第3回 石黒さんのA面とB面。
- 糸井
- 『えとえとがっせん』には、
しっかり描き込んだ絵と、
簡単な線に見えるほうの絵が
両方存在していますよね。
ご本人のなかのA面とB面が出ていておもしろいです。
この構成は、いつ思いついたんですか?
- 石黒
- これは最初からです。
- 糸井
- 杉浦茂さんがこの方法を使っているんですよ。
- 石黒
- ああ、そうなんですよね。
たしか糸井さんも杉浦茂さん、お好きですよね。
私も大ファンなんです。
- 糸井
- 多分好きだろうなと思いました。
杉浦さんには会ったことないでしょ?
- 石黒
- ないです。
噂では、漫画はすごくおもしろいのに、
ご本人はいたって真面目だとか。
- 糸井
- そうなんです。
ぼくはお会いしたことがあるんですけど、
本当に普通の、頑固なおじさん、という感じでした。
打ち合わせでも、事前に
「何人でお見えですか」
というところからはじまって、
「8人です」とこっちが言って、
実際は7人になったりすると、
「8人とおっしゃったと思うんですけど‥‥」
と返ってくる。
実際の打ち合わせも緊張感があって、
8人来るから座布団も8枚出して、
お菓子も8つ買ってあるみたいな。
で、アイディアが全部チラシの裏に
書き留めてあって、それがもう、
どんどん出てくるんです。
- 石黒
- いや、素晴らしいですね。
- 糸井
- みんなが見てくれなかったあいだの
石黒さんの話をさきほどしましたけど、
杉浦さんも、それがものすごく長く
蓄積しているわけだから、やっぱりすごいんですよ。
- 石黒
- おいくつのときに会われたんですか。
- 糸井
- 杉浦さんはもう70歳を過ぎていたと思います。
有楽町西武が開店したときの
キャンペーンキャラクターとして、
杉浦茂さんのキャラクターを使ったんです。
- 石黒
- ええっ。それはヤバいです。
あのキャラクターが人前に出るなんて‥‥。
羨ましいな。知らなかったです。
- 糸井
- でも、結局、ぼくの勝手でやったことなんで、
あんまりお客さんには響かなかったんですけどね。
- 石黒
- ええー。
- 糸井
- 何で杉浦さんのキャラクターを使ったかというと、
よく言えば、その想像力の自由さ、ですね。
ちっちゃいデパートができて、
それがどんどん広がっていく、
みたいなことをやりたかったんです。
石黒さんの絵を見ていると、
杉浦さんと同じ何かを感じます。
ダジャレありで軽く描いたものと、
重く描いたものとが同等に入っていて。
そして、この誰もが驚くオチ!
これでいいのか、っていう(笑)。
- 大島
- たしかに。
- 石黒
- (笑)ヒドイ。
- 糸井
- このオチを描くのは、愉快だったでしょうねぇ。
- 石黒
- そうですね、干支の動物を悪者にしたくなかったんです。
たぬきにケンカを売られて
彼らは翻弄されただけなんで(笑)
- 糸井
- そうなんですよね。
ほんとはこの干支たち、悪者じゃないですよね。
- 石黒
- そう。ケンカを売ったのは、たぬき側なんです。
- 大島
- そういや、そうですね。
- 糸井
- それから、絵本全体に、チクチクチクチクと
お裁縫するように考えたあとが入っているんですよ。
子どもに聞かれたときに
説明が難しいようなことも入っているし、
かと思うとくっだらない下ネタもあって。
- 石黒
- 子どもは下ネタが大好きですから。
- 糸井
- そのあたりのさじ加減は、
石黒さん自身がお母さんだから、
ラインを分かってますよね。
- 石黒
- そうですね、
これ以上は下ネタを与えたくないという線があります。
- 糸井
- 見事だなぁ。
暴力についても同様で、笑ってすませてるし。
地の文も、「何々をしました」とかじゃなくて、
だいたい「吹き出し」のセリフなんですよ。
そこも、みんなに、
あれっ? と思ってほしいな。
- 大島
- それは『いもうとかいぎ』と共通してますよね。
- 糸井
- 石黒さんのやり方ですよね。
大島さんはこの絵本の装丁を頼まれて、
どう思いました?
- 大島
- 『えとえとがっせん』に関しては、
ご本人は「ふざけてる」と言ってますけど、
ぼくはすごく普遍性を感じたんです。
最初はやっぱり装丁も遊んだほうが
いいのかなと思いましたけど、
そうじゃなくて、これは王道にやらなきゃいけないなと、
途中から思いましたね。
- 糸井
- 作者が、すでにふざけ終わっているんですよね。
- 大島
- そうなんですよ。
- 糸井
- 今もね、パッと見ると、いくらでも
ふざけた場所が見つかるからおもしろいです。
- 大島
- あの、一番最初の手紙の、
米粒で紙をくっつけてあるところ、
ここがいいんです、また。
「これすごいですね」と言ったら、
石黒さんに、あたかも
「それ普通じゃん」みたいな感じで言われちゃって。
- 一同
- (笑)
- 石黒
- え、だって、昔は
糊がなかったら米粒を練って使いませんでした?
ちょっとボコボコするけど、
それで封をして手紙を出したりしてましたよね?
- 糸井
- 昔、ものすごく短い期間に‥‥。
いや、でもほとんどやってないですよ。
石黒さん、いったいどういう山村で生まれたんですか。
- 一同
- (笑)
- 石黒
- 米粒、すごく身近な道具でしたよ。
しかもこの子はたぬきだし、
糊とかテープは持ってないはず、と思って。
- 糸井
- そのとおりだ(笑)。
いや、見事ですね。
この絵は画用紙に描いているんですか?
- 石黒
- 和紙です。
私、描き方を知らないから、
最初は絵や線画を普通のケント紙に描いていたんですよ。
それを見た、有名なイラストレーターの方が、
「君、墨は和紙に描いたほうがいいよ。
なじみかたが全然違うよ」
って教えてくれて。
- 糸井
- え、じゃあ、この絵本は墨で描いているの?
わからなかった。
- 石黒
- はい。黒いところは全部墨で、
筆を使って描いてます。
- 大島
- 石黒さんの原画がまた素晴らしくて、
まるで版画みたいな感じなんですよ。
ツヤがなくてマットな感じで、
でも、発色はすごく良くて。
最初に紙のテストをしていたんですけど、
発色が思うように全然出ないんです。
沈んだ色のトーンの中に、
ものすごく発色のいい色があるので、
それを印刷で出すのがすごく難しかったです。
- 糸井
- 印刷するとそうはいかないんですね。
- 大島
- ただの沈んだ色になっちゃうんです。
それで、実際はほとんどわからないんですけど、
蛍光色を混ぜて、ピンク系とかオレンジ系の
発色をあげています。
- 糸井
- ちょっと仕掛けをしてあるんだ。
- 大島
- そうなんです。
石黒さんの絵には、
渋い中にもあでやかさがあるので。
- 糸井
- そういうことを聞いてから読むと、
またおもしろいね。
ぼくはなにせ筆というのを今まで考えてなかったんで。
ペンは使わないんだ。
- 石黒
- ペンは、書き文字のときにたまに使います。
文房具屋で売っている
100円のペンを使ってます。
- 大島
- 石黒さんには、これじゃなきゃだめ、というような
絵の具とかがないんですよね。
- 石黒
- 全然ないです。
- 大島
- そこがすごいなって、ビックリしちゃったんです。
これだけ色彩豊かなのに。
- 石黒
- でも一度、友人の作家に
使っている絵の具を見せたら、
「それはやめたほうがいい。色が悪すぎる」と言われて、
それはそうだなと思いました。
小学生が使うようなものを使って、
それでお金とるのもよくないな、と。
それで、画材屋さんに行って、
水彩のちょっといいやつを買ったんです。
「たっけー」って思いながら‥‥。
- 一同
- (笑)
- 糸井
- いや、でも、ぼくのなかで
石黒さんの絵を決めつけていたな。
この簡単な絵のほうは
ペンで描いているとばかり思っていたし。
あらためて見たら全然違って見えてきました。
簡単な線のほうも、一見、雑に見えるんだけど、
そうじゃないんですよね。
- 石黒
- はい、精一杯描いています。
- 糸井
- 読んでいて、そこが伝わるんで楽しいんですよ。
手塚治虫さんが、漫画のなかにひょいと
「ヒョウタンツギ」の
キャラクターを入れるのと似てますよね。
フルコースを食べているときに、ポロッと
「鯵の干物食べる?」と言われるような感じ。
- 大島
- たしかに似てますね、ヒョウタンツギと。
- 糸井
- 出し方がね。
さきほど昭和アニメの話も聞いたけど、
やっぱりいろんな遺伝子がもとになって、
今に至っているんだなと思いました。
(つづきます)
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