 本人は気づいてないんですよ。
でも、実際には体に変化が出ている。
そういうことを踏まえて考えると、
意識がなにかを感じるのは、
事実が意識に届くというよりも、
自分の皮膚とか体に現れた症状を
意識が観察しているという
可能性が高いんですよね。
糸井 はぁー。
池谷 「おや、いま鳥肌立ってるぞ、
 これはまずいのかもしれない」というふうに。
糸井 「後づけ」だ。
池谷 「後づけ」ですね。
 
(つづきます)
2010-10-04-MON