その4 新鮮でありたい。

糸井 伊藤さんの持っている景色に
刺激を与えてくれるのはお客さんだと思う。
つまり、「買った人が少なかった」ってなったら、
「なぜだろう?」って思うし、
「とても喜ばれました」だったら、
「やっぱりそうか!」と思うし。
伊藤 そうです。やっぱり、売れてほしいと思います。
売れなかったときは、
サービス精神足りなかったのかなと思っちゃう(笑)。
糸井 ものすごい本気っていうのはやっぱり伝わりますよね。
インターネット以後の時代って、
調べますといったら調べられちゃうじゃないですか。
「こういうのに近いもの、なーに?」みたいなので探せば。
伊藤まさこ的なものをインターネットで調べた人が、
伊藤まさこじゃない名前で似たようなものを出しても、
ダメだと思うんです。
似たようなものは、似たようなものにしか過ぎないから。
伊藤さんは、やっぱり「次、何してくるんだろう?」って
言わせるところが面白いわけで。
伊藤 そうずっとありたいです。
糸井 ありたいですね。
急にとんでもないもの出してくるかもしれないし。
伊藤 よく言われるのは、皆さんそれぞれ
自分のお気に入りの本があるみたいで、
例えば『LEE』という雑誌で
娘との暮らしを連載していたときは、
それを読んで、励みになったとか、
『東京てくてくすたこら散歩』という本を出した時は、
これを読んで東京に行ってすごく楽しかったとか、
それぞれ皆さん思い出を教えてくださる。
私は、次に興味あるのはこれ!
という感じでどんどん進んでいるんですけど、
みんなちゃんと心に留めてくれてるんだなと思って。


▲『毎日がこはるびより』集英社



▲『東京てくてくすたこら散歩』文藝春秋
糸井 うんうん、そうだと思うなあ。
伊藤 それ聞くと、すごくありがたいし、
だから「こんな本出さなきゃよかった」みたいに
後悔しないように。
糸井 そんな本ないでしょう?
伊藤 ないですね、はい。
糸井 そういうところがプロなんです。
伊藤 そうですねえ。山川さんも
いつも買っててくれてて、本。
糸井 山川さんって弊社の?
伊藤 みちこさん。
山川 はい(笑)。
うちの本棚そのものです。
伊藤 え! うれしいです。
糸井 (笑)みっちゃんは何がうれしい?
山川 まさに私小説がピッタリで、
移り変わっていく様子がわかりますよね。
こはるちゃん(伊藤さんの娘さん)が
まだちっちゃい頃から読んでいるので、
遠く離れた親戚の何かを読んでるかのような。
伊藤 うんうん。それで、
見て、欲しいとか思ったりとかする?
山川 あります、あります。
糸井 伊藤さんと何かが出会ったって話なんですよ、全部。
例えば七輪と出会った、ある場所と出会った、
あるお天気と出会った、ある人と出会った。
で、出会ってどうしたの? こんにちはと言いました。
そこからどうしたの? ということをみんなが読んでる。
ぼく、伊藤まさこさんとお目にかかる前に、
名前を初めて人の口から耳にしたのが
京都の割烹、余志屋の旦那、川那辺さんでした。
「このあいだ来てくれたんですわ」みたいな話で。
伊藤さんの本が置いてあったのかな、そこに。
「会ったことないですか」って。
伊藤 そうなんですか!
糸井 あの人、無口な人ではないけれども、
決して別に口数が多いわけでもなくて、
ぼくは大好きなんですけど、
その人が伊藤さんと何話したのかなみたいのが
すごい気になるというか。
ほかと違う何かがありそうだなと思わせる。
で、その本が読みたくなるんです。
伊藤 ありがとうございます(笑)。
糸井 伊藤さんが出会った人や出会ったものを、
ぼくらは追体験で会っていく。
「ああ、これ伊藤さんがかつてどこかで会って、
 今どこどこにあるんだな」とかさ。
女の子にとって、それはものすごく楽しいんじゃないかな。
山川 はい。『京都てくてくはんなり散歩』は
京都旅行のときに必ず持って行きますし。
『松本十二か月』を持って、
1人で松本を巡ったものもいますよ。



▲『京都てくてくはんなり散歩』文藝春秋



▲『松本十二か月』文化出版局
伊藤 へぇー。
同性に好かれるのは‥‥うれしいな。
糸井 こんな男性ウケするタイプの方なのにね。
小料理屋でちょっと小さい天ぷらとか揚げてそう。
伊藤 (笑)そっちもいいんじゃないかなと
思ってるんですけど、
「もう今日いいわ、お代は」みたいになりそうで。
糸井 暖簾しまっちゃって飲み出したり。
伊藤 そうそう(笑)。
糸井 小料理系の本は出していらっしゃいましたっけ。
武井 『ちびちびごくごく お酒のはなし』。
ぼくは伊藤さんの本のなかで
いちばん活用しているかもしれません。
ただ、男っぽいです、あの本は、わりと(笑)。


▲『ちびちびごくごく お酒のはなし』PHP研究所
伊藤 ああ、自分の根っこには
男っぽいところがあるんじゃないかなと
思ってるんです。
糸井 いや、女性には、みんなありますよ。
伊藤 ですよね。女性の中には
男の人がいますよね。
糸井 うん、女性は男です。
伊藤 そうか。じゃ、
今度50歳にかけて色気も少々?
糸井 それを表現にまで、どう至らせるか。
伊藤 表現までいきそうにないですね(笑)。
糸井 わからないですよ。
飽きっぽくない人って基本的にはいないから。
表現する人では、少なくとも何か変えないと。
犬でもさ、うちでボール投げを
ずっとしてる場所があるんだけど、
投げてただ取ってくるだけじゃなくて、
たまに向こう回って帰ってくるんですよ。
スラロームするときもあるし、
ちょっと止まって向こうから帰ってきたりとか。
何かあるんですよ、
「飽きないようにする」生き物の持ってる何かが。
ぼく、今、筆記用具を新しくしたら、
書くことが楽しくなりましたよ。
ちょっと重い0.9ミリのシャープペンにしたんだけれど、
上手に書けないところの具合がいいんです。
買っただけで書く分量が増えて、
タイピングしないで白い紙に書き始めたら、
ちょっと新鮮な気持ちになって。
伊藤 ふーん‥‥新鮮、新鮮!
糸井 あ、新鮮、新鮮、そうですね。
伊藤 「新鮮」っていいですよね。
空気じゃないけど、
「入れ替える」というか。
糸井 そうですね。
「初めてのように出会う」というかね。
それは、すごく大事なことだなあ。
そういえば昔、スポーツトレーナーのケビン山崎さんと
初めて会って話したとき、
「元気」っていうことの定義を彼が教えてくれて。
「元気っていうのは、例えば公園をお父さんと
 子どもが歩いてるでしょう。
 向こうに水飲み場があったときに、
 じゃあ水でも飲むかといって歩いてるとき、
 子どもはもう先に走っていって水飲み場へ行って、
 水も飲みもしないでまた戻ってきて、また行くでしょう。
 あれが元気ってことで、
 水飲み場まで普通に歩いていくのは
 元気ってことじゃないんです。
 目的地まで何回でも往復するでしょう、
 ああいうことを元気というんです」。
伊藤 そっか!
糸井 あれ、憧れかもしれない。
もしかしたら、もう数少ない憧れがそれかもしれない。
伊藤 傍から見てる分には糸井さんも、
ものすごくエネルギッシュで元気です。
糸井 ぼくはもっと弱い人間なんで(笑)、
いっぱい、「こういうのどう? こういうのどう?」
って言うけど、これはダメだなと思ったら
そのままにしちゃうし、
「このあいだ言ったあれはやろうよ」っていうのもあるし。
たしかに水飲み場に歩いていく回数だけは
ものすごく多いかもしれないですね。
あと、子犬はそうだけど、
年取った犬は挙動不審じゃないですよね。
静かにこう(じっと)してますよね(笑)。
伊藤 じゃ、挙動不審で行きますね。
糸井 挙動不審になったほうがいいですね。
伊藤 はい!

(伊藤さんとの対話は、これでおわりです。
 「ほぼ日」ではこれからも
 伊藤さんとのお仕事をつづけていきます。
 次に何が生まれるか、どうぞお楽しみに!)
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2013-10-18-MON
 

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(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
写真:有賀傑