初心者のためのメジャーリーグ入門 初心者のためのメジャーリーグ入門
大谷翔平選手の活躍をきっかけに、
メジャーリーグ(MLB)の情報が
ますます気になるようになってきていませんか。
「でも、日本人選手しか知らないし」
「シーズンの途中から観てもね」
大丈夫、そんな心配はまったくいりません!



今からMLB観戦をたのしむためのポイントを、
メジャーリーガーの取材を長年重ねてきた
生島淳さんが教えてくれましたよ。
大谷選手が所属している
ロサンゼルス・ドジャースの話はもちろん、
野球ファンでも意外と知らないリーグの仕組み、
これからの注目選手、知るほどハマる雑学まで
MLB観戦がきっとたのしくなるような
生島さんの解説をおたのしみくださいね。
#03 メジャーリーグはデータ全盛期
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150年以上の歴史があるアメリカの野球では
21世紀に入ってから
驚くべき進化と変化が起きているんです。
2004年に発刊された本
『マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男』
(マイケル・ルイス 著、 中山宥翻訳) には
その嚆矢(こうし)ともいえることが描かれています。
この本は大ヒットをして、後に
ブラッド・ピット主演で映画化もされましたね。



低予算チームのオークランド・アスレチックスが
選手評価の方法を、スカウトの視点ではなく
セイバーメトリクスという統計学的手法を使って、
プレーオフ常連チームを作り上げた背景を分析したんです。



具体的にいうと、アスレチックスは、
当時、他チームが重視しなかった「出塁率」に注目して、
選手を獲得することで成功したんですよ。
それまでのMLBではフォアボールで出塁しても
あまり褒められなかったけれど、
この手法で選手の起用法が変化したんです。



その後もどんどん進化しているMLBなんですが、
その内容が書かれているのが、
2021年発刊の『アメリカン・ベースボール革命:
データ・テクノロジーが野球の常識を変える』

(ベン・リンドバーグ、トラビス・ソーチック著、
岩崎晋也 翻訳)という本。
この本に僕もたくさん付箋をつけていますが、
それくらい勉強になる内容です。
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何が書かれているかというと、
例えば、昨シーズンに横浜DeNAベイスターズに
在籍したトレバー・バウアー投手
(今シーズンはメキシコリーグで活躍)のこと。
もともとMLBで活躍していた投手ですが、
なぜいい投手になれたかという秘密がまとめられています。



キーパーソンは、バウアーのお父さん。
この人がちょっと野球オタクっぽい人で、
息子の投球をいろんな角度で撮影をして
投球するボールの回転数とかを調べていたらしいんですよ。
そのカメラがすぐれもので
「エッジャートロニック」という
高解析のハイスピードカメラなんです。
どんなボールの握りで投げるとボールが
どう回転していくかというのが全部わかる。
握りを変えるごとに回転と軌道が変わるかが分かる装置で、
バウアーはその映像からヒントを得て
たくさんの球種を投げられるようになりました。
この技術はMLBの歴史を変え、
日本のプロ野球でも普及していますね。



僕が以前、日本人メジャーリーガーの投手を
取材した時に、
「新しい球種ってどれくらいの時間でマスターできますか?」
と聞いたら、
「シーズンオフ(秋)頃からちょっと投げ始めて、
翌シーズンには間に合わないから、
1年ちょっとはかかるね」って言われたんですよ。



ところが、バウワーはたった数週間で
新しい魔球をどんどん投げられる。
去年、横浜スタジアムでバウアーに
インタビューしたときに、
「エッジャートロニックは野球の殿堂に入れるべきだ」
と彼は言っていました。
それぐらい野球に革命を起こした
驚異的な性能のカメラなんですよね。



あと、この本の中には「バレルゾーン」という言葉も
出てくるんですよね。
これはMLBのバッターに関する頻出単語で、
打ったボールがどこまで飛ぶかは、
打球の角度とスピードで決まるんです。



打球が、ある角度の間で、これ以上のスピードで
飛び出せば、ホームランが出やすいというのが
計量分析で科学的にわかっちゃったんですね。
大谷翔平選手の打球はこのバレルゾーンに
入っていることがすごく多いんですよ。



この本は革命的な技術のほかにも触れていて
さっきのバウアーの人となりも書いてあるんです。
高校時代、学校内のランチでバウアーが席に座ると
他の生徒が移動してしまったそうなんです。
アメリカの高校でスポーツのスターは
モテモテのはずなのに、
ちょっと切ない話ですよね。
オタクが行き過ぎたんでしょうかね(笑)。
彼は科学の先生の部屋に行ってご飯を食べていたらしく、
野球と科学の関係について先生と
語り合っていたのかもしれません。
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あと、もう一冊今日は重くて持ってこれなかったけど、
『ビッグデータベースボール』
(トラヴィス・ソーチック、桑田健 著)もね、
MLBの進化を物語る、いい本です。



これはピッツバーグ・パイレーツが
ポストシーズンに進出した際の話。
おもしろかったのは、チームの分析班を
野球経験のない人が務めていたということなんです。



通常は野球経験者が担当するけど、
このとき、球団経営陣は素人を雇って
データを生かす戦略に出たわけですね。
ただ、実際はその分析結果を
選手やコーチが受け入れない可能性もあったんだけど、
この時のパイレーツは受け入れたんですね。
なぜでしょう。



それはチーム成績が大不振で
当時の監督はクビ寸前だったから。
現場は球団上層部から言われたことは
「何でもやります状態」だったんですね。
そしたらなんと、結果が出たという
実話に基づいた話です。



ちなみに、MLBでクビになりそうな状態を
指す英語表現があるんです。
「オン・ザ・ホットシート」。
お尻が焼けて熱くて落ち着かない状態。
略して「ホットシート」。
こういう言葉、僕、けっこう好きですね。



あと、チームが「ダメな状態」を表す言葉に
「レイムダック」っていうのもありますね。
日本でも政界でも崩壊寸前のグダグダな状態を
「レイムダック政権」なんて言いますね。



データ野球に話を戻すと、ドジャースの大谷選手は
さっきあげたようなデータ全盛時代の申し子だと思います。
打席が終わった後、
ダグアウト(試合中に監督や選手が待機するベンチ)で
自分の打席がどうだったか、タブレットで
いろんな数値とともにすぐ振り返っていますよね。



頭の中の感覚と実際の映像を見て擦り合わせをして
次の打席に臨んでいるんです。
きっと彼は試合前でも一番結果が出るように
体を鍛え、睡眠や食事の質も高めている。
データに基づいた準備がうまくいっているから
大活躍できるんですよね。
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そういえば、大谷選手の新しい通訳のアイアトン氏は
チームの分析官でもあるんですよね。
もともと前田健太投手(デトロイト・タイガース)が
以前いたチームで通訳をやっていたんだけど、
彼は2012年のWBCのフィリピン代表選手だったんです。
だから選手の感覚も知っている。



ずっと通訳というよりは
いずれ球団経営トップを狙うタイプかなって
僕は思っています。
調べたら彼は大学の卒業の総代として
スピーチしている映像が残っていて。
そういう意味で分析官かつ通訳のついた大谷選手は
さらに成績を上げるかもしれませんね。
<MLBのたのしみかた> 選手やチームが重視しているデータを意識しながら観戦してみるのもアリ。
(つづきます)
2024-07-18-THU