池谷裕二さんが書いた絵本
『生きているのはなぜだろう。』が
出版されて数か月が経ちました。
いま改めて池谷さんに問いたいのは、
なぜ世界はここにあるのか、ということです。
絵本を読んでいないみなさんにも
おたのしみいただけるように、この連載では、
本の筋にふれている言葉は隠しています。
隠したまま読んでも、このインタビューは
充分たのしめると思います。
池谷さんのいる東京大学の研究室にうかがったのは、
ほぼ日絵本編集チームの永田と菅野です。
文は菅野がまとめています。
2019年9月3日(火)に、池谷裕二さんによる
『生きているのはなぜだろう。』についての
特別授業があります。
ぜひ生で、池谷さんの講義を聴きにきてください。
絵本『生きているのはなぜだろう。』を
すでに読んだ方は、
ここをクリックしてからお読みください。
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──ビックバンで、
いまの宇宙が生まれる前は、
何があったんですか?
池谷ですから、その、なんと言いますか、
「ビックバンの前は何」
という問い自体が、
存在というものを前提としているんですよ。
いま、ものが存在するとしますね?
その存在を生み出すものが
できる前はなんだったのか、
という、これはそんな問いです。
そもそも存在自体を疑ってください。
存在とは何かということを。
それを「仮に」認めたとしても、
存在という概念が成立するのは、
ビッグバンよりあとなんです。
もっと言ってしまえば、
進化の過程で人類が誕生して、
人間の脳が、脳内のピピピ信号に
アノテーション(あとづけの意味づけ)を
行うようになって以降の、ごく最近の話です。
だから、ビッグバンより前は‥‥
──もしかして、
存在という概念がなかった‥‥‥あわわわ。
池谷ないんです。
「ビッグバンの前って何だったんですか」は、
そもそも存在を前提とした質問なので、
もしそれに「◯◯でした」と
バシッと答えられたとしたら、
それは存在してしまっていることになります。
──むむーーーー。
池谷だから、ない。
何もない。
いや、「ない」という言葉は「ある」の反対語なので、
存在を前提にした言葉ですね、
だから、「ない」ですらないです。
──ははぁーーー!!
池谷考えちゃいけない。
──ひぃええ。
池谷そういうものなんです(笑)。
人間が全部理解できると思っちゃ、
ほんとうはいけないんですよ。
──じつは池谷さんに、
このようなことを教えていただくのは、
もう3回目くらいな気がしますが、
今回は身にしみました。
池谷「理解できると思ってはいけない」
ということについて、
もっと身にしみて感じていただける例があります。
私はこのところずっと、
人工知能の研究をしています。
人工知能のなかみを見るとね‥‥見たことあります?
──ありません。
池谷ごらんにいれましょう。
人工知能がいろんな判断をしている最中に、
どうなっているかを。
いまの人工知能は非常に優れていて、
デジカメで撮った写真を見せると、
「これは車ですね」「備前焼ですね」
「ダルメシアンですね」
などと判定してくれます。
これはさきほど話していた、
人間の脳がいつもやっている
「アノテーション」と同じなんです。
──人工知能がものを見て‥‥つまり、
光という電磁波を受け取って
意味づけしているときのようすを
いまから見せてもらえるんですか?
池谷内部の計算のようすです。
まぁ、人工知能のなかみって、
ただの数字なので、それ自体は
人の目には見えません。
ですが、その計算がこうなっていますよ、と
可視化することはできます。
私たちの研究室で、人工知能の計算内部を
可視化してみました。
──え‥‥‥?!?!
池谷これが人工知能の内部の計算のようすです。
──これで?
池谷人工知能はこれで、
例えば、自動運転したり、医療の画像診断をします。
あそこに通行人が渡っているから徐行だとか、
ここに悪性腫瘍があるとか、やってます。
そのときのなかみは、じつはこうなっている。
いまでは、画像診断の精度は非常に高く、
2018年以降、国の機関から正式な承認がおりて
現場で使われている人工知能もあるのです。
ただし、この人工知能の計算内容は
人には理解できません。
人工知能を作った当のプログラマー本人にすら
わからない。
──人工知能が、この計算で
何をどう考えてるのか、
ということがわからない。
池谷そう。
──人工知能は、よくわからないけれども、
なぜか正しく判断している。
池谷そうそう(笑)。
人を超越してます。
わかりやすいのは囲碁でしょうか。
いまの囲碁のコンピュータソフトは
ほんとうに強くて、プロの棋士でも歯が立ちません。
ソフト同士が対戦しているようすを観ていると、
華麗な手の連続でうっとりさせられるというより、
人間には理解不能な手をたくさん打ち合います。
あたかも囲碁が
別のゲームになったかのように見えるのです。
人工知能は、
人間にはぜんぜん思いつかない範囲から
攻めたりします。
じつは囲碁というゲームを、
人間はわかっていなかったということが
人工知能によって証明されてしまったのです。
そんなことを見ていると、
ぼくらにとって「わかる」とはなんなのかな、と
考えてしまいます。
ビッグバンも、自分たちが宇宙をわかるための
道具にすぎないんです。
あそこが臨界点です。
ほんとうは自然界って、こんな感じなんです。
──これじゃあ、ちょっとわからない‥‥。
池谷ぜんぜんわからない。
ぼくらにわかるように疑似カラー表示して
「これはコップだよ」というような具合で、
宇宙のはじまりを見せてほしい。
そうすれば表面上は「わかる」気分には浸れるから。
人工知能の計算内部だけじゃなく、
人間の脳の中だって、ピピピの海です。
人工知能の内部と
たいして変わらないと考えていいのです。
脳を開いて見ると、
神経細胞がピピピと発火しているだけです。
これは、もはや衝撃ですよ。
ただピピピ、ピピピしているだけなんです。
あのピピピがすべて、
ぼくらの感情を左右し意思決定し、
心を生み出してるんです。
人工知能も脳も変わらない、
というか、まったく同じ。
──これが心。
池谷ただただピピピ信号。
ひとつの神経細胞に着目すると
上流から入ってきた信号を処理して
「ピ」っと下流に送ってるだけです。
神経細胞は「俺は手の筋肉の動きを担当してるぜ」とか
何も考えてないんですよ、知りようもないし。
流れ作業を文句も言わずにやってるだけ。
──これが、このパラパラした絵が、
いわばほんとうの世界。