HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN

いまは走れば、
いいんじゃない?
<対談> 水野良樹(いきものがかり)× 糸井重里
3.とにかく歩き出せ。
水野
糸井さんも「やめたい」とか
思うことはあるんでしょうか?
糸井
若いとき、すぐに「やーめた」と
言っていた時期はありますよ。
そのときはやめる代わりに
「解散はおもしろおかしくやる」というのが
ぼくのやりかただったんですけど。

ただ、いまやってる「ほぼ日」とかって、
やめるつもりがなくなったことなんです。
「自分ひとりの話じゃないなあ」みたいな。

おそらく歌の人も、そういうところが
あるんじゃないですか?
聴いてくれたり、買ってくれたり、
サポートしてくれたりする人まで含めて
大きい自分、みたいな。
水野
すごくわかります。
だけどそれ、苦しくないですか?
糸井
たしかに苦しさもありますよ。
でも、喜びもある。
子供を育てるときと同じようなもので、
「義務だから育てなきゃ」とか以上に
子供が笑いかけてくれるとか、
ちょっと余計にことばを覚えたとか、
そういうのが楽しいわけで。
水野
ああ。
糸井
自分がやっていることが、周りとの関係のなかで
もくもくと入道雲みたいに広がっていく。
それは「水平線、遠いなあ」「おーい!」みたいな、
自分では作れっこない
広い海のおもしろさにも似てくるんですよね。

そしたらもう「やーめた」はできない。
だからいまはもう
「どうすればこの海を、よりよく残せるんだろう?」
みたいなことを考えています。
水野
ぼくはまだ、ぜんぜんそこまで
行けてなくてですね‥‥。

ぼくのものづくりは、もともと
「さみしさ」からスタートしていて。
糸井
いや、そうだと思うよ。
「さみしさ」はすべてですよね。
水野
10代の男の子によくある話だと思うんですが、
学校内でコミュニケーションがうまくとれない。
でも、自分の存在も認めてもらいたい。
そのときにたまたま持っていた武器が
「曲を作ること」だったんです。
そしたらクラスメイトがそれを聴いて、
「お前すごいよ」「これいいよ」とか言ってくれて。
それがすごく自分の肯定感につながって。
糸井
うん、うん。
水野
そしたら、自分は友達を作るのが
ほんとうに苦手だったのに、
路上ライブをするようにもなって。
お客さんが集まってくれて、知り合いが増えて。
人がだんだんこっちを向いてくれるようになって。
やり続けるうちに仲間も増えて。
さらにたくさんの人の助けを借りて、
大きなことをできるようになって、
そういう延長にいまがあるんですけど。
糸井
それ、すごくうれしいよね。
水野
うれしいんですよ。
そして「いきものがかり」はぼくに限らず、
3人ともそれぞれの思いがありますけど、
まぁ、みんなその「さみしさ」が
すごく大事なところがあるんです。

そんなふうに「さみしさ」から
はじまってるものですから、
この状況は、もちろん幸せなんですね。
うれしくて。

だけど、こんどはだんだんその、
もともと自分たちの夢だったことが、
「自分たちの夢だけではなくなっている」怖さに
気づきはじめていて。
‥‥たぶん、それがいまのぼくらで。
糸井
それ、怖いですよね。
水野
そうなんです。
だから、どうすればいいのか、
考えつづけているんですけど。
糸井
だけど、その怖さはこれからも
ずーっとあり続けるんじゃないでしょうか。
水野
そういうものですか。
糸井
だと思うんです。
そして、ぼくもそうですけど、
ほんとはみんないろいろな場面で
「ぜんぶやーめた」とか言いたいんです。
そうやってやめても、うまくいくかもしれないし。

それで、そういうときのぼくの感覚は
「だんだんと父親的になる」って言いかたが、
いちばん近いかもしれない。
どんなにすべてを投げ出したくても、
子供を置いていけないんですよね。
水野
ああ、なるほど。
糸井
水野さんはいま、おいくつですか?
水野
ことし34になります。
糸井
じゃあきっと、そういうことを考えながらも、
いろいろなことがおもしろくて
しょうがないんじゃない?
「ここを押したら、あっちが動いた」
みたいなことだらけで。
水野
はい、あります、あります。
糸井
だからまずは、考えることは脇に置いて、
その状況を楽しめばいいと思うけどね。
まあ、この「楽しめ」は大人の発言で、
当事者には言えないんですけど。

客観的にはそうだと思います。
大したことじゃない。
水野
それは「開き直る」とは違うんでしょうか。
糸井
違いますね。
いま、すごく大きな山に見えているものも、
実はみんなの人生でふつうにあることの
サイズ違いだけだなんじゃないかな。
だから、動けばいい。
水野
考えなくてもいい。
糸井
うん、いや、考えるかどうかって、
自分の都合なんですよ。

「どれだけ考えたか」とかって
本人はえらく価値だと思いがちなんだけど、
周りからみたら、とくに価値じゃない。

「歌を作るのが好きだ」と同じように
自分が考えたいから考えてるだけで、
ほかの人には関係ない。
昔の自分にも言ってあげたいくらいだけど(笑)。
考えても考えなくても、どっちでもいいんです。

むしろ大事なのは
「誰を喜ばせたんだろう?」
「自分は楽しかったんだろうか?」のほう。
あとで振り返ると、
気にすべきことはそっちなんですよ。
水野
そうか。
糸井
動物同士だったら、
もし餌が足りない状況があって
そこで餌をとってきたやつがいたら
ただただ「ありがたい!」じゃないですか。
そこで、餌がないことに悩んで
「餌を手に入れる意味は?」とか
「犬としての人生は‥‥」みたいなこと考えて
動き出さない犬がいても、困るじゃない?
水野
そこじゃないですね(笑)。
糸井
うん、だから考えても考えなくても
そこはどっちでもいいんだけど、
「とにかく歩き出せ」ということだと思うんです。
(つづきます)
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2016-10-25-TUE