伊藤 | ハッと気づいたら、仕事をはじめて 今年で20年なんです。 飽きっぽい性格の私が よく続いてきたなと思っています。 |
糸井 | きっと、飽きないようなことをしてるんですよ。 言っていることは同じかもしれないけど、 色を変えたり、場所を変えたり。 |
伊藤 | わたしが仕事を始めた頃は、 「スタイリスト」にも、 あらかじめ決められた ルールみたいなものがあったんです。 たとえば、1冊の本の中に しっかり起承転結をつけましょう、というような。 料理の本でお皿を選ぶにしても、 「こっちのページに楕円のお皿を使ったら、 こっちは丸にしましょう」とか、 「テーブルクロスに差し色を入れてください」とか、 そんなふうな指示をいただくこともあって。 でも、1人の料理家さんの本を作るのに、 そんなにいろんなバリエーションって要るのかな? と、疑問に思っていて。 |
糸井 | そういうとき、伊藤さんはどうしたの? |
伊藤 | 「イヤです」って言います。 |
糸井 | 「イヤです」! |
伊藤 | はい、「イヤです」って。 |
糸井 | そうなんだ。へぇー! 伊藤さんも、おおもとはスタイリストになりたくて 生きてたわけじゃないですよね。きっと。 最初は何だったんですか。 |
伊藤 | 最初は‥‥学校を卒業してブラブラしてたんです。 そしたら友だちが、 「雑貨のスタイリストが合ってるような気がする」って。 そういう仕事があることすら知らなかったのですが、 おもしろいかも! と思って、 紹介してもらった方に会いに行ったら、 ちょうどアシスタントを探していると。 そこがスタートです。 |
糸井 | 今はみんなの夢の仕事ですよね。 雑貨のスタイリストなんて。 というのも、 「これができなきゃいけない」 というマニュアルがあるわけではないでしょう。 |
伊藤 | そうですよね。 |
糸井 | だから、一見簡単そうにも思えて、 自分でもできるって思いやすい。 それから、雑貨ってやっぱり ものすごく「モノ言うメディア」だから、 それを楽しむことって、 若い女の子は普通にみんなできてる。 楽しむことならできる、 だったら仕事として、 私でもできるかもしれないって 思いやすい職業ですよね。 |
伊藤 | そうなんですよね。 「あ、これ持ってるし、できるかも」。 でも‥‥それができないんですよ。 |
糸井 | ああ、そこだ、そこだよ(笑)! ぼくが言いたいのはそこです。 |
伊藤 | 「やっぱり、そう簡単なことではない」 というふうに、 自分でも思ってやってます。 |
糸井 | 「私、雑貨大好き」「お店やりたい」 「雑貨のスタイリストになりたい」 って子はいっぱいいると思うけど、 プロとの間にはやっぱり川が流れてる。 1回だけ雑誌の何ページをやりました、 ということなら誰でもできると思うんですよ。 「よかったんじゃない?」なんて言われることもできる。 けれど、20年やるという覚悟は‥‥ もしかしたら、やめちゃうつもりで言ってるのかな、 「なりたい」子って。 |
伊藤 | いや、ただ、かわいいものに 触れていたいという気持ちかなって思います。 私が洋服のスタイリストにならなかった理由は、 トレンドっていうものに あまり興味がなかったからなんです。 料理や暮らしまわりの道具は、 そんなに変わるものじゃない。 一つ一つ大事にしていくものです。 それを紹介するほうが自分の性に合っている。 だから「イヤです」と言っていた時代を含め、 撮影には、自分が使ってるものや、 信用のおける店や作家さんのものを 持って行くようにしたんです。 |
糸井 | なるほど。 伊藤さんが「イヤです」と言っていた時代は、 雑貨スタイリングの世界は、 どんな感じでしたか? |
伊藤 | まず、料理家さんは「先生」でした。 だから先生のおっしゃるとおりのものを持っていくのが 当たり前だったんですね。 今は、料理家さんも自分でスタイリングをするし、 自分の器などで 本を作ったりもしていますから、 当時とはずいぶん流れは変わったと思うんですけれど。 当時、スタイリストというのはいわば下働き。 私は多分、我が強かったんだと思うんです。 あとから周りの人に、 「先生にあんなこと言って、ひやひやした」 ってよく言われました。 先生によっては、持っていった器を指して、 「わたしは全部嫌いよ」と 言われたこともありました。 でも、「いや、私は好き」って 強く心の中で思っていたので、 大丈夫でしたよ。 |
糸井 | なんか大奥みたいだね(笑)。 |
伊藤 | (笑)そういう世界があるのは、いいとして、 わたしはもうちょっと身近で、 普通の人の暮らしに馴染んだことが できないかなあと思っていました。 けれども、思ったところで、 そんな二十歳そこそこで、 どうしていいかわからない。 そんななか、撮影のときに自分で使ってるものと 先生のおうちにあるものを交ぜて使っていたとき、 「伊藤さん、こんなの使ってるんだ?」って 編集者の方が興味をもってくださって、 「本を出してみない?」と、 出すことになったのがこれなんです。 |
▲『まいにちつかうもの』主婦と生活社 (現在は絶版になっています) |
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糸井 | それまでに集めていた自分のものというのは、 ただのかわいらしいお嬢さんが集めてたものなんですか。 まったく仕事だと思ってないわけですよね。 |
伊藤 | 仕事というよりは、好きだから買う。 そんな感じです。 好きで家に集まってきたものをスタイリングで使う。 とにかくまず自分が気に入ったものを‥‥という 気持ちがありました。 見かけがいいとか、撮影映えするか、ではなく、 「この器で、実際、本当にスープ飲むのかな」とか、 「このスプーン、かわいいけど、 女の人の口にはちょっと大きくないかな」とか、 自分に置き換えて使うことを考えるために、 買うっていうのがすごく大事だなと思っていました。 |
糸井 | 「自分で買う」ね。 僕もこのことを言うと、みんなが今さらのように 「えぇ!」て驚くんだけれど、 「自動車のコピー書くときは自動車買ってましたよ」。 |
伊藤 | えぇ? えっ? |
糸井 | ほら、今だと面白がるんです、みんな。 でも、何ていうんだろう、 作ってる側の人は賭けてるわけですよね、それに。 |
伊藤 | はい、そうですよね。 |
糸井 | ものすごく大勢の人が そのあたらしい自動車づくりに関わっている。 その広告をする人でさえ20人、30人いる。 だからそのままにはできないんですよ。 自分で買って毎日乗っていないと、 不愉快なところも見えないんです。 「買う」って、僕にとっては 仕事を一所懸命やるために、 けっこう心嬉しいことでもあったんですよ。 |
伊藤 | 「買う」のレベルが違うんですけど、 今、糸井事務所さんとモノづくりをさせていただきながら、 いつも「これ自分でこのお金出して買うかな?」 っていうことを考えます。 お金をたくさんかければいくらでもいいものは作れる。 けれど「買う」ってまた違いますよね。 |
▲伊藤さんといっしょに開発した「やさしいタオルケット」。 |
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糸井 | 「買う」って、 本気で投票することに似てると思うんです。 重要だと思う選挙で1票入れるみたいな。 |
伊藤 | そうですよね。 |
糸井 | 先日、写真家のアンドレアス・グルスキー展に 行ったんです。 それは写真だ何だというのを越えて、 心意気が伝わってくるわけ。 そして「お金もってたら買いたいか」 っていう目で見ると、 買いたかった。やっぱり。 買えるわけないだろう、どこに飾るんだよ、 っていうことはさておきね。 |
伊藤 | そう、そうなんですよねえ。 |
糸井 | だから、多分、 「自分は要らないなっていうものを、 まんべんなく並べる仕事」から、 伊藤さんは抜け出したんですよ。 (つづきます) |
伊賀のギャラリーで
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写真:有賀傑 |
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