HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN

いまは走れば、
いいんじゃない?
<対談> 水野良樹(いきものがかり)× 糸井重里
4.手ごたえより尊いもの。
水野
「考えるのではなく、歩き出せ」
といういまの話で思い出したのが、
ぼくらのキャリアで一番ヒットしたのが、
『ゲゲゲの女房』という番組の
主題歌の「ありがとう」という曲なんですね。
糸井
はい、はい。
水野
いまだから言えるんですが、
この曲、作ったときはまったく自信がなくて、
「大丈夫なんだろうか」と思いながら
出してしまったものなんです。
自分の手ごたえがなくて、すごく不安で。
だけど、それが世の中に届いていった。
糸井
いやいや、いいねえ。
水野
どうしても書き手って、自分の手ごたえを
大事にしてしまう性(さが)があって、
出したあと、世の中から
いいと言われているのを聞いても、
「それでもやっぱり、
自分がピンときてないんで、
だめなんじゃないか」
みたいに思ってたんですね。

だけどそれが、あるとき変わった瞬間があって。
糸井
うん。
水野
近所のお弁当屋さんに行ったら、
隣で同じくらいの歳の若い夫婦が
お惣菜を選んでいたんです。
そしたら、たまたま有線放送で
「ありがとう」が流れてきたんです。

すると奥さんのほうが、
「あ、『ゲゲゲ』の曲だ。私これ好き」
みたいな感じで話し出して、
そしたら旦那さんも鼻歌を歌いはじめてた。
そんなふうに、ふたりで楽しそうに
歌の話をしてるんですよ。

もちろんぼくのことなんか気づいてないし、
ただ普通の日常の会話があって。

そのとき、
「自分の手ごたえなんかより、
こっちのほうがはるかに尊いぞ」
と感じて。
糸井
はい、はい。
水野
この夫婦の何気ない日常の会話の
きっかけになったということは、
これはもう、自分の手ごたえなんかより、
じゅうぶん価値を生めているんじゃないかって。
そこで意識が変わって、
やっと「この曲はいい曲です」と
言えるようになったんです。
糸井
よかった、よかったねえ。
水野
そのことはすごく思い出に残ってて。
そういうことがあって、一気に
曲に対する考えかたが変わりました。
糸井
いまの話は、水野さんのサイズが
大きくなった感じがしますね。

たとえば実際、腹が減って死にそうな旅人の前に
ウサギがやってきて、
「じゃあ、いいことばをあげるよ」
とか言ってきても、違うんです。
旅人は、食べられるものがほしいんですよ。
「それよりおまえを食ってしまいたい」
かもしれない。

だから、ひどい話だけど、そのウサギが、
「自分を丸焼きにして食べてください」
って言ったらそれこそもう、
感謝を超えた感謝みたいになりますよね。

自分の肉って、自分が作ったものでは
ないじゃないですか。
天から与えられたもので。
それを差し出すっていうのは
すごい「ありがとう」になりますよね。
水野
なりますね。
糸井
そんなふうに、頭で考えてできたものより、
ただいる自分の存在のほうが
でかいんじゃないでしょうか。
水野
ああ、そうですね。
糸井
だから「ありがとう」なんていうのは、
タイトルからしてもう、
そのへんの石を拾ってきて置いたみたいなもので。
水野
そう、そうなんですよ。
‥‥ってきっぱり言いますけど(笑)。
糸井
その「ありがとう」は、いままでの人間が
歴史をかけて積み上げてきたもので、
頭で考えたことより、ずっとでかいわけです。
「ありがとうってことばを、俺は自分流の
もっといい感じで言い換えるぜ」
なんて、大したことじゃないんじゃないかなあ。
水野
それこそネット上の批判としては
「この曲、何も書いてないじゃないか」
と言われるんですけどね。
だけど、ぼくにしてもそこは、
「そうなんですよ!」という話で(笑)。

何も書いてないところに、さきほどの夫婦みたいに
いろんな人が思いを入れてくれる。
それこそに、すごく価値があると思ってて。

何か書いてしまって、
「こんな状況でありがとう」とか言ってしまうと、
途端に誰ともつながれなくなる。

みんながそれぞれにこめる「ありがとう」は
家族へのありがとうなのか、
先生へのありがとうなのか、
ちょっとものを拾ってくれたときの
ありがとうなのか、
どれかはわからないけど、どれもが尊くて。
それらみんなにつながれるのは、
そのどれでもないことばじゃないといけない。

そして、それぞれの人の心にふっと入って、
ふっと出て行くみたいな。
実はそういうことをできるということが
曲にとっては、すごく大事なことじゃないかと
思っているんです。
糸井
それがわかったのはたぶん、
すごくよかったですよね。
そこに気づけないと泥沼に入りますよね。
水野
入りますね。
いや、まだまだ浸かってる気はするんですけど。
(つづきます)
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2016-10-26-WED