- 糸井
- だけどいま、音楽家は大変ですよね。
選挙に例えるならば、
投票率が低くなっているなかで
やっているわけで。
- 水野
- そうですね。いまはそれこそ
球場がなくなるかもしれない状況なので。
音楽界って、たとえばこれまでは
あるルールのなかでの
勝った負けたで喜べていたわけです。
野球でいえばどっちが2本打った、
3本打ったかみたいなことでよかった。
だけど、いまは
「そもそも球場がなくなりそうだ」とか、
「お客さんを集めるために塁をふやそう」
みたいな方向になったりしてる。
それでぼくもいま自分が何をすべきか考えていて、
自分がやるべきかもと思っているのが、
すごくおそろしいことなんですが、
「球場を出ることかもな」と思ってて。
- 糸井
- ああ。
- 水野
- 自分はもう、これまでの球場を出て、
まったく違う新しいタイプの球場を
作らなければならないんじゃないか。
そんなふうに感じているんです。
具体的に何ができればいいかは
ハッキリと考えついてはないんですけど。
いまはインターネットがあって、
どんどん音源や映像を公開して、
というのが当たり前のなかで、
ぼくらの「いきものがかり」は
ずっと旧来勢力側でいるというか、
いまだに「CDを売る」ことがメインで
やってきているグループなんです。
そして、球場を出ないことには
ずっといまのルールでやるしかない。
だからこそ、いまの球場を出たほうが
いい気がしているんです。
- 糸井
- なるほどね。
- 水野
- 糸井さんが、広告業界から出て
「ほぼ日」をはじめるときの
心境ってどうだったんでしょう?
- 糸井
- 「放課後でいいから、自分がいま
いちばんおもしろいと思うことをやってみよう」
あたりでしょうか。
ぜんぶ投げ出して一気に行ったわけではないです。
ぼくは「ほぼ日」を作ったときには
まだ広告の仕事をしていましたから。
親鳥とヒナとの関係というか、
ほぼ日というヒナがありつつ、
親鳥として、広告の仕事もしてたし、
ゲームの印税もあったから。
- 水野
- ちゃんと稼ぐお父さんがいたという。
- 糸井
- そうですね。
ただ、成長真っ盛りのヒナのほうが、
圧倒的におもしろいわけです。
だから「どうすればいいんだろう?」
と思いつつ、
お父さん側の自分は
「ヒナは潰れても仕方ないのかな。
でも俺は潰さないぞ」
と腹を決めて、稼ぎに行っていました。
- 水野
- そうなんですね。
- 糸井
- で、食べていく方法を思いつかないまま
やっていた時期がしばらくあって、
そこから「ぜんぶほぼ日にしてしまえ」
という時期がくるんですよ。
そこから必死さが変わりますよね。
自分がサボったら、すべてが倒れるわけで。
そのときもまだ、どう稼ぐかは
ほんとに思いついてなかったけど、
どこかで「もう前のところにいるのは嫌だ」と
本気で思ったんですよね。
だから、そっちに行ったんです。
- 水野
- やっぱり、思ったんですか。
- 糸井
- 思ったんですよ。
広告の世界でみんなアイデアがないまま
きゅうきゅうしてるのが見えて、
ここにはこれ以上いたくないな、と。
あと「ほぼ日」をはじめたときは、
「誰々が悪口を言ってますよ」
みたいなことを言いにくる人がいたり‥‥。
だけどそれ、余計な御世話だよ(笑)。
- 水野
- そこは強気ですね。
- 糸井
- 強気かもしれないね。
そこはやっぱり言ってくる人たちより
自分のほうが本気で考えてたから。
たとえば
「やりはじめるとギャラがいらない人としか
付き合えないから、
家賃の安いところに引っ越そう。
そして、その人たちにお金が払えない代わりに
ごはんの用意だけしよう」とか、
そういう具体的なことからひとつひとつ、
一所懸命考えていたんです。
- 水野
- ただ、そうやって、自分の気持ちに
正直になって動きはじめたら、
悲しむ人が出てきませんか?
というのが、ぼくにもいま、
そのヒヨコにあたるものがあって、
そっちに行くとえらい目にあうのもわかりつつ、
ぜったい楽しいんです。
ただ、同時に悲しむ人や傷つける人が
いるよなと思う気持ちもあって。
- 糸井
- 誰も傷つけずにその道を進むのは、
できないですよね。
- 水野
- そうなんです。
誰も傷つけないで生きていくことは
難しいよなと思ってて。
- 糸井
- とはいえ、その思いが自分の進む道を
ねじ曲げないほうがいいですよね。
「この人たちを傷つけるから、
ぼくは動けなかったんです」
というのは、大人として失格だと思います。
- 水野
- そうですね、相手にも失礼ですし。
- 糸井
- うん。だからそこは、
「そんなふうに悲しませてしまうなら、
じゃあ、そのとき何をできるか」
を考えたほうがいいんじゃないかな。
そういうどっちに行っても傷つける状況のとき、
ぼくがいまのところ
「自分ならこうしよう」と思っている答えは、
「傷つけたほうに、米俵を抱えて持っていく」
というものなんですけど。
- 水野
- 米俵を(笑)‥‥深いなあ。
- 糸井
- 米俵と野菜のセットを、みたいな(笑)。
なんとも言えないんだけど、
そういうことだと思ってますね。
いろんな整理の仕方があるけど、
なんにしても整理は本人にしかできない。
そのときぼくは、
誠意の限りの米俵を持っていこうと。
- 水野
- なるほど‥‥。
そういえばぼくは結婚前に
人と接するときに、
「傷つけたくない」という都合の良い思いから、
あいまいな態度をとったりする、
いい加減さがすごくあったんです。
‥‥なんだこの反省会みたいな感じは(笑)。
- 糸井
- ちょっとおもしろいけどね(笑)。
- 水野
- そのとき、うちの妻が
ちゃんと怒ってくれたんです。
「私はそういうことはいやです」と。
彼女は正直に主張してくれた。
そのときぼくは、
「正直に主張してくれることって、
すごく尊いな」
と思ったんです。
それまで、ぼくがいろんなひとに
言われてきたことばって、
「何を考えているかわからない」
だったんですよ。
- 糸井
- ああ。
- 水野
- 極端に言えばぼくには
「お互いに主張すると相手を傷つけるから、
主張はしちゃいけないんじゃないか」
みたいな気持ちがあったんです。
だけどそんなふうに、
「思いやり」だと思って言ってなかったことで、
いつもダメになってて。
「言ってくれることで関係が前に進むんだ」
そのことが自分には大きな気づきになって。
- 糸井
- いい先生だね。
- 水野
- ほんとに。
でも、ひとと付き合うことに限らず、
作ることにしても、
「自分が楽しいことややりたいことを、
ちゃんと言わなくちゃ、ダメじゃないか。
実はそれがいちばんみんなに
誠実なんじゃないか」
そう思いはじめて、
ぼくはいま途上にいるんです。
- 糸井
- それは言ってもらって、よかったですね。
- 水野
- はい、ぼくは彼女がそんなふうに
主張してくれたことで幸せになったので。
- 糸井
- あと、自分のエゴを味方に
つけられないことって、続かないですよね。
自分の「これが好きなんだ」とか
「俺はこう気持ちいいんだ」を
まったく無視をしたままだと、
いろいろ続けていくことはできない。
それが1番ではなくても、
すくなくとも3番目くらいのところでは
大事にできていないと。
自分のそういう気持ちをまったく無視して
我慢を続けられる人もいないことはないけど、
それはやっぱり、その我慢のなかに、
快楽があるんだと思うんです。
- 水野
- わかります。
その快楽がゼロだという嘘は
つきたくないですね。
(つづきます)
2016-10-31-MON